9-7. 【育成】のサラ

 サラ・セバスティアンヌ・リエットの生まれたリエット騎士爵家は、北方で魔物の脅威からヒューム領全体を守護するリエット侯爵家の分家であり、本家の代わりに直接的に武を担う家柄だった。

 家門の者に求められるのは武力。それ以外は求められない。


 リエット騎士爵家では、むしろ知や政に関わる能力などとまでされていた。


 何らかの理由で本家が途絶えれば分家がリエットの名と侯爵位を継ぐことになるが、本家の者達は当の分家がその「何らかの理由」を引き起こすことを懸念していたのだ。

 故に、優秀であるほど本家から圧力を掛けられ、前線で死ぬことを求められる。


 結果として、騎士爵家には深く物を考えない脳筋ばかりが生き残り、家風もそのように染まっていった。

 今では本家が口を出さずとも、分家内で勝手に有能な人材を排斥し、潰してしまうほど。


 何も珍しいことではない。

 家単位で役割を担う貴族家、分家にはよくあることだ。


 サラが家を出た後から知ったことには、例えば田舎の村でも似たようなことはよくあるし、少数民族にもよくあるし、最近は都市部の成金も似たようなことを始めたらしい。

 一族の中でも特定の方向性の能力、スキルを持った者だけを優遇し、それ以外を排斥する。歴史を積み重ねる程に、その色は濃くなってゆく。


 そんな騎士爵家に生まれ育ったサラが授かったのは【育成】などという、見るからに直接的な武には結びつかないスキルだった。

 剣でも弓でも覚えが早く、長子として期待されていたサラは、これでリエット騎士爵家の跡継ぎ候補から外された。長子継承を基本とするリエット騎士爵家でも、直接戦闘に関わるスキルを持たない者は家を継ぐことはできない。


 それでも家のためにできることを、と弟妹の指導にも積極的に携わったが。


「己より弱き者に教わることなぞ何もうござる」

「ぐちぐちと口ばかり動かすスキルなど、騎士の家に相応しくありませんわ」


 剣や弓の腕で追い抜かれると、その弟妹にも見下されるようになった。


 そして末弟に剣で打倒された日、用済みになったサラは家を追放された。




 生活費を稼ぐため用心棒ギルドに入ったサラは紆余曲折あり、外れスキル指導員として活動するようになった。


「“先生”、勿体ないですよ。“先生”のお力を使えば、ギルドで最強逆ハーレムパーティでも作って天下取れましたよ?」


 当時の生徒の1人にそんなことを言われたが、サラは曖昧に笑って聞き流した。

 「仲間」なんて作っても、また育てた側から裏切られるに決まっている。

 そうならないように、心の奥底から上限関係を叩き込む。


 外れスキルという不利を抱えたまま、食い繋ぐために用心棒をしていた生徒達は皆、レベルを上げて人並みの力を与え、最底辺から救い上げてサラを師として、恩人として慕ってくれた。

 サラの言うことをよく聞き、彼女以上の力を得ても離れず、敬い、付き従ってくれた。


 生徒らを育てることでサラ自身のレベルも上がり、レベルアップ効率も大幅に上昇する。

 しかし、そろそろレベル900台の後半に入る生徒が出始めた頃、サラはまた不安になった。


 レベルが999に至り、カンストしてしまえば、いよいよ自分は用済みとなるだろう。

 そうなればまた裏切られ、捨てられる。


 だからサラは、レベル999に至った生徒を「卒業」させることにした。

 教えは「門外不出」であり、それ故に、卒業者達はに関するされる。


 自分を忘れた者に裏切られることはない。

 自分から捨てたのだから、相手に捨てられることはない。

 サラは心の平穏を取り戻した。




 ***




「できるかじゃありません……やるんですよ!

 やればできる! やればできる! やってできないことはない!」

「はいっ、“先生”!」


 良い指導者は生徒にとにかく自信を持たせるもの。

 外れスキルの持ち主は、それまでの経験により、根本から自信を喪失している。

 必要なのは自信を外付けすることだ。


 師を盲信させる。それが最適解と言えよう。


 自らを“先生”と呼ばせ、その言葉を絶対の真理と思わせる。

 これには【育成】スキルによる思考誘導の効果が機能している。


 通常、スキルレベルは高くなるほど上がりにくくなるものだ。

 より高度に、より大規模に、より複雑に、より長時間、よりそのスキルの本質に近く。

 レベル上げにとって、より適切な方法で。


 しかし【育成】スキルによる補助があれば、高レベルになっても単純にスキルを使い続けるだけで経験となり、レベルを上げることができる。

 【育成】の効果を十分に発揮する場合、派生や応用の用法ではむしろ効果が落ちるため、基礎的な用法を繰り返す方が効率が良い。


「私も、私のような良い指導者に巡り合えていれば……」


 日々単純作業に打ち込み、ぐんぐんとレベルを上げる生徒達の充実した表情を見ていると、思わず溜息が漏れた。




 サラが本格的に「外れスキル育成」という慈善活動を始めたのは6年前からだ。

 切っ掛けは、立ち飲み屋で偶然知り合った1人のハイエルフだった。

 本来なら生まれた森を出ることなく長き人生を平穏に暮らすハイエルフが、ただ「外れスキルを授かった」という、本人に何の責もない理由で里を追放され、90年以上みじめに各地を放浪してきた。

 そんな憐れな女性だ。名はリーシャと言った。


 彼女は自分のスキルを卑下し、放浪中もスキルを使うことはほとんどなく、90年経ってもレベルは1桁のままだった。

 そんなリーシャをサラは励まし、生徒として迎え入れた。


「貴女のスキルもまた、神様からの授かり物です。共に育て上げ、その価値を世に知らしめてあげましょう」


 当時はサラのスキルレベルも15かそこらで、【育成】の恩恵も今ほどは大きくなかった。

 そのため、リーシャのレベルを上げるには年単位の時間を要したが、初めて他人をレベル999に育て上げたことで、サラのレベルも大きく上昇した。


「“先生”! 私、“先生”にいただいた力で、きっと里の者達に認めさせてみせますわ! スキルに貴賤なんてない、それで人を差別するなんて馬鹿らしいことを! そして、偉大な“先生”の名を歴史に刻んでみせますわ!」


 目を輝かせて旅立ったリーシャは、卒業と同時にサラのことは全て忘れてしまったはずだ。

 今は生まれ変わったスキルの力を活かし、エルフの里で幸せに暮らしていることだろう。



 リーシャを育てている間にも、数人の外れスキル持ちと出会う機会があった。

 その多くは彼女が卒業してからすぐ後にレベル999へと至り、やはりそれぞれの道へと旅立って行った。


 サラの元を去った生徒達は皆、サラのことを忘れてしまったが。

 サラはその1人1人を、今でもはっきりと覚えている。

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