第5話・見事に飼いならされています

 ハインツは寝転がって身じろぎしない。わたしは彼をあてにするのは諦めて、塀の上に上がろうとした。


「こら。どこに行く?」


 背後からやや不機嫌そうな声がかけられてわたしは身をすくめた。寝ていたはずのハインツが起き上がってきて塀に上ったわたしを掴んでいた。


『ハインツ。なにするの? いきなり。驚くじゃない』

「ああ。腹が空いて気が立ってるんだな? ヒメ」

『違うわ。放してよ』

「おやおや。仲が良いね。黒ちゃん。お腹すいてるんだって? ちょうど良かった」


 おかみさんが炊事場から戻って来た。


「ほら高級サラミだよ。今日は行商の人が来たからね。サービスにもらったんだ」


 購入先は先ほどの行商人かしら。と、考えた所ですでに彼らの姿は見えなくなっていた。詳しい話をもっと聞きたかったのに。と、恨めしい思いで、ハインツを仰ぎ見ると機嫌をとるかのように薄切りのサラミが乗った小皿の前に移動させられていた。


「良かったな。さあ。お食べ」


 大好きなサラミを前にしてわたしは断る事が出来なかった。ハインツは見事に餌付けされたよな。と、もの言いたげな視線を向けてくるが、こういう場合は無視するに限る。わたしは湧きあがる食欲のままに皿の中のご馳走を頬張った。


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