9-8. セミナーを見学するエリー

「ここがあのお方の屋敷かぁ」


 あのお方、というのがどのお方なのかは知らないが、依頼書には依頼人の名は「サラ」とだけあった。

 本名なのかは不明だが、ヒセラに聞いた名と同じではある。

 それがあのお方、“先生”と呼ばれる人物なのだろう。


 ここまで来るのに、別に大した苦労はしていない。

 近くの港町までは魔法で文字通りひとっ飛びだし、そこから屋敷までの道も町で教えてもらえたし。


「探し始めて数ヶ月は経ったけども」


 手掛かりに辿り着いてからは早かったな、とエリーは先日のことを追想する。



 ビッグボア討伐祝いの宴席。

 エリーは同じ討伐メンバーのハーフリング、【トースト感知】のヒセラと同席し、最近追ったり追わなかったりしていたテロ教唆の容疑者である“先生”に繋がると思われる情報を得た。


 エリーが“先生”について尋ねると、ヒセラは突然様子が変わったようだった。

 先程まで普通に談笑していた相手が、あのお方に仇なすものか、等と白目を剥いて襲ってくるのだ。

 非常に怖いし、かといって反射的に灰にするわけにもいかない。


 完全にタイミングを間違えたな、とエリーは思った。


 タイミングといえば、直前に自分が【トースト感知】の応用法として提案した「トーストの食べ過ぎで気持ち悪い幻覚」は、本当に最悪の攻撃だったとエリーは思う。

 人生で2番目のピンチに陥った(※1番目の時は空中から落下する馬車に潰され、実際に一度死んだ時)が、ヒセラがまだ自分のスキルの使い方に慣れていなかったのが幸いした。


 火を征する者は料理を征す。幻覚とはいえ、料理であれば焼いて炭にすることも可能なのだ。

 炭を飲み込んだような感覚は不快だが、幻覚のかさが減った分、トーストが胃にパンパンに詰まっている状態よりはマシだった。


 魔法で体温を奪って一度気絶させた後、意識と正気を取り戻したヒセラは、「やっぱり当たりスキルは無茶苦茶ですと……」などと愚痴りながら、ほんのわずか、っすらと戻った記憶について教えてくれた。


 曰く、冒険者ギルドで外れスキル保有者を対象とした依頼を見て受諾した、とのこと。


 配達者ギルドではそんな依頼を見た記憶がないので、後日エリーは冒険者ギルドにこっそり紛れ込み、それらしい依頼の掲示を確認して。

 現地へおもむき、今に至る。



「とりあえず覗いて見るかな。≪リアクティブアーマー≫、≪ファイアウォール≫」


 爆発反応装甲による物理的な防御力を高める≪リアクティブアーマー≫と、大昔の【火魔法】使いが開発した精神防御魔法の≪ファイアウォール≫を重ね掛けし、エリーは万全の耐性となった。


 ≪ファイアウォール≫は、先日ヒセラから受けた精神汚染攻撃に懲りたエリーが、スキルの記憶から引っ張り出してきた魔法だ。

 過去に【火魔法】スキルを持っていた誰かが開発した魔法は、その魔法を発動するのに必要なレベルに達することで、後世の【火魔法】使いにも共有される。この≪ファイアウォール≫もまた、そんな誰かが作った魔法の1つだった。


 文字通り炎の壁を作り出す≪ブレイズウォール≫と似たような名前だが、その効果は全く別物だ。

 過去のスキル保有者が好き勝手に自分ルールで魔法に命名してきたせいで、有名なスキルではこういう問題がよく起きる。

 【火魔法】で「ウォール」と名の付く魔法だと、他には≪アツアツウォール≫という壁加熱魔法が存在する。これは壁が発火しない程度に熱くなる魔法で、壁に張り付くヤモリや虫、盗賊などを熱して落とす用途に使われる。


