第44話 訪問者 

 最悪の場所だが、小暮の気持ちを変えるには役立った。そしてそこが僕らにとっての基地になり、秘密裏に行動を起こす最前線となった。賛同者も徐々に集まり、大きな集団と化した。そして誰もが惨たらしい光景を目にし、上層部への不信感を募らせていった。破棄された器を丁重に弔う者もおり、破棄場は少しづつだが奇麗になっていった。


集まり始めたのは兵士だけにとどまらず、警備兵にも伝染し始めた。思念の伝達とは便利なものだ。見た物がそのまま伝わる。そのために信憑性も増し、少なからず疑問を感じていた者の背を押したようだ。

しかし、これだけ集まってくると、相当な騒ぎになっているはずだ。安全だからと言って、悠長にしている時間はなさそうだ。


みんなの意気も上がりだした時、一人の男が僕の前に歩み出てきた。僕らが連行されそうになったとき、見物人に混ざっていた男。目が合うと視線をずらし身を隠した男だった。


「君は?……」と呟くと、

「す、すまない」と男はいきなり頭を下げた。

「そうか。僕らを知っているんだな」

「ああ。よく知っている」

「僕たちに起こったことも知っているんだな」

「詳しくは知らされてはいないが、君らは既に死んだことになっていた」

「私たちは助けるように言われたんだけど」と、九条が割り込むと、

「それは聞かされていない。僕らの部隊には、君らを知る者が多かったからだろう。死んだと説明された君らを救援する命を下せるわけもない」

「その点だけでも疑わしいな」と小林が怒りを込めて言った。


「だから君らを見た時にはびっくりしたよ。でも、こうも言われていたんだ『公言するな』とね。それは関わるなと言うことだろう。僕はその言葉を思い出し、身を隠したんだ。すまない」

「そうか、僕らが何に巻き込まれたのかは知らないんだな?」

「それは聞かされていない。ただ、重大な違反としか……」

「まぁ、俺たちを悪人に仕立てておこという腹積もりだろうな。いざと言うときの言い訳にもなるからな」と小林が言った。


「僕らの部隊にも、君らに賛同する者もいる。仲間に入れてくれないか?」

「僕らは友人だったのだろ?喜んで歓迎するよ」

「ありがとう」と、男は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「悪いが僕らには記憶がない。名を聞かせてくれないか?」

「そうだね。その記憶を取り戻すためにも協力させてもらうよ。名は望月徹だ」


「望月……」僕はその名を呟いた。

どこか懐かしくもある名だが、思い出すには至らなかった。僕にはまだ、思念を送ることは出来ない。なんとなく感じることは出来たとしても、人間で言う直感程度のものだろう。望月の心に触れることが出来たのならば、大きな前進になるかも知れないが、今は増えた仲間のことを喜ぶべき時だ。

「いいさ。そのうち思い出すかも知れないし」と、望月は屈託のない笑いを浮かべた。その時、入り口付近で騒ぎが起こった。

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