3-5. キノコを狩るエリー

 初の魔物狩りの翌日、今日のエリーは製薬用の高級キノコ採集・配達の依頼で、森の最奥までやってきた。

 依頼といっても期限や納品数が決まっているわけではなく、採れた種類と数量で報酬が出る常設依頼だ。喩えは悪いが、盗賊退治と似たようなものである。


 キノコの見分けは難しいが、森と共に育ち、森の食材を集めて食費の足しにしていた森エルフには容易いこと。

 ついでに自分で食べるための食用キノコを持ち帰り、同居人と宿の庭で焼いて食べようと画策していた。


「うわぁ、オイシイタケがいっぱい! こっちはウマシメジだ!」


 人が入らない奥地だからか、想像以上の採集量にエリーもほくほく顔である。

 薬の素材にする高級キノコは同業者が採取するためか数も少ない。しかし、こんな森の奥で食用キノコを採る者は少ないのだろう。

 森の奥でうっかり毒キノコに当たると死を免れないし、自信がなければ手を出さない方が無難ではある。


「帰ったらキノコパーティだねぇ」


 納品用と食材用の袋に分けてひょいひょいキノコを集めていたエリーの元へ、周辺警戒を任せていた≪ファイアビット≫の1機が戻ってきた。

 何か問題が起きたらしい……と言っても、本当の緊急時にはわざわざ戻って来ないで脳内に直接アラートを鳴らすので、大した問題ではないのだろう。


「大きい馬型の魔物が接近中? 馬ならがありそうだなぁ」


 馬肉とキノコ。ならば、山菜も採る必要がある。

 そして帰りに白菜を買い、鍋物に――キノコ鍋パーティにするべきだ。


 ≪ファイアビット≫の示す方向、薄暗い森を見つめてしばらく待つ。


 柔らかい土を踏むひづめの音。

 耳鳴りがして、気温の下がったような錯覚を覚えた。

 来たな、とエリーは身構える。


「ぶるる……」


 薄暗がりの中から、ぼんやりと青白く光る馬が姿を現した。


 額に一角を携えた馬の魔物、ウマコーン。

 縄張り意識が強く、性格は獰猛にして豪胆。

 自分より強大な相手にも躊躇なく襲い掛かり、角を以て突き殺す。


 キノコ類を主食とし、特にウマシメジを好んで食べるが、【聖魔法】という種族スキルで毒キノコも無毒化可能だ。


「ラッキー、激レア魔物だ!」


 角も毛皮も高く売れ、肉もキノコ出汁が効いてて美味い。

 この森でも危険度上位の魔物だが、エリーは既に獲物としか見ていなかったし、実際両者にはその程度の力量差が存在した。



「うおおおおおッ!! 今助けるぞ!」



 だから、魔物に襲われるか弱いエルフを救わんとし、白く輝く槍を構えてウマコーンに襲い掛かった闖入ちんにゅう者に対するエリー当人の認識は、「迷惑な横殴り」という程度の物だった。


「ひひーん!」

「ちっ、【聖魔法】持ちの魔物に【聖魔法】は効きが悪いかっ!

 あいつらはまだ追いつかねーし……」


 エリーを守るように間に入ったヒュームの男性は、ウマコーンへ向けて白い槍を構えていた。

 構えは素人にしか見えないが、よく見れば槍は光そのもので形作られている。魔法の槍――【聖魔法】で具現化したものらしい。


「ひーん! ぶるるるっ!!」

「ちっ! おい、そこのアンタ!

