8-3. 動きを定める魔王軍四天王

 魔王軍はその本拠地を、新たに占領したフルリニーア王国の王宮へと移転した。

 破壊の跡も生々しく、現在も配下及び奴隷となった王国民によって鋭意改修中だが、屋根と壁に問題のない部屋は少ない。

 玉座の間などは優先的に修繕を進めているものの、空の見える穴が簡単に塞がるものではなかった。


 魔王軍行政の最高機関たる四天王会議は、そんな王宮の中でも比較的ダメージの少なかった会議室において行われている。


「それではぁ、時間になりましたのでぇ、出席を取りますぅ」


 議長兼書記――元『水の四天王』にして【魔王】の側近、リーン‐ジャクリーン――が頭頂部の猫耳をひく付かせながら宣言する。

 気の抜けた声に四天王の一部が眉をしかめたが、リーンは【魔王】の背後に半ばほど隠れているので、特に恐れることはないのだ。


「【魔王】ドルガンドス陛下ぁ」

「ククク……うむ」


 小さな笑いと頷きが、異様な圧力を以て四天王の感情を塗り潰す。

 リーンの態度、あるいは存在に小さな反感を持っていた『水の四天王』や『風の四天王』も、そんなくだらないことを考えている余裕はなくなっただろう。尚のこと安心である。


「『地の四天王』、【地団駄】のジダン様ぁ」

「はっ」


 この爺様は、まだリーンが数合わせの『水の四天王』だった頃に魔王軍に参入したこともあり、付き合いも長い。それなりにリーンを尊重してくれる。

 口の悪い若者には老害などと呼ばれるが、たまに我儘を言う他は、特に害になることもしない。良い爺様だとリーンは思う。


「『水の四天王』、【水疱瘡】のボース様ぁ」

「……フン」


 ボースはどうも『水の四天王』を外されたリーンを見下している節がある。

 リーンの後任である【水虫耐性】のアスリーが戦いの中で倒れた後、その後任として四天王に任じられたのがボースだ。

 直接話しても嫌味しか言わないので、苦手な同僚という印象だった。


「『火の四天王』はぁ、候補者不在のため空席ですぅ」


 火属性のスキル持ちは少なく、【火事場泥棒】のバルトロが亡くなってから、四天王の一角は空席のままであった。

 そのスカウトのため火山帯に出張したのも記憶に新しいが、結局何の成果もなかったのだ。


「『風の四天王』、【風呂敷】のシキブ様ぁ」

「はぁい」


 【風評被害】のヒョウガ亡き後に四天王となったのがシキブだ。

 鼻に抜けた声で微妙にリーンと口調が被っていることからか、初対面の時から妙に睨まれていた気がする。理由は知らないが、面倒なので関わりたくない同僚だ。


「皆さま集まられたようですのでぇ。四天王会議を始めますぅ」


 一目見ればわかる人数の出欠を確認し、議長として会議を進める。

 こうして形式に拘るのも、今後、魔王軍が拡大して、会議の規模が大きくなった時のためなのだ。


「最初の議題は、『火の四天王』候補のスカウトについて、ですぅ。

 まず、前回の会議で提案いただいた火山帯でのスカウトでは、残念ながら目ぼしいかたが見つかりませんでしたぁ……。

 また先日、火山自体が何らかの問題で活動を停止してしまいましてぇ、しばらくは火山帯でのスカウトは難しいかなぁと思いますぅ」

「リーン殿」


 何か発言しようとした他の四天王を遮り、四天王筆頭のジダンが挙手をした。


「はぁい、ジダン様どうぞぉ」

「『地の四天王』候補は既に【地下アイドル】のチカ、【地図作成】のチーザス、【地元愛】のティモジーの3人が魔王軍に所属しておる。いつ儂が死んでも安泰だ」

「ジダン様にはもっと長生きして欲しいですけどぉ……」

「ありがとう。それはそれとして、『火の四天王』候補というのは、それほど見つかりにくいものか?」


 はい、そうです、と言いたい所だが、安易にそう答えて良いものだろうか。

 ジダンが嫌味や悪意で尋ねているわけではないのはわかるので、真剣に答えようとは思うのだが。


 そこへ【魔王】陛下が含み笑いを差し込んだ。


「ククク……。

 火属性のスキルは四属性の中でも珍しい上に、その多くは有用な物とされている。

 我が魔王軍に誘いやすい、も少ないからな。仕方あるまい」

「【魔王】陛下。お答えいただきありがとうございます」

「ククク……良い。リーンよ、会議を進めよ」

「はぁい」


 ジダンが中立的な態度で疑問を上げ、【魔王】陛下が先んじてフォローを行う。それにより、リーンへの無意味な糾弾は防がれる。

