8-7. 行く先を選ぶメリー

 かつて『七色のはね』という、白金級の配達者パーティが存在した。


 パースリー子爵領を拠点に活躍していた彼らは、リーダーの【劣化コピー】のキョロリックを中心に、種族を問わず有能な配達者が集っていた。未だ種族間の対立、無意識の差別が蔓延はびこるこの時代において、これは比較的珍しいことだ。

 特にキョロリックはヒュームの身でありながら、ヒュームに獣人にハーフリング、更には魔物である吸血鬼にまで、へだてなく、対等な異性への愛情を注いだ。

 そんなリーダーの振舞いに引き摺られるように、他のメンバーも種族や出自――貴族だろうが、奴隷だろうが――に関わらず、互いを姉妹のように想い合うようになった。


 羊獣人のメリーは『七色のはね』に、キョロリックに救われた1人だ。メリーの手を引き斜め前を歩くイザベラも。

 キョロリックと7人の仲間で活動していた『七色の翅』は、今やこの2人だけしか生き残っていない。


 不当にも指定暴力団扱いを受け、生死不問のお尋ね者となったメリー達は逃亡中の身だ。


 配達者ギルドのギルドカードは当然使えず、冒険者ギルドで偽名を使って新たに登録し、細々と旅費を稼ぎつつやってきた。

 白金級配達者としての経験は冒険者をやる上でも役に立つ――というか業務内容はほとんど変わらないのだが、今までの7人パーティから2人パーティになったわけだから、勝手は大きく異なる。対応可能な仕事の幅も小さい。

 また、【斧術】スキルのメリーはともかく、【治癒魔法】スキルのイザベラには直接戦闘は難しいため、討伐依頼にしても頭数の少ない獲物を選ばなければならない。

 それでも2人組での行動にも慣れ、目立たない程度に常設依頼をこなし、幾らか資金が貯まれば移動する。

 目指す方角への護衛依頼があればそれを受けたかったが、若い女の新人冒険者2人で受けられる護衛依頼など、基本的には存在しない。徒歩も危険が大きいため、長距離の乗り合い馬車を使う必要があり、これにもまた費用がかかる。

 そんな日々を繰り返しつつも、どうにか今日まで、此処までやってきた。



 以前の拠点であったパースリー市の祭りの時ほどではないものの、それなりに人の行き交う大通りを、決してはぐれないように歩く。


「以前通った時より、幾分寂れている気がしますわね」

「メヘェ、これで少ないんですメェ?」

「ええ。何かあったのかも知れませんわ」


 お尋ね者のメリー達は情勢に疎い。

 魔王軍が王都を落とした、という話は市中の話題の中心にもなったし、流石に知っている。

 だが、国内の他の地域がどうなっているか、交通や流通の状況等はまるで把握できていなかった。


「人が集まっている方へ向かいますわよ」

「はいですメェ」


 周囲をキョロキョロ見回しながら歩くメリーを、イザベラの手が半ば引き摺るように誘導していく。

 久しぶりの大きな街で、通りに点在する屋台からも良い匂いが漂ってくる。特に、トウモロコシに豆ベースのソースを塗って丸ごと焼いた物は、野菜好きのメリーの興味を惹いた。

 若干メリーの歩が緩んだことに気付いたイザベラが振り返り、少し呆れた顔で溜息をくと、共有の財布から2人分の焼きトウモロコシを買ってくれた。


「ありがとうですメェ」

「構いませんわ。ちょうどお昼時でしたもの」


 パーティ加入当初、お貴族様のイザベラは現金を自分で持ったこともなく、「食べ歩き」という概念すらも知らなかった。今では利き手と逆の手で持った料理を食べながら、会話をしながら歩く、というマルチタスクも問題なく対応することができる。

