3-4. 希望に出会うキョロリック

 エリーと新生『白き花弁』の出会いから、少々時間は遡る。



 パーティを追放されたキョロリックは、単独での輸送依頼を受注した。

 パースリー領の領都パースリー市から、領内の中規模都市に速達で薬品を届ける仕事だ。

 配達の期限が短く設定されており、安全な街道を歩くと間に合わない。高速の移動手段を用意するか、魔物や危険な野生動物の住む草原を突っ切る必要がある。


 キョロリックの【劣化コピー】は、「近くにコピー元となるスキル保有者がいれば、そのスキルを自分も使用できるようになる」という特殊な技能系スキルだ。

 戦闘向きのスキルを持った仲間がいなければ戦うことはできない。

 だが彼も白銀級配達者としての経験、積み重ねがある。魔物や危険な動物を避けて、荷物を届けるだけならば簡単だ。そう思った。


 本当にそれほど簡単な仕事なら、わざわざ配達者ギルドに依頼をする必要はない。


「にゃうにゃう!」

「にゃおーん!」

「な、何でこんなに魔物が寄って来るんだっ! スキルも何故か使えねーし!」


 2頭のプレーリーパンサーを剣で牽制しつつ、キョロリックは恐怖と怒りで声を震わせた。


 キョロリックは勘違いしているが、プレーリーパンサーは草原に住む豹の一種。魔物ではなくただの肉食動物だ。

 魔物はスキルを持っているが、ただの動物はスキルを持たない。

 仮に【かみつく】【ひっかく】等のスキルがあったとしても、ヒュームのキョロリックが十全に活用できるかは疑問だが。


「離れろっ、斬るぞ!

 ……くそっ、いつもなら遭遇戦なんて滅多にないのに。まさか、魔物が異常発生してるのか?」


 特にそのような事実はない。

 これまでは【罠術】スキルを持つフェルハロルドが先回りして罠にかけたり、【弓術】スキルのトッテリーサが索敵し、必要に応じて接敵前に先制攻撃を仕掛けたりと、上手く先手が打てていただけである。キョロリックも話としては聞いていたはずだが、目に見えない物は実感が薄く、すっかり忘れていた。

 見通しの良い草原を無警戒に歩くキョロリックが狙われるのは、当然と言えば当然なのだ。


「くっ、【剣術】スキルさえあれば! 何が【劣化コピー】だ、1人じゃ何もできない外れスキルが……ッ!」


 へっぴり腰で剣を振り回すキョロリック。

 刃物を警戒していた獣達だが、その動きを見て、彼を弱者と判断した。

 姿勢を低く、狙いを定める。


 絶体絶命。

 10人のパーティ追放者がいれば、9人までは容易く死ぬ場面。

 しかし、キョロリックは幸運な1人の側だった。


「こ~ん(わら)」


 姿はないが、嘲笑うような高い声。

 同時に、キョロリックの【劣化コピー】スキルに反応が現れる。


「……ッ! コピーできる!?」


 心に浮かんだのは【ばける】というスキル。

 キョロリックは知らないが、草原に住むレア魔物・キッツネゲンガーの種族スキルだ。

 奇しくもそれは、他の生き物の姿と能力を完全にコピーするという【劣化コピー】の上位互換のようなスキルだった。


「こ~ん?(わら)」

「よくわからねーが……変身ッ!」


 ぼんっ、と煙が出て。


 キョロリックの姿が変わる。


 人面の、豹の姿に。


「にゃにゃっ!?」

「こぉん!?」


 その不気味な生き物にプレーリーパンサーは混乱し、隠れていたキッツネゲンガーも衝撃に姿を現した。


「今だにゃう!」


 その隙をついて、キョロリックは四つ足で全力疾走する。

 スキルのコピー元であるキッツネゲンガーから離れることで【ばける】の効果は切れたが、そのまま走り続けた。




 ***




 ソロでの初仕事を終えたキョロリックは、沈む気持ちを抱えてパースリー市に戻ってきた。

 どうにか死地から抜け出し、目的地の町で荷物を納品しようとすれば、荷物の薬瓶は数本割れてしまっていた。荷造りなども以前は器用なフェルハロルドに任せていたので、割れ物の扱いが甘かったのだろう。

 損失分の補償により報酬は幾らも残らなかった。


 帰り道では等級が低く、期限の緩い簡単な荷物配達の仕事を受けている。ギルドへ納品して報酬を受け取れば、生活費に苦しむほどではない。

 パーティで活動していた今までと比べれば、大幅に切り詰める必要はあるが。


「くそっ、くそっ……何で俺がこんな目に!」


 キョロリックの目に涙が浮かぶ。

 第三者から見れば、同情するかどうか迷う状況だ。

 単純な努力不足とは言えるが、巡り合わせが悪かったのも間違いない。


 もう一度頭を下げて、元のパーティに戻れないか頼もう。

 断られても、何度でも縋り付こう。そう決意するキョロリック。


「にゃふふ、にゃふふ!」


 と。そこへ、何処かで覚えのある笑い声が聞こえた気がした。


「こらっ、大人しくするでヤンス! 自分の分を食べるでヤンス!」


 続いて聞こえたのは、間違いなく知った声。

 子どもの頃から共に過ごした元仲間、【罠術】のフェルハロルドの声だ。


 キョロリックが声のした方を見ると、そこには彼が一度も入ったことのないような、小洒落た喫茶店のオープンカフェがあり、彼の幼馴染の姿もあった。

 共にいるのは自分と入れ違いでパーティに加わった獣人、【短剣術】のエイダか。


「にゃーのケーキにはイチゴが乗ってないにゃ! ずるいにゃ!」

「いや、さっきまで乗ってたでヤンスよ。自分で食べたでヤンス」

「にゃにゃ? でも今は乗ってないにゃ! ちょうだいにゃ!」

「駄目でヤンス、こうなったら先に食べて……っと、人のフォークに食いつくなでヤンス!」

「にゃあっ、持ち上げるなんてずるいにゃー! 身長ハラスメントだにゃ!」

「うわっ、身体によじ登るなでヤンスよー!」



 しばらく無心で2人を眺めていたキョロリックだが、何だか妙に腹が立ってきた。


「このハーレム野郎が……!」


 男1女3の4人パーティにいるイケメンの幼馴染に、キョロリックは小さく毒を吐く。

 なお、実際は内の女性2人が付き合っていることは以前に記した通りで、フェルハロルドとエイダにしても、異種族間で交際するという発想はない。


 ともかく、キョロリックの中では頭を下げてパーティに戻してもらおうという気も、完全に霧散してしまった。



 その場を走り去り、適当な路地裏に駆け込み、奥へ、奥へと進んで、立ち止まり。


「ううぅ……見返してやる……外れスキルでも、絶対に成り上がってやる……!」


 涙をこらえて拳を握る。



「面白い話をしていますね」



 そんな彼の独白を聞く者がいて。


「ッ! 誰だ!」


 暗い路地にぼんやり浮かぶ白いローブの人影。



「ンフフ……そのスキル、試しにレベル999まで育ててみませんか?」



 その人影が甘い声で、甘い言葉を吐いた。

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