第九章:【育成】のサラ

9-1. 【絶倫】のベンケイ

九章まで書けたので、本日より更新再開です。

章末話までは毎日更新の予定です。



■■忘れてしまった人のための簡単登場人物紹介■■

・エリー…主人公の森エルフ。【火魔法】レベル999。強い。今回は出てこない。

・ジロー…ヒュームの少年。弱い。今回は出てこない。

・ヒタチマル…ドワーフの中年男性。一般人よりは強い。今回は出てこない。

・サラ…ヒュームの女性。戦闘力はない。3章4話で2言しゃべった。



■前回までのあらすじ

【火魔法】のスキルをレベル999に上げるため、地元の森を焼いて里を追い出されたエルフのエリー。

彼女はひょんなことから同行することになったヒュームのジロー、ドワーフのヒタチマルと暮らしていた。

そんなある日、拠点としている国を、外れスキル【魔王】の保有者が率いる魔王軍により侵略されてしまう。

が、特に【魔王】を討伐に行く正当性も理由もないので静観していたところ、エリーとは関係のない場所で動乱が起き、何やかんやで騒動は収まった。

魔王軍は解散したが残党も散らばっているし、【魔王】や魔王軍に力を与えた黒幕もいるらしい。

残党はともかく黒幕にはエリーも間接的な被害(治安悪化)を受けているので、どうしたものか……と言ったところで、今回のお話。


================




 防風林を抜けると、一気に潮の香りが広がる。

 砂浜との間の開けた土地に、小洒落こじゃれた白い屋敷が立っていた。


「あれが依頼人の屋敷でござるか」


 ベンケイは顎髭へ四指を差し込むようにして顎を撫でる。

 空気に混ざった潮がべたつき、不快気に眉をしかめた。




 ***




 フルリニーア王国が【魔王】や、それに続く悪政の脅威から解放されて1ヶ月余り。

 一時的な混乱が去り、国民の生活は平時のそれに戻りつつあった。

 冒険者達も当時の仕事の定番だった都市防衛や特殊清掃だけでなく、護衛や探索、調査にお使い等、普段通りの様々な依頼を、得手不得手に合わせて選べるようになった。

 冒険者仲間から爪弾きにされ、パーティの組めないベンケイにとっては、選択肢など然程多くもなかったが。


 冒険者ギルドの職員に紹介されたのは、奇妙な依頼だった。

 依頼人がベンケイ個人に宛てた指名依頼ではない。

 条件を見たギルド側がこれは彼に向いた依頼だとして、個別に声を掛けてきた案件だ。


「外れスキルの研究、でござるか」


 離れた位置から依頼書を投げ渡したギルド職員の女性、その侮蔑の視線を思い出す。

 それ自体は慣れてはいるが、改めて「外れスキル」という言葉を突き付けられると、気が滅入る。


「要は人体実験よ。アンタみたいな穢らわしい外れスキルの下衆野郎には似合いの仕事ね」

「ぬぅ……【絶倫】の何が外れスキルなんでござる」

「は?」


 職員の威圧を受けて、ベンケイは弁解を引っ込めた。


 ベンケイのスキル、【絶倫】は極めて強力な自己強化スキルだ。「飛び抜けて優秀」という意味を持つスキル名の指す通り、身体能力、思考能力を大幅に強化する。

 その特徴は強化の持続性であり、数十秒から数分で効果のなくなる一般的な強化スキルと違って、レベル1でも数時間持続する。


 魔法や武術と違って派手さはないものの、性能を見れば「当たりスキル」と言っていい【絶倫】。実際に、国や地方によっては当たりスキル扱いされる場合も多いだろう。

 それがハズレ扱いされるのは、過去のスキル保有者の悪名によるものだ。


 かつて人類最大の国家を築いた古の皇帝。

 絶倫王と呼ばれるその男は、人類史上最も巨大なハーレムを持っていたとされる。現代の倫理観では到底受け入れられない方法で集めた老若男女に鳥獣虫魚と、スキルの力で毎夜好き放題に行為を重ね、それを手記に残した。


 帝国は滅んで久しく、その名を守らんとする者も絶え、皇帝としての功績は全て悪名に塗り潰された。

 そして【絶倫】のスキルもまた、好色の代名詞とされるようになったのだ。


「迷惑な話でござる」

「なんか文句あるわけ?」

「いや」

「ちっ。なら、とっとと出ていきなさい。アンタがいると空気が【絶倫】臭くなんのよ」


 酷い人権侵害ではある。

 しかし、扱いとしては外れスキルでも、実質的には当たりスキルの【絶倫】を持つベンケイは、法令上では社会的弱者として認められず、この地の領主が定めた人権擁護制度の対象とならない。


