第40話 生身の身体

同僚たちの簡単な紹介が終わり、

「わかったわ。私が疑問に感じたことを聞かせるわ。補足は晴夫に任せる」と九条は言った。その言葉には自信が窺えた。九条はどこかでそれを得たようだ。

「本部との回線は切ってある?」

「ああ。もちろんだ」と、小暮と紹介された男は頷いた。器の情報を本部に送る電波のようなものだろう。緊急時以降、本部との回線が確保されるため、常に監視下に置かれる。しかし、それは自主的にも解除できるようだ。九条は僕らを助けると決めた以降、切ったのだろう。だから、行方の分からなくなった僕らを、血相を変えて探していたと考えられる。


九条は自分が感じた違和感や疑問を淡々と語り始めた。時に秋葉や近藤も加わり、更には僕らの意見も求めた。いや、意見と言うよりは確認のための助言とも言える。

「康子さん。あなたが思った疑問は、突き付けられるまで私も気が付かなかった。でも、クローンを作る場合、同じクローンを利用した方がはるかに手間はかからない。最初のデータを複製するだけだからね」

「じゃあ、なんで?」

「恐らく……」と九条は言葉を濁した。話の続きを引き受けるように、

「クローンじゃない」と近藤が呟いた。


「どういうこと?」

「この器は、生身の人間だろう」近藤の言うことの恐ろしさに気が付き、僕の背筋は凍り付いた。

「誘拐でもしてきたのか?」と、小林は嫌悪感を露わにした。

「それは分からない。でも、何らかの形で手に入れてきたのは間違いがないだろう。例えば、事故死した身体とかな」と、近藤は躊躇いがちに答えた。近藤の説明には怒りしか浮かばなかったが、再生させる技術があれば、死亡した者でも問題にはならないだろう。


「でも、その姿で人間界をうろついていたら不審がられるのでは?」と尋ねると、

「同じ時代ならばそうなるだろうな」と近藤は戸惑うことなく答えた。

「そっか。時代が違えば、例え気が付かれたとしても、他人の空似で片付けられる。そう言うことだな?」小林も理解したように繰り返した。


「そうだ。二十年も違えばどうだ?二十歳の時に死んだ人間が、二十年後に目撃されたとしても『似てる』で済まされるだろう。どう見ても四十には見えないからな」

「まって、それじゃ私たちの記憶って……」と言葉を詰まらせる康子に、

「植え付けられた記憶もあるだろうが、今の話が真実だと仮定すれば、恐らくは本物だ」と僕は答えた。


「だとして、何が問題なんだ?」と、話を聞きたがってい小暮が訊ねた。

「上層部が嘘を言っていたということよ」それに対し、九条はすっぱりと言い放った。

「いいじゃないか。別に」と小暮な理解できないというようなそぶりを見せた。

「そうよ、私たちにしてみれば、どうと言うことはないわ。種族の存続が第一だからね。でも、なんで嘘なの?」

「それは騒ぎになるからか?」

「いいえ。問題はもっと根本的なものよ」

「なんだ、それは?」

「私たち、嘘ってつけるの?」

「あ……」

「精神体での我々は、考えや気持ちを言葉にして濁すことは出来ない。全てを曝け出している状態だからな。嘘なんてつけるはずがないんだ」と、近藤が続けた。

「それじゃ一体、何が起きているんだ」小暮も事の異様さに気が付いたようだ。小暮だけではない。同行した者が皆、顔を見合わせ、驚いたような様子を見せた。

「それは、彼らが記憶を取り戻せば分かるような気がするの」と、九条は僕らを見た。

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