8-10. 諸行無常を感じるエリー(第八章完)

 魔王軍との紛争が静まり、復興へと動き出したフルリニーア王国。

 そんな王国の中で、紛争中も武力によって治安と平穏を保っていたパースリー子爵領。王都にも程よく近い領都パースリー市は、国内でも一足早く活況を取り戻している。


 政治を知らぬ一般エルフのエリーは、そんなパースリー市を散歩していた。

 屋台で買った袋入りの炒り豆をゆっくり食べられる場所を探し、広場の方へと向かう。


「んん……何か人が集まってる。流しの芸人さんかな?」


 広場の入り口付近で見掛けた小さな人だかり。近寄ってみれば、引っ繰り返した木箱に乗った小太りのヒュームが、何やら演説のようなことをしているらしい。


「王国と魔王軍の間には、確かに形式上の和睦が結ばれました。しかしその実態は、武力によって押し付けられた明らかな不平等条約です。本来なら神の下に平等であるべき人類が、このような不公平を押し付けられて良いのでしょうか!」


 平和な都市ではこのような内容の薄い街頭演説も屡々しばしば行われることを、ヒューム領での生活に慣れてきたエリーは知っていた。

 興味を失って十数歩も進めば、また別の演説家の姿が見える。


 新たな演説家は甲高い声で主張する。


「【魔王】もまた人類です! これまで不当に抑圧されてきた【魔王】スキル保有者のため、我々人類はむしろ積極的に補償を行うべきではないでしょうか! 国際社会における【魔王】討伐法の撤廃と同時に、【魔王】保護法の制定へ向けて力を合わせましょう!」


 この辺りも、無関係なエルフがのんびり座って炒り豆を食べていられる雰囲気ではなさそうだ。

 また少し足を進める。

 そこにも小さな集団があった。


「かつての【魔王】が何をしたか、何をされたか。そんなことが重要でしょうか? ただ人類の一員である【魔王】と、私達は共に手を取り合い、より良い未来を目指す。それこそが正しき道だとは思いませんか?」


 何だか今日は街頭演説をしている人が多いな、とエリーは首を傾げる。

 チラシやポスターを見た覚えはないが、弁論大会でも開催されているのだろうか。

 また少し先には、また別の演説家がいる。


「【魔王】もまた人類。確かにそうでありましょう。【魔王】というだけで不当な扱いを受けるべきではない。誠その通り。しかし、当代の【魔王】が人類に対して何をしたか、お忘れの方は居りますまい。たとえ人類の一員であろうと、人類に損害を与える者は、人類の敵に他ならない! 人類であるからこそ、正しく責任を負うのです! 今こそ【魔王】排斥のため、改めて立ち上がる時であります!」


 よくよく見回せば、広場の至る所に小さなお立ち台と、それを囲む小さな人の塊があった。

 どうやら今日はそういう日なのだろう。

 エリーは益体もない演説を聞き流しながら、折角なので、ぐるりと広場を回ってみることにした。


「魔王軍そのものの力は既に御存知の通りです。今更それに逆らうのも現実的ではありません。しかし、実際に人類は彼によって大きな損害を受けている。それは補償されるべきであり――その補償を行うべきは、彼を生んだヒュームという種族です! ヒュームは我ら獣人等の異種族に対し、謝罪と賠償を行う必要があります!」


 それにしても、どうも似たようなテーマで話している人が多い気がする。

 恐らく、隣のライバル演説家の話を聞いて、それを否定しているのだとは思うが、原稿無しのアドリブで話しているのだろうか。

 エリーも芸人の両親に育てられた身の上であり、舞台上でのアドリブの難しさは、何となく知っているつもりだ。

 確かに話は薄っぺらく、面白くもないが、アドリブでスラスラ言葉が出てくる点は評価に値するのではなかろうか。


「“人類に損失を出した者は人類の敵”。そんな理屈を一度でも通してしまえば、次は“人類に利益を出さなかった者は人類の敵”などという暴論も生まれることでしょう。だからこそ、我々は暴虐の最初の一歩を押し止めなければなりません。かつての人類は種族間での無意味な争いに明け暮れていましたが、今ではヒュームも獣人も、我等ソールリングも、同じ土地で、同じ権利を持ち、共に暮らしています。人類は愚かではない。人類にはそれができるのです。全ての人類は平等に、全ての人類の手によって守られるべきなのです」


「いくら綺麗事を並べようとも! 現実問題として、社会に対し利を生まないと判断された者に、この社会は過剰な抑圧を加えています! 最も顕著な例として、子を生まない夫婦――病気で生殖能力を失った者や、異種族間の夫婦等を差別する風潮は、未だに人類社会を根深く蝕んでいます! 本気で平等を謳うのであれば、まずは現実に抑圧されている層に対して、今すぐにでも手を差し伸べるべきではないでしょうか!」


彼方あちらの人の仰る通り! 働かない者も保護すべし! 国家は全ての国民を養う義務がある!」


「そもそも論として、利を出す、出さないという言葉を使うこと自体が差別的だとは思いませんか? 全ての人類は存在するだけで多様性を産み出す。すなわち、あなたも私も、存在するだけで価値があるのです」