 かくして依頼を受けたベンケイは旅装を整え、依頼主の住む海沿いの屋敷へ向かったのだ。




 ***




 地図に示された目的地にあったのは小さな屋敷。

 建物だけ見れば貴族の別邸という雰囲気だが、門塀や庭はなく、開けた土地の端にそのまま家屋が建っている。


「頼もう!」


 ドアを叩いて呼び掛けつつ、ベンケイはちらりと隣の立て看板に視線を向けた。


 看板には「ハズレスキル育成、承リ枡」と妙に角張った文字で綴られていた。

 スキル育成。よくあるカルチャースクールの類いにも見えるが。

 「外れスキル」を対象にするとなれば、夢物語にも流行らない、詐欺師か狂人の妄言だ。


 成人の儀式で外れスキルを授かった者は、普通ならその時点で、スキルに頼らない人生を考える。

 名家の生まれだと、下手なスキルを授かれば家を追放される場合もあるが、大抵はそこで人生を諦め、自ら命を絶つと聞く。


 生活に困窮し、スキルでの一発逆転を狙って射た者ならば、藁にもすがる気持ちで外れスキルの活用法を考える者もいるのだろう。しかし、低レベルでは何の役にも立たないし、レベルを上げる手段も確立されていない。こんな怪しい育成所に通う金があれば苦労はしない。


 他人事ながら、商売が成り立つのだろうか、とベンケイは疑問に思う。



「はいはい……お客様で?」


 返事をする前に玄関扉が開いた。

 白いローブの女だ。目深まぶかにかぶったフードで表情は伺えないが、声色からは不愉快なニヤ付きが透けて見える。

 少し苦手なタイプだと、ベンケイは感じた。


それがし、C級冒険者のベンケイと申す者。ギルドより依頼を受けて参ったが、依頼人のサラ殿で宜しいか?」

「ああ! へえ? それは、それは」


 ベンケイが名乗ると、女はフードを後ろに下ろし、至近距離からまじまじとベンケイの身体を見回した。

 一見して貴族と判る、整った顔立ちに艶のある髪。

 表情は予想通り不快な笑みに覆われているが、こちらを見つめる顔を見返していると、何となくそれも頼り甲斐のある表情に見えてきた。


「スキルは、何をお持ちで?」

「【絶倫】でござる」


 問われたことに素直に答える。


「ほうほう……それは確かに、文化的ハズレスキルに相違ないですね。

 今までさぞ、おつらい目に遭われたことでしょう」


 文化的、という表現は解らないが、とにかく門前払いはされずに済んだ。

 これも仕事だと割り切り、甘んじて同情の言葉を受け入れる。


「依頼内容は外れスキルの研究と聞いているが、相違ござらんか?」

「ええ、ええ、依頼はそのように出しましたね、確かに」

「具体的な内容を聞かせていただきたく」


 スキル名を聞いてからずっと半笑いを絶やさないサラに、ベンケイはビジネスライクな態度で応じた。


「ンフフ……仕事内容はですね」


 勿体ぶるように一呼吸。


「そのスキルを、レベル999まで育てるんですよ」


 続いた言葉に、ベンケイは思わず言葉を失いかけたが、それでもどうにか絞り出す。


「長期とは、聞いてござるが。寿命までの拘束とは聞いてござらぬ」

「ンフッ、ああ、いえいえ。失礼ですが、今のレベルは?」

「レベル26でござる」


 冒険者になって10年、このスキル1本に頼って生きてきた。それでようやくこのレベルだ。

 長命種ならぬ、ただのヒュームのベンケイでは、これから30年も同じ仕事を続けられれば良い方だ。


「それはそれは。文化的ハズレスキルは、性能としては当たりに近い物もありますからね」


 サラは機嫌よさげにそう言って、


「レベル999に至るには、そうですね。

 今のレベルなら、2週間ほどでしょうか」


 事も無げにそう告げた。

 今度こそ、ベンケイは文字通り絶句する。


「私のスキルは【育成】と言いまして。

 外れスキルの地位向上のためにも、私のスキルレベルを育てるためにも。

 あなたのスキルを育ててあげましょう」


 何ということもない、何度も繰り返した日常のように、その言葉は発せられた。

 彼女にとっては、それは日常の一部でしかないのだろう。そう思わせる気軽さであり、恐らくそれは事実なのだ。

 たった2週間でレベルを900以上も上げる、その異様な内容が。


 ベンケイはサラの――“先生”の言葉を何の疑いもなく信じることができた。


 遠くに波音と海鳥の声が聞こえる。



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主人公視点の話は次話からです。

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