第30話 地下要塞

 「ここよ」トンネル内を暫く走ったところで九条は立ち止まり、僕たちに振り向いた。けれども、そこは何もない壁。懐中電灯の薄明りで見えないだけではないのか。そう思っていると、九条が壁に手をついた。すると何もなかった壁に扉が出現した。見えないわけではなく、見えなくさせていただけのようだ。

九条がさっきの攻防中に近藤の案を退けたのは、この入り口を見つけられることを懸念したのだろう。


「さぁ、入って」促されるまま僕たちは中に踏み入った。暗いが廊下にはところどころに明かりが灯り、僕の緊張する心を癒してくれた。暫くぶりに見る明かりに安心したのだ。

そして何層も下った先で案内された広間には、たくさんの人が動き回っていた。人と言っても、当然のこと人類とは違う。あくまでも人類と言う器に入った同類が動き回っているのである。それは、彼らに霧がないことからも判断できる。ここの働く者たちは、僕がずっと探し回った者たちだ。小林も康子も興味津々にキョロキョロと辺りを見回していた。


「まるでお登りさんだぞ」とからかうと、

「しょうがないじゃん、こんな光景始めてみるんだから」と、康子が口を尖らせた。そう言う僕の視線も、落ち着きなく動き続けていた。

「彼らがそうか?」と声をかけてきた男がいた。見た目は男だが、果たして中身はどうなのだろうか?それは自分たちにも言えることだが、そもそも、性別があるかどうかも疑わしい。地球の考え方でとらえてはだめなのだ。


「はい。そうです」と九条は丁寧に答えた。その口ぶりから、彼は九条の上司か、階級が上の者だとの推測ができた。

「そうか。では君たち、確認するからこの先の検査室へ行ってくれ」と言われ、僕らはその者の後に続いた、九条たちは僕らを黙って見送った。



「九条さん、彼らはどうなるんですかね」近藤がポツリと呟いた。

「一からやり直しでしょう」初めからインプットのやり直しになるだろう。その場合、今回の任務には復帰できない。何故ならば、人間性を養う時間がないからだ。例え外見だけはバレないようにしたとしても、人間と相対したときには不信感を与えることになるからだ。


「それはそれで残念だな」と、秋葉も答えた。外見が偽りの自分たちには、内面、イコール本体の持つ物が全てである。それは感情や考え方など、受け手によっても様々だが、別れたばかりの三人の内面をどうやら認めていたようだ。

「ええ。嫌いじゃなかったわ。私も」執拗なほどに色々と尋ねられたが、決して不快に感じたことはなかった。むしろ、熱心だとさえ思っていた。

「普通の不良品とはどこか違いましたね」大して話もしなかったが、近藤のこういった視点は鋭い。


「今まで会った不良品たちは、まるで使い物にならなかった。ただ怯え、泣き、そして自滅していった。確かに違ったわね」九条は過去に会った不良品たちを思い出していた。中には、本当に二度と会うことが叶わなくなった者もいる。けれども、あの三人は驚きこそしていたが、終始冷静に見えた。その落ち着き方には何かの理由があるようだ。


「何が理由なんでしょう?」

「それは私にもわからないけど、もう、会うこともないでしょう。私たちのことも忘れるだろうし」と、九条は少し寂しそうに言った。最初からのやり直しになれば、自分たちと出会ったことさえ記憶から抹消される。その上、姿かたちまで変更されるはずだ。今まで知る限りでは、こういった場合には新しい器をあてがわれ、一から融合が行われるからだ。


「そうですね」近藤も寂しそうに答えた。

「さぁ、遅れた分の任務を遂行するわよ」そんな気持ちを奮い立たせるかのように、九条は明るく振舞った。地球人のこのような考え方を、九条はいつの間にか気に入っていた。

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