5-8. 再来する外れスキル四天王

 瀕死のツグミを背負い、血塗れの白兎を頭に乗せたテッサイは、彼らが「円卓の間」と呼ぶ半地下の部屋に戻ってきた。

 そこには既に【生活魔法】のエドワルドが帰って来ており、2人と1匹を出迎える。


「頼む」

「これはまた……よく生きてたな」

「どう見ても死人と瀕死だ。早く治せ」


 どちらが死人で、どちらが瀕死か。

 そんな確認をすることもなく、2人は慣れた手つきで小さな丸テーブルを部屋の脇に寄せる。

 まずは今にも死に直しそうなツグミを横たえ、エドワルドはその頭に手を当てて唱える。


「≪ミニマムスタンダード≫」


 淡い光が浮かび、折れていた首の骨が正しく繋がる。


「うー……死にたくない……」


 ほんの少しの間を置いて、ツグミは身体を起こせるまでに回復した。小さな擦り傷はそのままだが、最低限度の生活が送れる程度の健康状態だ。


「次はカルロスの番だ。ウサギ、お主も役割を果たせ」

「ぷぅぷぅ」


 床に等身大の人形ひとがたを象るようにギョウジャニンニクを積み上げ、その胸の位置にウサギを置く。


 準備を終えれば、エドワルドが唱える。


「≪ミニマムスタンダード≫」


 淡い光。ギョウジャニンニクが蠢き、骨と肉に化す。

 人のパーツはウサギを飲み込み、しばらくの後……カルロスの肉体が再生した。


「ちっ、危うく死ぬ所だったぜ」

「戯けが。完全に死んでおったわ」


 万全とは言えないが、四天王が再び集まり。

 円卓は部屋の中央に戻された。



「それでどうする?」


 エドワルドが四天王を見回して尋ねる。


 元々、この4人のリーダー格はエドワルドだった。

 暴力の経験と実績が最も多く、スキルも他の面々より活用できたし、人を使うことにも慣れていた。


 自身の日常を傷と痛みに染めるため、あえて仲間の感情を操作して自分を最弱の地位に置き、特に意味のない暴行に晒されていたが……よく考えると、同じ結果を得るにしても、もう少しマシな方法があったような気はする。

 リーダー経験はあっても、別に頭の良い方ではないのだ。


「どうするってのは……『外れスキル狩り』のことだろ」


 苦々し気にカルロスが返す。


「どうやって殺されたかは、正直覚えてねえ。何も見えなかった。

 ただ、迷いなく一瞬で殺されたのは確かだ。あいつが『外れスキル狩り』だったんだろうな」

「1対1で勝つとか言ってたろ?」

「へっ、気が変わった。全員で袋叩きにしてやろうぜ」


 エドワルドは鼻で笑い、テッサイは黙して頷く。


「ツグミは……無理そうだな」


 死から戻ったショックか、長時間瀕死の痛みに晒されたせいか、ツグミは虚ろな目で、ただ円卓を見つめていた。

 死んでも蘇る理屈はあったし、スキルの感覚でそれが可能なこともわかっていた。それでも、初めての臨死体験だ。

 何度か死んだ経験のあるカルロス――恋人同士を引き裂くライフワークの最中、当の破局カップルからの怨恨で殺害されることは間々ある――は、臨死の先輩として気遣いを見せる。


「いや、行けるだろ?」


 エドワルドはそんなツグミの頭に手を当てて、


「≪エブリデイフィーリングス≫」


 精神安定の魔法を使う。


「あっ、おっ? ん? 何か急に死にたくなってきたよ! でも別に何でもいいから今すぐ死にたいってことじゃなくてね、この死にたいって言うのは概念的というか、抽象的というか、象徴的というか、大丈夫の象徴? 生きているから死にたいと思えるんだみたいな頓智とんちじゃなくて、もっとこう、ぐてーっとのんびりした気分の象徴みたいな感じで、幸せ、違うな、不幸せじゃないみたいな、そんな感じになりたいなって話でね? 昔は死ぬんじゃなくて結婚すればそういう感じになれるのかなって思ってたんだけど、喧嘩とか、浮気とか、出張とか、子どもの教育方針の違いとか、文化の擦れ違いとか、色々聞いてる内に、あ、これもしかして違うのかなってなっちゃって、今は死ぬって言ってるけど、もしかしたらそれも違うのかも。でも不幸せじゃない象徴は欲しいよね」


 それだけで、傷を負っていたツグミの気分は平常に戻った。


「テッサイも『外れスキル狩り』には遭ったんだろ?

 ちゃんとはつけたか?」

「うむ。今からでも追えるぞ」

「よし、なら善は急げだ」


 それだけで会議は終わり、次の行動が決まった。


 既に夜闇に染まった街の中。

 4人はテッサイのつけたギョウジャニンニクの臭いを辿り、『外れスキル狩り』の女エルフを追跡する。


 作戦などはない。

 接敵次第、まずは「外れスキル四天王」の名乗りを上げる。

 それが終われば、全力で攻撃する。それだけだ。


 夜道を走る中、エドワルドは先程遭遇した『外れスキル狩り』の姿を思い浮かべる。

 梨を買って、頭のおかしいドワーフと笑い合っていた。


 その声を思い浮かべる。

 語り掛けられた内容は不愉快であったが、声質は耳に心地好かったように思う。


 何となく形にならない、慣れない感情を振り払う。


 エドワルドの描く未来の為には大きな障害となる存在だ。


 自分を見下し、排斥した世界への復讐――具体的なイメージはないが――そのために、ここで必ず排除せねばならない相手だ。

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