8-6. 防衛するエリー

 エルフのエリーにとって【魔王】とは、耳元で飛ぶ蝿のようなものだった。

 流通への悪影響など、鬱陶しい話もあったものの、だから皆殺しにしようという程でもない。エリーは力に溺れた短気なエルフだが、サイコパスでも殺人狂でもないのだ。

 エルフゆえにヒューム等の異種族と価値観が違う面こそあれ、不要な暴力は用いない。少なくともエリー本人はそう認識している。


 【魔王】は自分を襲ってきた通り魔や野盗、町を占拠したテロリストとも関わりがあるようだが、それを育てて野に放ったのは別の者――“先生”とか呼ばれる相手だという。

 その“先生”にテロリスト候補を紹介していたのが【魔王】らしいので、確かに文句の1つ2つは言いたい。


 と言っても、【魔王】自身やその配下に直接的に刃を向けられたわけでもないので、自分から相手の本拠地に殴り込むほどの意欲はない。

 攻められたら潰す。攻める気が起きなくなるまで徹底的に。

 精々、そんなところだ。


 しかし、友人のローズマリーにとっては「故郷を滅ぼした仇」なのだという。

 その故郷は今も彼女やエリー達の住むパースリー子爵領の領都パースリー市であり、故郷が滅ぼされた歴史はローズマリーの時間遡行によってことになったが、それで許す気は全くない。戦闘は避けられないだろう。


「そういえば、ロゼちーは王宮を取り返しに行ったりはしないの?」

「しないわよ。だって国王陛下からの要請がないもの」

「どういうこと?」

「国王陛下からの特別な許可または要請無しに王都に武力を向けると、それだけで反逆罪に問われるのよ」


 なお、その王族は先日全滅したばかりなので、国王も存在せず、国王からの要請は行いようがなかった。


「法治国家は融通が利かないなぁ。【選択的ファイアストーム】」


 防壁の上でティーカップを片手に雑談しながら、眼下に広がる魔物の群れを焼き払った。

 エリーとローズマリーの茶会中、いつの間にか魔物の大群が現れた、と報告があった時には多少の混乱が起こったものだが……それが消え去る時も一瞬だ。

 イヌルトにネッコシー、ウサギラージやイノーク、ニワトリスにヘビリスク、トカーゲマンやウシタウロス。中にはイヌベロスやイヌトロスといった上位の魔物もいたが、そこに一切の例外はない。

 下草は燃やさず、魔物だけを灰にする。きっと次の夏はこの辺りの草花がよく茂ることだろう。


 そういえば、と。

 時間遡行前の魔王軍侵攻の、とばっちりというか……都市を焼き滅ぼした魔王軍の仕打ちをエリーの仕業と思い込んだローズマリーにより、エリーは一度殺されたことを思い出す。

 時間を止めた状態で、空から落下してきた馬車に押し潰されたのだ。

 ローズマリーとはとっくに和解済みだが、冤罪で回避不能の即死技を食らったエリーとしては、魔王軍に相応の恨みを持っても良さそうだ。


「クソッ、臆病者の魔法使いがッ!!

 遠間から一方的に攻撃するなど、卑怯にも程があるッ!!」


 魔物の群れを率いていたらしいヒュームが、遠くの方で怒声を上げた。

 ヒュームのローズマリーには聞こえなくとも、エルフのエリーには聞こえる程度の距離と声量だ。


「いや、そんなこと言われても……」

「何て言われたのよ?」

「遠くから攻撃するのはずるいって」

「はぁ? あいつら、最初に魔法と投石で奇襲してこなかった?」

「してきたよね。撃ち落としたけど」


 魔王軍の正面に陣取っているのはエリーとローズマリーのみで、他の防衛戦力は別の場所で伏兵を警戒している。2人がいればそれ以上の戦力は無駄になるからだ。

 この場には2人しかいないので、テーブルごと防壁の上に移動し、のんびり紅茶とおしゃべりを楽しみながらの防衛戦となっている。

 念のためエリーも防御魔法を張っているし、ローズマリーは即死でなければ時間遡行でどうにでもなる(※即死しても何とかなる)ので、完全に無防備というわけではないが。


「クソクソクソッ、こうなったら奥の手だッ!」

「あ、何か奥の手使うらしいよ。警戒して」

「はいはい」


 テーブルにカップを置き、魔王軍のヒュームに視線を向ける。

 そのヒュームが手を翳すと、何もない所から、肘より先程度の長さ・太さの巻紙が現れた。両手で巻き癖を広げると、開いた紙が宙に固定される。

 ヒュームはその紙上の一点を指差し、怒りとも笑いとも付かない表情で、


「最初からこれを使えば良かったわッ!! 奥義、地図上移動!!」


 そう叫んで。


 次の瞬間、エリーの背後に立っていた。


「おわっ!?」

「秘技、人体地図化ッ!」


 そう来るとは思わず反応の遅れたエリーの全身に、心臓から伸びる赤く輝く道筋が浮かび、その所々に黄色い光の点がこごる。

 よく見れば点の隣には“食欲増進”や“魔力増大”、“肩凝り解消”、“くしゃみ”と言った文字が小さく浮かんでいる。

 その内の1つには“即死”の文字が添えられていた。


「即死のツボを突くッ!!」


 間髪入れずに魔王軍のヒュームが鋭い突きを放つ。

 そこを突くだけでどんな達人でも死に至る、即死のツボに向けて。


 そして、エリーが体表付近に貼っていた不可視の熱壁に触れ、触れた所から煮え立った。


「ぐわあああああああッ!!?」

「≪一撃で確実に敵を倒す火≫」


 そこへ駄目押しの追撃、相手の燃えやすさに合わせて火力を自動調整する炎が襲撃者を包む。

 十数秒の後、半死半生の黒焦げになったヒュームが、防壁の上に横たわっていた。


 別の歴史においては、この襲撃により呆気なく滅んだパースリー市。

 しかし、当たりスキルのレベル999が2人も揃っていれば、何ということもなく都市防衛は成功する。

 戦力を集めようが、不意を討とうが、これは動かしがたい事実であった。


「お、俺様は……あのお方のお役に……ぐふっ」


 襲撃者はそれだけ呟いて息を引き取る。


「魔王軍の人でも、最後の台詞は【魔王】じゃなくて、あのお方の話なんだ。

 やっぱりそのお方……“先生”ってやつが悪いんだろうなぁ」

「でも攻めて来てるのは魔王軍よ?」

「んー。そうなんだけど」


 首を傾げるローズマリーに、エリーは頷きながらも釈然としない。

 街の外を見回すが、追加の魔物の気配などもない。


 焼死体の隣でお茶会という気分でもなく、人を呼んで後片付けを頼み、この日は解散することにした。

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