 流石に「火」と「精神汚染耐性」の関連性は薄いので、魔力消費は多めになるが、背に腹は代えられない。

 身内からは慢心を咎められることも多く、実際に慢心で死んだこともあるエリーだが、学習はするのだ。



 海辺の屋敷の周りには、砂浜と防風林に挟まれた広いスペースがあった。

 そこには数人のヒュームや獣人の姿があり、それぞれ何やら奇妙な行動を取っている。


 無防備に近付けば見つかるだろうから、エリーは防風林の陰から遠目に覗き見ることにした。

 エルフは視力と聴力に優れているので、多少の距離、多少の海風があっても余裕で会話の内容がわかる。


「できるかじゃありません……やるんですよ!」


 白いローブで竹刀を持った、ヒュームとおぼしき体内魔力の人が地面をバシバシ叩いている。


「なんだあれ」


 エリーは思わずそう溢した


「はいっ、“先生”!」


 先程まで屋外に置かれた椅子に凭れて息をついていた犬系獣人が、機敏な動きで立ち上がると、椅子を持ち上げて地面に叩きつける。ボロボロだった椅子は、バキバキと化した。


よみがえれっ!!」


 掛け声と共に手をかざすと、バキバキだった椅子の残骸が、ボロボロの椅子に戻る。

 新品同然とは行かないが、一応椅子の形は成している。そういうスキルなのだろう。


「うおおおおお、おいしくなーれー! おいしくなーれー!!」


 隣を見れば、意思を積んだかまどで火にかけた寸胴鍋を掻き混ぜながら、怪しげな呪文を唱えているヒュームがいる。


「うおおおおおお、おいしい! おかわり! おいしい!! おかわり!!!」


 その隣には、何やらひたすら器に盛っては食べ、盛っては食べしているヒューム。


「そうです! できないと思っても、やってみる! やってみれば、変わるんです! できないというのは、やったことのない人の言葉です! 皆さんの中には可能性が眠っているんですよ!」

