2-5. 野盗を眠らせるエリー

 エリーの顔を目掛け、振り下ろされる高温の鉄塊。


「まあ、こんなんじゃ死にませんけど」

「なあっ!?」

「レベル999が、レベル999を舐めないでください」


 エリーは赤熱した鉄を素手で掴んで止めた。

 【火魔法】のエリーはスキルによる属性親和によって、高度な熱耐性を持っている。

 身体能力も常から魔法で強化している。というか、以前お試しで一般的な【火魔法】系の強化魔法を一通り自分に掛けてみたところ、その効果時間がずっと続いている。


 だから、単に火にくべた程度の熱さの鉄の棒を、普通のヒュームの男が振り下ろした程度なら、問題なく受け止めることができる。


「折角なので、本物の火を教えてあげますね」


 実の所、エリーは少し怒っていた。


 本人は「少し」のつもりだが、相当腹に据えかねていた。


 何せ、昨日から数えて4人目なのだ。


 1人目は【耳年増】。

 開拓村を朝に出た後、昼休憩の時に襲ってきた、スキルレベル999の野盗だ。


 2人目は【健康サンダル】。

 のんびり景色を見ながら歩いていた所へ襲ってきた、スキルレベル999の野盗だ。


 3人目は【オケラ召喚】。

 暗くなって来たから野営の準備を始めた途端に襲ってきた、スキルレベル999の野盗だ。


「【火魔法】レベル100、≪紅蓮地獄≫」

「ふうん! 火なんぞ効か――っ」


 エリーは、かつて【火魔法】スキルを授かった誰かが作った魔法を行使した。

 粘性の炎で対象を包み込む魔法だ。

 魔法は相手が死んでもすぐには消えない。

 仮にも地獄の名を冠するのだから、むしろ死んでからが本番とも言える。


 【火魔法】を始めとした四属性魔法スキルの使い手がレベルを100というのは、レベルを999にするより難しい。

 簡単にカンストする方法があるのに、それを使わず、日常生活の中でスキルを使い続け……いつの間にかレベル100に至ってしまった。死ぬまで戦場に生き続けた長命種、といった所だろうか?


 当然エリーは彼らには会ったことはない。

 しかし、その足跡が魔法の雛形、テンプレートとして残っている。


 スキルレベルが上がれば、自分が新しくできるようになったことが、何となく解る。

 過去に同じスキルを使った者がいれば、その使い方も。


 どんな魔法を使っていたかを知れば、どんな人生を送ったのか、僅かながらに想像できる。


「―――――」


 粘性の炎は音も光も通さない。

 灰の欠片すら炎に溶け込み、そして、炎は魔力へ戻る。

 後には何も残らない。初めから何もなかったように。


 これは多分、耐吸血鬼用魔法か何かだな、とエリーは推測する。


 【保温】の人の死因は酸欠による窒息死だろう。

 死んでスキルの効果が切れたら、後は普通に燃えるだけだ。


 死んだ程度でスキルが切れるなんて、とも思ったが。



 折角レベル999までスキルを育てたのに。

 もっと他に、できることがあるだろう。


 それは「野盗をやめて真っ当な職に就け」という話でもあるし、「レベル999なら、もっとマシなスキルの使い方があるだろう」という話でもある。

 誰も彼も、低レベル帯の戦い方を、そのまま大規模にしたか……この【保温】の何某のように、規模すら変えていない。


 【保温】スキルを高レベルに上げた先人なんていなかっただろうから、自分で1から使い方を考える必要はあっただろう、とは思うものの。


 別にエリーは強敵と戦いたいというわけではない。

 ただ、真面目にレベルを上げた先人に恥じない生き方をして欲しいな、と思っただけだ。



「終わったよ」


 エリーは傍らの少年に声をかけた。


「あ、すみません。顔が良すぎて話に集中してませんでした」


 少年はハッとして周囲を見回した。


 「うわっ、また皆焼け死んでる……! 顔がいい上に強い!」


 少し呆れはするものの、4度目だ。エリーはもう何も言わない。



 盗賊を官憲の駐在所に届けるのは、配達者ギルドの常設依頼だ。

 生死を問わずで、サインさえもらえば、後から受注しても達成扱いになる。

 燃え残った19体の焼死体を≪物がたくさん入る火≫に放り込み、ついで、少年を背中に負った。


「えっ? あの、顔がいいお姉さん? 何するんです? 背負われたら顔が見えないじゃないですか」

「このまま歩くと、あと何回野盗に襲われるかわからないから」

「はあ」

「だから飛んで帰るよ。舌を噛まなかったら多分死なないから、頑張ってね」

「はい?」

「≪デフラグレーション≫」


 爆音と共に2人は加速し、吹き飛び……数時間後に目的地、リエット市へと到着した。

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