 むしろ、食べ歩きなのに妙に上品な仕草で、服も口元も汚さずに食べてみせる。初めてそれに気付いた時、メリーは不思議と感動を覚え、無意識に拍手をしてしまったことが印象に残っている。そして串焼きのタレで手がベトベトだったメリーは、拍手の勢いでタレを弾き、自分の服を汚してしまったのだ。


「食べ終わったなら手をお出しなさい」

「メヘェェ」

「何を笑っていますの」


 その時も、こうしてハンカチで手を拭いてくれた。


 屋台には何処でも屑籠が設置されており、他の店で買った料理のゴミでも捨てることができる。

 手ぶらになって足を速めたメリーとイザベラは、人の流れの多い方へ進み、街の中心にある広場へやってきた。

 広場の一角に人混みがあり、2人はそちらへ向けて歩を進める。


「歌が聞こえますメェ」


 背の低いメリーには見えないが、イザベラには何があるのか判ったらしい。


「楽器の演奏と歌。2人組の路上演奏ですわね」


 そう呟くイザベラの顔には、僅かに苦々しげな色が見えた。


「イザベラ様?」

「……いえ。ただ、演者がエルフだというだけですわ」

「メヘェェ、エルフメェ!?」


 エルフ。

 『七色のはね』のメンバーの大半を惨殺した、残忍で危険な種族。

 目の前で仲間達を跡形もなく焼き殺された2人にとって、良い印象が持てる相手ではない。


「メリー。私もエルフは嫌いです。

 しかし、良い演奏に罪はありませんわ」


 それでもイザベラは視線を逸らさずに。


「薄汚い亜人風情とは言え、流石は長命種。

 市井の大道芸と馬鹿できるものでもありませんわね」


 そんなことを言った。


 亜人のメリーとしては何とも答えにくかったが。

 これはある種の方言、いわば「貴族弁」のような物だ。通常の語彙に人種差別、階級差別と読み取れそうな表現が入るだけで、必ずしも悪意があるわけではない。普通に悪意がある場合も多いが。