「やはり、人類だけを特別扱いするのはどうかと思いまぁす! 人類以外にも、人類と同等以上の知恵を持つ魔物はたくさんいますよね? 彼等に対しても、人類と同じ権利を与える必要があると、私達『国際魔物保護連盟』は考えていまぁす!」


「個々の魔物について、賢い、賢くないという判断は誰がするのか! 誰かの定めた基準で、一定以下の者を切り捨て、それ以上の者を優遇するのか! また同じ人類の内でさえ、ある個体は賢いが、ある個体はそうでないという事は当然にある! それもまた、賢いか否かで切り分けるのか! 脳の障害や老化でその基準を満たさなくなった者は、やはり切り捨てるのか! また、人類に理解できない感覚や方法で知性を操る存在の賢さはどう測るのか! 己より遥かに優れた存在の知性を、愚かな人類ごときに測れるのか! 全く以て愚かしい!! 不完全な基準に何の意味がある! あらゆる人類、あらゆる魔物を平等に保護すべきだ!!」


「向こうの人達の頭の中では、どうして魔物だけ保護する話になってるんですかね……スキルを持たない動物達だって生きているんです。魔物だけでなく、動物もまた完全に保護されるべきではありませんか?」


「人類保護、魔物保護、動物保護! 何故、同じ生物の中で植物だけを差別するのか! 最も早く地上に根付き、遥か太古より世界を見守ってきた植物を見捨てる者共が、平等を語るなど烏滸おこがましい!!」


「生物でなければ粗雑に扱って良いという価値観は、既に時代遅れです。無生物もまた世界を構築する存在の仲間です。先祖の眠る墓地を守るように、大事な宝物の人形を愛でるように、思い出深い家を離れ難く思うように、道端の石ころや、川を流れる水もまた慈しみ、丁重に保護すること、それが現代の、理性ある人類の在り方です」


「保護、保護と、人類ごときが何様のつもりか。我々人類もまた自然の一部分に過ぎぬ。弱肉強食こそが真なる平等の形と言えよう」


「何かを大事に思う事、誰かを特別扱いする事……それが神様の創られた、人の心の本来の有り様です。差をつけることに何が悪いのでしょう。好きなものを慈しみ、優先することは、決して悪ではないのです……」


 広場をぐるりと1周した所で、歩きながら食べていた炒り豆が無くなってしまった。


「帰るかな」


 袋一杯の豆を食べ終わる程度の時間が経ったが、各人の演説はまだ終わらないらしい。

 特に受付や投票所等もなかったので、あれは大会のたぐいではなく、偶々たまたま大勢の人が、同じ日に同じ場所で、好き勝手に自分の話をしていたのだろう。


「皆楽しそうだったなぁ」


 エリーは長命種らしい感想を残し、未だ騒がしい広場を後にした。




 ***




 エリーがローズマリーから聞いた話によると、その後、【魔王】は他国から来た【勇者】に討たれたらしい。


「少人数で忍び込んでの暗殺だそうよ」

「えぇ……」


 いかにレベル差があろうが、【勇者】スキルの持つ【魔王】特効は極めて性能が高い。

 加えて、【魔王】スキルには元々暗殺に弱い特性があるのだ。


「大丈夫なのそれ?」

「大丈夫じゃないわよ。我が国と国交のある国家の元首が暗殺されたのよ?」

「だよね。この国も何かするの?」

「先日即位された新国王陛下が、公式に遺憾の意を示したわ」


 とはいえ、形式上は友好国といえども、少し前に自国の王族を根絶やしにした相手なのだから、それほど強い非難はしなかったらしい。


 なお、王国が魔王国に割譲した領土については、この国と【勇者】を送り込んだ国が互いに領有権を主張していたのだが、【勇者】が独断で建国を宣言し、勇者王として君臨する等と意味不明な事を言い出したそうだ。


 そうなると【勇者】の出身国からの国家的なバックアップは一切なくなる。

 【魔王】の殺害自体は合法だが、魔王国という国家を、個人が暴力で乗っ取るというのは、当然ながら単なるテロリストの所業である。

 配達者ギルドにも、生死を問わずで【勇者】の身柄を配達する依頼が貼り出された。




 その数日後、また別の国から派遣された【英雄】スキル保有者を中心とする討伐隊によって、【勇者】一派は討たれた。

 そして、【英雄】はそのまま当地の新たな王となることを宣言した。

 英雄王の誕生である。




 また数日後、【英雄】を斃すために、何とかいう宗教国家が【聖者】を旗頭にした神聖征伐軍を出したらしい。

 【聖者】は新たな国を興し、聖王を名乗り始める。

 その土地はもう、何かに呪われてるのでは? とエリーは思ったが、その土地の人にも悪いので、特に公に何かを言うことはなかった。




 更に数日後、【聖者】はフルリニーア王国貴族に暗殺された。

 その貴族も建国宣言をするようなことはなく、領土は無事に元の鞘に収まったそうだ。






―――――――――――

以上で第八章完結です。

いつもお読みいただきありがとうございます。


恐らくまた少し時間が空きまして、

章末まで書けた時点から毎日投稿になりますので、

引き続き、第八章で宜しくお願いいたします。

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