「はい、“先生”!」

「ありがとうございます、“先生”!」

「“先生”! おいしい! “先生”!! おかわり!!」


 白ローブの人は竹刀を地面で鳴らしつつ、3人の周囲をうろうろと歩き回っている。



「なんだあれ」


 エリーは再び呟いた。

 これは、思ったより危険な所に来てしまったかもしれない。


 異様な光景ではあるが、見た所、犯罪行為ではなさそうだ。

 椅子を壊すのは若干怪しいが、恐らくこの屋敷にあった物なのだろうし、セーフの範囲だろう。


 そうなると、いきなり乗り込んで喧嘩を売るのも、文明的な行動とは言えない。

 エリーは少し離れた所から、怪しい一団に声をかけてみることにした。


「すいませーん、ちょっと宜しいですかぁ!」

「やればーできるっ! やればー……はーい、お客様ですか?」


 白ローブのヒュームはポイッと竹刀を投げ捨てると、先程までより1オクターブは高い声で、エリーに返事を投げる。


「こちらは何をやっている所なんですか?」

「ええ、はいはい! ご見学の方ですね」


 見るからに怪しい相手が、妙に愛想良く応じてきた。


「ここはスキルを鍛えるセミナーのようなものですよ」

「はあ、セミナーですか」

「セミナーと言っても受講料は取らず、私が趣味で無償で行っているものですね」

「無償で! それって誰でも参加できるんですか?」

「ンフフフ……ああ、いえ、失礼。受講の条件は1つだけ。

 の保有者であること、ですね」

「外れスキル限定なんですか?」

「ええ、ええ。これは世の中でつらい立場にある外れスキルの保有者への救済、慈善活動のようなものです」


 耳障りの良いことを、粘着ねばついた声で語る。

 話の内容から察するに、やはりこれが例のテロ教唆容疑者“先生”の正体と見て間違いないだろう。


 エリーは特に何かしらの捜査権や逮捕権を持っているわけではないし、厄介事の黒幕を合法的に強制排除する手段はない。

 想定していた解決方法は、主に3つ。


 1つ目。話し合い。

 ここで育った外れスキルレベル999の連中の多くは、降って湧いた力に溺れて野盗になったり、強盗になったり、魔王軍に入ったりしている。

 普通に迷惑だからやめろと言って、やめてくれるならそれで良い。


 2つ目。通報。

 明らかな違法行為が目につけば、近隣の官憲に通報する。

 争いになった場合、地元の領主軍程度が高レベルの集団に勝てるかどうかは疑問だが、それでも対応を考えるのが為政者の仕事なのではなかろうか。


 3つ目。正当防衛。

 もしエリー自身がこのセミナー(?)の関係者に攻撃された場合、返り討ちにするのは合法だ。

 話し合いでどうにもならず、パッと見て違法性もなさそうでも、相手から仕掛けてきたなら仕方ない。


 2つ目は無理そうなので、とりあえず1つ目と3つ目を並行で進めることにした。


「私共のことを御存知なかったのなら、エルフのお嬢さんはどうしてこちらへ?」

「実はですね。私はとある子爵様のお屋敷から来た者なのですが」


 こんなこともあろうかと、エリーは出発前に、友人でパースリー子爵の妹であるローズマリーの自宅にちょっと顔を出してから、この場を訪れている。

 権威を借りれば多少は話し合いで有利になるかもしれない、という寸法だ。


「最近、この近辺……というか結構広い範囲なんですけど、高レベルスキルの保有者による強盗やテロ事件が多発してまして」

「はあ、それはそれは、恐ろしいですねぇ」

「その犯人が大体外れスキルのレベル999なんですよね」

「ほうほう。それで、私共のセミナーが何か関係しているのではと?」

「その通りです。別にレベルを上げるなとは言いませんけど、こちらで道徳や倫理について教育するとか、犯罪に使いそうな人は面接で弾くとかですね」


 直球で要望を言い渡す。

 これでやり方を改めるなら良し、逆上して襲ってくるならそれも良し。

 スピード解決こそエリーの信条であった。


 が、相手の反応は、そのいずれでもなかった。


「ンフッ」


 鼻から抜けるような、短い笑い。


「ああ、いえいえ、失礼」

「えっと、何でしょう」

「いえ、そのテロリストの巣窟? に乗り込むにしては、随分と余裕があるものだと。ひょっとして高レベルの当たりスキルでもお持ちで?」


 何だか馬鹿にしたような言いぐさだ。

 恐らく、当たりスキルに嫌な思い出でもあるか、単純にそれが嫌いなのだろう。

 エリーの【火魔法】も森林火災を恐れるエルフの里では外れスキル扱いだったので、エリー本人としては、不当な理由で嫌われたような気がした。


 だから何か言い返そうかとも思ったが、白ローブのヒュームは、それより早く言葉を繋いだ。


「いえいえ、良いと思いますよ。どんな時でも余裕があるのはあなたの長所です」


 心にも無さそうな声音で。



 適当なことを言われた。


 しかしながら、言われてみればその通りかも知れないな、とエリーは考える。

 慢心は悪癖だし、それで死んだ経験もあるので注意はしているつもりだった。今もこうして仮想敵の前に出る時は、物理的・精神的な防御魔法を掛けている。


 とはいえ、警戒心も大事ではあるのだろうが――心の余裕を保った状態で事に当たるのも、また重要なことだろう。

 唐突に「長所を伸ばせ」などと不自然な言葉だとは思ったが、内容自体は一理ある。

 そうした余裕を常に保てるのが自分の長所だとするならば、“先生”の言う通り、それを伸ばすべきではなかろうか。


「わかりました。ではその方向でやってみます」


 そう自分で判断し、エリーは自身に掛けていた防御魔法を解除した。

 こんな魔法は必要あるまい。

 どうせ“先生”が促成栽培した連中は、自分のスキルもまともに使えない3流以下だったのだ。


 何だか相手がにやついているのは気になるが、これもまた自分の成長に繋がるのだろう、と、エリーは思った。

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