「メェ」


 と曖昧な相槌を打って、それで終わりだ。



 2人のエルフが演奏を終え、聴衆は楽器ケースに小銭を投げたり、声援を投げたり、何も投げなかったりしつつ、それぞれ散って行った。


「流しの大道芸人なら彼方此方あちこち巡って、他所の情勢や噂話にも詳しいでしょう。あの2人に話を聞きますわよ」


 イザベラはそう言って、メリーの手を引いてエルフの2人組に近付いた。

 人混みが割れて初めてエルフの姿を確認したメリーは、恐怖と恨みで少し心臓が震えたように感じた。だが、これはあの時のエルフではない。

 エルフの顔の見分けなんて付かないが、服装からして男女の2人組のようだし、大道芸人は賞金稼ぎの真似事なんてしないだろう。

 どうだろうか。エルフは血に飢えた野蛮な種族なのかも知れないが。


 イザベラは銀貨を1枚、楽器ケースの中に丁寧に置くと、エルフの2人に向けて声を掛けた。


「ちょっと、そこのエルフ。少し話を聞いても宜しくて?」

「え? ああ、はい、良いですよ。

 代わりに、もし良ければ此方こちらの話も聞いていただけますか?」

「構いませんわ」


 男(推定)の方のエルフがイザベラに応える。

 エルフ達が簡単に後片付けをした後、4人は広場の隅の芝生に移動し、輪を組むように地べたに腰を下ろした。



 話自体はすぐに終わるということなので、先に相手の話を聞いてやることにする。

 2人のエルフは夫婦者で、演奏家の夫と詩人の妻、そんな道楽のような仕事で生活費を稼いでいるらしい。


「ヒューム領に来たのは、娘の墓参りのためなんです」

「里から出てすぐに、訃報が送られてきたわ。やっぱり、エルフがヒューム領で暮らすのは難しいのね……」


 真面目で、とても心優しい娘であったそうだ。

 メリーは幼い頃から奴隷として育ち、今では親の顔すら覚えていない。

 生きているかも判らない親だが、もしもメリーが死んだと伝わったら、祈りの1つでも唱えてくれるだろうか。


「ただ、ヒューム領の地名はよく解らなくて。死んだ娘の友達が送ってくれた手紙も紛失して、住所や何かもわからないんですよ」

「それで、つい最近、この辺りで他にエルフを見たことはない?」


 そう言われて、メリーは記憶を手繰る。

 つい最近、ということは、長くても1ヶ月ほどだろうか。

 仲間を殺したエルフに会ったのは既に数ヶ月前。

 エルフ領に隣接するリエット侯爵領、そこから程近いこの街までならともかく、エルフ領からパースリー子爵領までは移動だけでも1ヶ月以上かかる。

 つい最近ヒューム領に来たというなら、その娘さんとは別人だろう。

 里から出たばかりの心優しい娘が、脇目も振らず遠く離れた土地まで移動し、賞金稼ぎの真似事をする? 有り得ないだろう。


 イザベラに顔を向ければ、同じタイミングでメリーと視線を合わせ、軽く首を横に振って見せた。メリーも小さく頷く。


「その娘さんは見ていませんわね」

「そうでしたか……ありがとうございます。それなら、もう少し色々と回ってみます」


 イザベラの否定の言葉に、夫の方が礼を返し、妻も悲しげに頭を下げた。


 なお、エルフの時間感覚で「最近」とは「ここ10年以内程度」を指し、娘が成人する程度の年齢の中年エルフにとっては「ここ50年以内程度」を指す場合もある。

 このエルフ夫妻の娘は【火魔法】レベル999の暴威で『七色の翅』を壊滅させた、エリーという名の森エルフだが。彼女が里を追放されてから現在まで、既に1年弱の時が流れていた。

 ついでに言えば、エリーの同居人が彼女の両親に訃報を送ってから、エリーは蘇生を遂げ、今も健康に暮らしている。

 その後、少し遅れて「訃報の取消し連絡」が送られたが、それが届く頃にはエルフ夫妻は墓参りの旅に出発していたのだった。


 勿論、そんなことは露知らぬ4人である。

 エルフ夫妻は、次いでメリー達の質問に答え、近隣地域の状況についての説明を始めた。


「私達もヒューム領には出てきたばっかりなんだけどね?」


 そう言って、妻の方が言葉を続ける。


 曰く。


 各地で侵略の手を広げる魔王軍により、フルリニーア王国内の流通経路は、その多くが断絶された。

 しかし、王都寄りのパースリー子爵領と辺境のリエット侯爵領の間では、リエット‐パースリー間通商隊が定期的に運行し、他の地域より比較的安定した状況にある。2領の間にある貴族領は単なる通り道程度の扱いを受けているが、単なる通り道でも大勢が旅をすれば金は落ち、魔王軍の勢力拡大で増加した魔物も商隊の護衛達が削ってくれるのだ。

 そういう訳で、2つの領の中継点となるこの都市にも、ある程度の活気は残っているものの。やはり、平時ほどの勢いはない。

 また、この街にはリエット方面、パースリー方面とは別の方面へ続く大きな街道も存在するが、こちらは現在通行止めになっているらしい。


 とのことであった。


「随分詳しいんですメェ」

「まぁ、最低限はね。詩人は情報を集めるのも仕事なのよー?」


 感心したメリーに、妻エルフは事も無げに答えた。


 一先ひとまず互いに聞きたいことは聞けたので、メリー達とエルフ夫妻は互いに改めて礼を言ってから別れた。


「困ったことになりましたわね」

「ですメェ……」


 眉を寄せるイザベラに、メリーも溜め息で答える。

 通行止めになっている方の街道。メリー達がここまでやってきた目的は、その街道の先、カークマン男爵領にある。

 パースリー子爵領からリエット侯爵領方面まで方角としてはぐ来たが、ここで大きく進路を変える予定だった。

 通行止めの街道の先。『七色の翅』のリーダー、キョロリックを追って家を出奔した男爵令嬢、イザベラの実家を頼ろうと思っていたのだ。


「通行止めというのが、どの程度の強制力を持っているのかを調べないといけませんわね」

「強制力ですメェ?」

「単に危険だから移動が推奨されていないだけなのか、公権力が完全に移動を禁じているのか……物理的に道が封鎖ないし破壊されているのか。あのエルフ達は、ただ通れないと聞いて引き返した、という話でしたし」