 流石は陛下、流石はジダン様。リーンは2人の気遣いに小さく微笑んだ。


「ちなみに、現在『水の四天王』候補は【水掛論】のケイロン様ぁ。

 『風の四天王』候補は【風来坊】のライボルト様と【風見鶏】のミドリ様がいらっしゃいますぅ。

 『火の四天王』候補だけがなかなか見つからない状況ですぅ」

「ククク……フフフフ……火属性の者が我が配下に加わるのであれば、世界の1/8をやるのだがな……」

ままなりませんな」


 【魔王】陛下の溢した呟きに、ジダンが相槌を打つ。

 他の四天王2人は口を挟みにくい雰囲気なのか、先程から黙ったままだ。心なしか、居辛そうな気配すら感じる。


 苦手な同僚とはいえ、別にリーンの方から嫌っているわけでもなく、困らせたいわけでもない。


「火属性スキルのスカウトについて、ご提案があればまたお願いしますぅ」


 行き当たりばったりの魔王軍は、これでも【魔王】とリーンの2人だった頃と比べて格段に計画性を増したものの、未だにその時々の勢いで方針や予定を考える節がある。

 四天王会議でも、【魔王】陛下と四天王が好き勝手に意見を出し合い、それを何となく纏めて、直近の動きを決めていく。それが魔王軍行政の最高機関であった。


「それでは次の議題、フルリニーア王国の王都を落とした魔王軍の今後の方針についてぇ、案があればお願いしますぅ」


 ということで、さっさと気軽に発言のしやすい議題に切り替える。

 黙り込んでいた2人も勢いよく挙手をして発言の機会を求め出した。




 ***




 【魔王】ドルガンドスの側近にして最初の魔王軍四天王、リーン‐ジャクリーンがそのあるじと出会ったのは、まだ彼女が今より幼かった頃。

 小さな国の小さな村の、粗末な地下牢の暗がりでのことだった。


 牢に囚われていたのは、大陸中の人類国家で討伐対象とされる【魔王】ではなく、何ということもない、外れスキルの小娘の方だ。


「ククク……外れか」


 いつもの呼び名を告げる知らない声に、リーンは顔を上げて問い返した。


「……呼んだ? ……だれ……?」


 そこにいたのは、同じ村に住む猫系獣人ではない。

 見知らぬ、角の生えた、顔色の悪い、不審な男だった。


「ククク……フフフフ……ハーッハッハッハ!

 余こそは【魔王】ドルガンドス!!」


 大きな声に耳がぺたんと折れる。反響が止む間を待ってから、ゆっくりと耳が起き上がり。


「まおー……?」


 意味もわからず、言われたままに問い返した。


「ククク……【魔王】を知らぬか。まあ良い。

 小娘、貴様はここで何をやっている?」

「わたしは、外れスキルだから、牢屋に入ってるの」

「ククク……ほう?

 そのなりでスキル持ちとはな。獣人は他種族より成人年齢が早いとは聞いていたが」


 その時の【魔王】陛下はリーンを小さな子供だと思っていたようだ。

 事実として成人したばかりの獣人は他種族より心身共に幼い。田舎村の育ちで、物を知らなかったこともある。他人とまともに話すのも久々で、舌ったらずな口調になっていたかもしれない。加えて、今なら種族差による感覚の違いも理解できる。

 当時は何だか、馬鹿にされているようにも感じたが。


 とはいえ、馬鹿にされるのは慣れているので、何の反論もせず、リーンはただ、じっと相手を見つめ返した。

 【魔王】陛下は、そんなリーンを見て、何かに納得したように大きく頷いて、こう言った。


「ククク……フフフフ……なるほどな。

 つまり貴様も、この世界に反逆する者という訳か」

「え。違うけど」


 この発言についてリーンは、10年近く経った今でも、今ひとつ意味が解っていない。


「ククク……フフフフ……ならば余と共に来い。

 貴様、名は何と言う?」

「えぇ? 名前はリーン……ジャクリーンですけど……」


 外れスキルとして迫害されていたリーンに、反抗心と呼べる物は残っていなかった。

 だから、初対面の怪しい相手にでも、問われたことには素直に答えた。

 ジャクリーンという名も、リーンという愛称も、彼女が外れスキルを授かってからは一度も呼ばれたことが無かったが、流石に自分の名前を忘れるようなことはない。


「ククク……フフフフ……ハーッハッハッハ!

 良かろう! 我が腹心、魔王軍四天王第一席、リーン‐ジャクリーンよ!

