第77話 スタインの焦り

 九条は富士への参加を断念した。残された工場内の秩序を保つためにも、信頼のおける者を残したかったが、彼女が名乗りをあげるとは予想すらしていなかった。

九条は新しい武器制作の大詰めであるとの理由をあげた。新しい武器の制作は最優先事項でもある。富士の観測所を落としたら、いよいよ王子派との決戦になるからだ。それまではどうしても間に合わせたいことであった。


「工場の監視と武器の制作に専念するわ」と九条は説明した。僕はそれを二つ返事で了承した。折角、手中にいれた工場を取り返される訳にも行かない上、でっぷりとした工場責任者を信用しきるわけにもいかなかった。その点、九条が残ってくれれば問題は起きないだろう。

「それじゃ頼む」と言うと、

「ええ、みんなも気を付けて」と、送り出してくれた。

まずは小暮たちが騒ぎを起こし、敵の注意を引く。それから僕らが観測所に攻め込む手はずだ。しかも、小暮たちは数か所で騒ぎを起こすと言っていた。それだけ、兵が分散されることになる。例え観測所の異常が知らされたとしても、多くの兵を送り込むことを阻止できるはずだと、小暮は説明した。こうして最大の難関である富士の観測所への攻撃が始まった。



「またか!ちょこちょこと現れよって」数か所に一斉に現れた反逆者たちに、スタインは怒りを爆発させていた。

「すぐに応戦の兵を出せ。そうだ。すべての場所へだ」と、スタインは焦っていた。

「どうしたスタイン議員」と、通信室に王子が現れた際も、スタインの口調は変わらずに、激しい声で指示を出していた。一通りの指示を出した後、

「王子、ご安心を。すべての敵を抹消してみせましょう」と、自信満々にスタインは答えた。

「うむ、信頼しておるそ」

「お任せを」

「だが、くれぐれも人間どもに悟られるな」と、王子は念を押した。


それは、隠れ住む我々には大事な事であり、騒ぎが人間界にも知られれば他の王族が黙ってはいない。王子もそれだけは心配していた。安否の分からない王も然り、この世界には、様々な場所に王族達は離散している。そして地中深くに都市を作りそこからその地を治めているのだ。人間に悟られると言うことは、全ての地域にも危険が迫ることを指している。日本の地だけが好き勝手をするわけにはいかないのだ。

「わかっております」スタインもそれを理解はしている。してはいるが、正直に言えば焦りも感じていたのである。

「なにか策はないのか?都市の中にも不穏な空気が流れ始めているぞ」と、王子はスタインに冷たく言い放った。スタインの力量は信頼しているが、今回は不安を感じ始めていたからだ。


「恐らく……。奴らは警戒所を利用している思われます」

「報告では問題はないと言ってなかったか?」

「はぁ、それですが、奴らの手中に落ちていたとすれば……」と、スタインは言葉を濁した。自分の責任にされるのを恐れたからだ。

「落ちていれば、どうする?」と、王子は上目使いで訊ねた。こんな気弱な彼を見たことがなかったこともあるが、そうであれば明らかな失態だ。

「すぐにでも取り戻します」

「それが良かろう。それと……」と王子が言いかけると、

「工場など再確認いたします」と答えると、スタインは返事を待たずに踵を返し、足早にその場を去った。言い訳をするよりも実行だと考えたからである。

王子はそんなスタインに言葉もかけずに黙って見送った。

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