「メヘェェ。それで何か違いがあるんですメェ?」

「場合によっては、一般解放はしていなくとも、特別な権限か事情があれば通行できる場合がありますのよ」

「ほえぇ、なるほどですメェ!」



 そういう訳で、冒険者ギルドでも、そちら方面へ向かう遠征団の募集なり、少人数パーティでも加われる大規模商隊の護衛依頼でも出ていないか。メリーとイザベラはギルドの受付で確認したのだが。


「無いですねぇ」

「依頼はなくとも、個人で探索に行くことはできませんの?」

「無理ですねぇ」

「ッ……!」


 にべもなく断るギルド職員に、イザベラは苛立っている様子だった。


「冒険者としてじゃなくても、何でも良いですメェ。カークマン男爵領まで行く方法はないですメェ?」

「無いですねぇ」


 たまらず口を挟んだメリーの言葉も、一言で切り捨てられた。

 かと思いきや、受付嬢の言葉には続きがあった。


「カークマン男爵領なんて、もう無くなっちゃいましたからねぇ」

「……は?」

「あの辺りは全部、魔王軍に蹂躙されちゃいました。私の実家も近くにあったんですけど、あっちから尻尾巻いて逃げて来たA級冒険者サマが言うには、どっこも瓦礫の山でしたって。はは」


 乾いた笑いを溢す受付嬢から視線を外し、メリーは恐る恐るイザベラの横顔を窺う。

 いつも引き締まった表情を絶やさないイザベラが、口を半開きにして固まっていた。


「あー。そういえば。

 配達者ギルドの連中が、たまーにあっち方面に依頼で行くことがあるそうですよ? あいつら怖い物知らずですからねぇ。

 何なら、あっちのギルドに登録したら、そういう仕事もあるんじゃないですか?」


 イザベラの様子を見た受付嬢は、何か思うことがあったのだろう。それまでと違い、幾らか感情の乗った声で、そんなことを教えてくれた。

 メリーは丁寧に礼を言って、イザベラの手を引いて冒険者ギルドを後にした。


 配達者ギルドに再登録するのは、難しいだろう。

 以前に配達者登録していた際の情報は配達者ギルド専用のデータベースにアーカイブされているので、お尋ね者の2人は登録直後に捕縛されるか、最悪その場で殺される。


 獣人は他の人類種と比べ、人の感情を読む能力に長けているという説がある。普段通りのキリリとした顔付きに戻ったイザベラだが、まだ普段より僅かに呼吸が荒い。


「イザベラ様。どうしますメェ?」


 通行の邪魔にならない道の端まで移動した所で、メリーはイザベラに尋ねた。

 単に今後の方針を尋ねるような調子で尋ねたつもりだったが、心配する気持ちが色濃く混ざってしまった。


「……一度捨てた家ですのよ。

 今更どうなろうと、気にもなりませんわ」


 問いの答えになっているようで、なっていない。

 そんな返事が一言あった。


 メリーの生まれた村はうにない。

 これから目指す当てがなくなった以上、何にせよ、方針は決め直さなければならない。


 1分かそこら、ぼんやりと2人で道行く人を眺めた後、イザベラは口を開く。


「いっそ、魔王軍にでも入ります?」


 珍しく冗談めかした明るい調子で、そんなことを言う。


「それも良いですメェ。どうせお尋ね者ですもんメェ」


 それが真面目な提案だと読み取ったメリーは、同じく明るい声でそう答えた。

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