 余について来るが良い! 余の覇道を支え、共に人類の世を混沌に陥れようぞ!!」


 いつの間にかリーンの名前はリーン‐ジャクリーンとなり、いつの間にか四天王の第一席になり、いつの間にか人類の世を混沌に陥れることが決まっていた。

 特に反論をする気にもなれなかったので、リーンはその全てを受け入れた。



 木製の檻を叩き壊した【魔王】陛下に手を引かれ、地下牢の階段を上って久方振りに太陽の下に出る。

 生まれ育った村のあった場所には死体の山と、家屋の燃え残りだけが転がっていた。

 ずっと騒がしい音が聞こえていたし、その後は急に静かにもなったので、想像はついていたが。

 両親もリーンが幼い頃に亡くなっていたので、どうせ身内と呼べる相手もいない。死体の山を見ても、これと言った感慨は浮かばなかった。


「まおーさん」

「ククク……【魔王】陛下と呼ぶが良い」

「まおーへーか」

「ククク……どうした、我が腹心よ」

「まおーへーかは、他の家来はいないの?」

「ククク……フフフフ……らんぞ。

 四天王も残り3人を探さねばならんな」


 幼心に若干心配にもなったが、陛下は何か喋る度に不敵に笑っていたので、余程自信と余裕があるのだと思い、その不安感はすぐに霧消した。

 今はそれが単なる魔王口調の一環だと理解しているが、当時は「スキルレベル上げのために口調を変える」という可能性など、想像だにしなかったのだ。




 それからリーンと【魔王】陛下は共に各地を巡り、村を焼き、町を滅ぼした。

 初代『火の四天王』、【火事場泥棒】のバルトロと出会ったのは、その少し後だ。外れスキルとして迫害され、人里離れた山奥でひっそりと暮らしていた彼を四天王としてスカウトした際に、【魔王】陛下はこう言った。


「ククク……フフフフ……リーンが水系統、バルトロが火系統か。ならば、四天王は地水火風で纏めるとするか」

「わあぁ、王道ですねぇ! 素敵ですぅ!」


 初対面で子供扱いされたリーンは、口調からでも大人っぽくなろうとして、街で見かけた非常に大人っぽい女性の口調を真似するようになっていた。今から思えば参考にする相手を間違えたような気もするが、当時はそれで大人ぶれているつもりだった。


「ゲシシシ! てこたぁ【魔王】の旦那、アッシは『火の四天王』ってことでござんすね! すんげぇ強そうでござんす!」


 バルトロの口調はあまり強そうではないな、と当時のリーンは自分を棚に上げて、そう思っていた。


 その次に魔王軍に加わったのは、初代にして現役の『地の四天王』、【地団駄】のジダン。

 そして先々代の『風の四天王』、【風車】のナナヤ。


 外れスキルを鍛える者など滅多にいないから、出会った時は皆レベル10にも満たなかった。

 魔王軍四天王となってからは地道にスキルを使ってレベルを上げ始めた。

 スキルを使うことにトラウマがあったリーンは、他のメンバーと比べて成長が遅かったものの、誰もそれを責めることはない。


「ククク……リーンよ。スキルは使えるならばそれに越したことはない。貴様のスキルは特に有用な物だ。

 しかし、無理に己を追い込んでまで鍛える必要はないぞ。貴様は貴様の出来ることをやるが良い」


 【魔王】陛下とは初対面の印象もあったし、他の四天王も陛下より一回り以上も年上で、リーンは子供扱いをされ、甘やかされていたのだろう。

 自分があまり役に立てないことは悔しくもあったが、結局の所、リーン自身も大人達に甘えていたのだ。


 居心地の良い居場所がある。

 あの頃はあの頃で、とても楽しい日々だった。




 ***




「ククク……リーンよ。

 議事録を纏めたら、また余の下へ持ってくるが良い」

「はぁい陛下、了解ですぅ」


 四天王会議が終わり、参加者達が会議室から去った後、リーンは思い出せる限りの追記事項を、手元に取り出したメモ書きに加えて行く。

 会議中に机の下でインクを操作し、要約した内容を記録していたが、会話の速度で文字を書くことは難しい。メモを見ながら内容を思い出し、ペンを使って書き加えて行く。リーンのスキルレベルはそこまで高くはないため、細かい文字は手で書く方が正確であり、楽なのだ。


 四天王会議ではリーンが議長と書記を兼任しているので、内容には多少の漏れがある。

 本来、彼女が命じられているのは議長の役割だけだが、会議内容の記録が無いと後から不便なことも多いため、自主的に議事録を作成し、【魔王】陛下にも提出するようにしていた。

 前線での戦闘等に参加しない分、少しでも役に立てるように、という気持ちで始めたことだが、それが意味のあることなのかは、自分自身で疑問に思うこともある。


「でき……たぁ、っと」


 何度か読み返し、追記できる内容がなくなった所でペンを置く。陛下に渡す分は後で清書することになるので、それは自室に戻ってからだ。


 リーンは室内に誰かの忘れ物がないかを一通り確認した後、荷物をまとめて、会議室を後にした。

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