 この俺が必ず助けてやるから、少し離れてろ!」


 ウマコーンの額の角にも同色の光が集まり、こちらも槍のように伸びる。

 首を振るうウマコーンと槍を振るう男性が、激しく打ち合う。


 角が傷付いたら勿体ないな、とエリーは思った。


「メヘェェ、先に行かないでメェ、ご主人様ぁ!」

「はぁ、はぁ……キョロリック様! やっと追いつきましたわよ!」

「まったく、アタシの【超加速】にはクールタイムがあるのよ」


 そこへ闖入者の仲間らしい3人が現れ、


「ぶるっ? ぶるるるるるぁぁぁっ!! ひひいいいいいん!!!」

「メェェッ!?」

「きゃあっ!!」

「ひゃあぁっ!!」


 何故か突如激昂したウマコーンに襲われ、撥ね飛ばされた。


「なっ! メリー、イザベラ、キャシー!?」


 急に目の前の敵に置いて行かれた男は、一瞬反応が遅れるも、すぐに倒れた仲間を守る位置に移動する。


「このままじゃらちがあかねー……おい、そこのエルフ!」


 闖入者は苦々しい顔で――ただ、目だけは自信有りげに――エリーに呼び掛けた。


「何です、そこのヒューム」


 エリーは単純に苦々しい顔で、ヒュームの男に応えてやった。



ぞ!」

「!?」



 その瞬間、男の纏う魔力の質が変わる。

 ウマコーンと似た聖属性から……エリーと同じ、火属性に。


「どの程度の威力が出るのかわからねー。それに今の俺のスキルレベルでも、本来の威力よりは落ちる。


 ……なら! 最初から全力で行くぞッ!!」



 エリーは、何だか嫌な予感がした。



「……≪ブレイズウォール≫」


「うおおおおおおっ!! ≪パイロクラスト≫ォッ!!」



 轟音。灼熱。赤光。


 エリーが直前に張った炎の障壁は、エリー自身、キノコの袋、ついでにウマコーンに撥ね飛ばされた3人の身を十全に守り抜く。

 それらについては無傷で済んだ。


 それ以外については、全て吹き飛んだ。


 森の木々も、キノコの群生地も、ウマコーンもだ。


「……えっ、やばっ、このひと延焼を魔力化してない?」


 質量を持った火は森を吹き飛ばし、抉られた地面の周囲の木々も、その余波で発火させている。


 高レベルの【火魔法】使いは目的達成に必要な以上の炎を魔力に戻し、その魔力を自ら吸収する。

 それは破壊力や継戦能力を高めると共に、山火事等を防ぐ意味も強い。高レベルな【火魔法】スキルを持つ者にとっては常識であり、義務でもある。


 エリーは慌てて残り火を魔力として回収し、そのまま捨てるのも勿体ないので、倒れている4人を魔法で治療した。


 4人だ。ヒュームの女性が2人に、羊獣人の女性が1人。

 それと、最初にエリーの獲物へ横殴りしてきた男性が1人。


 【聖魔法】を使っていたはずの男性は、エリーに呼び掛けた後、大規模な【火魔法】を使ってみせた。

 途中で燃料が尽きたように尻切れとなり、となった魔法は、撃ち始めだけならエリーの全力にも匹敵していた。

 まるで「エルフの魔力を前提にした魔法を、ヒューム程度の魔力で無理やり使おうとした」、そんな挙動だ。



 何となく、スキルの効果を察する。

 他人のスキルをコピーするようなスキルか。


 キッツネゲンガーという魔物は、相手の姿やスキルをコピーする【ばける】というスキルを持つ、と聞いた。似たようなスキルを持つ人類もいるだろう。


「でも、低レベルのスキルでレベル999のスキルをコピーしたって、そこまでの威力が出るのかな……」


 そう、呟いて。


 エリーは、先程とは別の嫌な予感を覚えた。


 妙なスキル。高レベルらしき威力。

 そして、スキルに振り回される使用者。


 これは、ひょっとして、例のパターンなのでは?


「うっ……か、身体が怠い……気を失ってたのか?」

「……うーん、ここは一体……ひ、ひゃああ! 森が抉れてますわ!」

「あの魔物、こんなに危険なやつだったのね!」

「それを倒すなんて、流石ご主人様ですメェ~!」


 続々と目を覚ます不穏なパーティ。


 こっそりフェードアウトしようとするエリーに、


「あっ、おい待て、そこのエルフ!」


 不穏なスキルの男が呼び掛ける。


「……何ですか、ヒューム」


 無視して話が拗れても面倒なので。

 エリーは渋々振り返った。


 その表情がしゃくさわったのか、呼び止めたのとは別のヒュームが高圧的にエリーを睨みつけた。


「貴女ねぇ。キョロリック様に助けて頂いたのに、お礼の1つもないんですの?」


 それを言うなら、そちらが先に礼を言うべきではなかろうか、とは思う。

 放っておけば全滅の可能性もあった所を、(余った魔力を捨てるのが勿体なかったので)わざわざ治療してやったのだ。


「私達は白金級パーティ『七色のはね』! いずれパースリー領でも最高の配達者となるパーティですのよ!」


 高圧的なヒュームはそう言って胸を張る。

 エリーは早く帰りたかった。


「やめろ、イザベラ」

「きょ、キョロリック様! しかし!」

「俺がいいって言うんだからいいんだよ」


 何だか相手方が揉めているようだが、何にせよ言わなくていい礼を言わずに済むのなら、エリーにとっては願ったりである。


 こっそり抜け出そうと動き出すエリー。

 しかし、ヒュームの男はそんなエリーへ、自信に溢れた笑顔を向けて。


「それよりアンタ、さっきので判ったと思うが、この森は危険だ。

 森を出るまでだけでも一緒に行動しねーか?」


 そんなことを提案した。


「うーん」


 何と言ったものか、とエリーは少し悩んで。


「私の魔法の威力については、さっきので判ってもらえましたよね?」


 相手が一瞬固まった隙をつき、


「それでは、キノコの鮮度が落ちてしまうので……≪デフラグレーション≫」


 会釈を残して飛び去った。


 ちょうど森が抉れて、離陸がスムーズになったことだけは有難い。



 妙なパーティにかかずらっている暇はない。

 エリーにはキノコ鍋パーティが待っているのだから。

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