2-3. 行き倒れを拾うエリー
ドタバタとした足音に、大袈裟な葉擦れの音。
森に慣れた動物や魔物の走り方ではないので、人だろう。
エルフでもない。獣人もあんな音は立てないだろう。
音の位置や歩幅から、小柄なハーフリングの可能性もあるが、場所柄から考えて、恐らくヒュームの子ども。
「≪ヒートヘイズ≫、≪ファイアビット≫」
村を襲撃する盗賊にしては単独行動は不自然だが、念のため警戒はしておくべきだ。
エリーは前面を覆う無色の熱壁と、威嚇の意味も込めた8つの火の玉を飛ばして、軽く身構えた。
「――はぁっ――――はぁっ―――!」
足音に加えて、荒い息遣いも聞こえてきた。
その後ろから聞こえる複数の小さな音は、狼か。
村の子どもが迷い込んで、森の獣に追われているのかな、とエリーは判断する。
それなら見過ごすわけにもいかない。
エリー自身はしばらくこの村に来る予定もないが、配達者ギルドの評判を落とす行為はペナルティとなる。
それ以前に、異種族の他人とはいえ、子どもを見殺しにするのは寝覚めが悪い。
そんなエリーの意思に反応して、周囲を漂う8つの火の玉の内、4つが森の中へ突入した。
故郷の森のように、この森も焼いてしまおう……という訳ではない。
飛ばした火の玉は、自動操縦で木々を傷付けず、四つ足の獣だけを狙うように指定してあった。
「ギャウッ!?」
「ギャイン!!」
「アオォーーン!!」
2頭を仕留めた所で、残りは逃げ出したようだ。
少しして、森の奥から薄汚れたヒュームの少年が転がり出て来た。
「ぐえっ」
と倒れた拍子に身体をぶつけたらしい。
薄汚れてはいるものの、元はそれなりにしっかりとした服と、痩せすぎているでもない体格。
貴族や
勿論、里を出たばかりのエリーに、そんな複雑なヒュームの識別はできなかったが。
子どもであるとは見て取れたが、その子が何歳程度なのかも、エルフ換算で何歳程度になるのかも判らない。
「君、大丈夫?」
恐る恐る手を伸ばしたエリーを、倒れ伏した少年が見上げて唸った。
「……うぅ……か、顔が………」
転んだ拍子に顔をぶつけたのだろう。
血が流れるほどではないが、少年の顔には擦り傷ができている。
「顔が痛い? 骨は大丈夫?」
手を伸ばした姿勢のまま戸惑うエリーを見つめ。
少年は熱っぽい表情でこう続けた。
「……顔、が……い、い…………」
ぱたん、と、力尽きたように倒れる。
どうやらそのまま気絶してしまったようだ。
何だこいつ、とエリーは思った。
***
「―――はっ、ここは!?」
「やっと目が覚めたね。ここは温泉の建物の、なんか畳で寝転がって休む所だよ」
座布団を枕にし、畳の上で眠っていた少年が、ようやく目を覚ます。
瓶牛乳を飲みながら答えたエリーは、開拓村のくせに無駄に設備の整った温泉施設に感謝していた。
初見の際は、こんなもの作ってる暇があったら開拓しろ、とも思ったのだが、お陰で気絶した少年を誰かの家――他に知人もいないので、候補としては村長宅――まで背負って運ぶ手間が省けた。
魔法で運ぶことはできるが、火は物を運ぶのに、それほど向いていない。大量の魔力を使って疲れるのは嫌だったのだ。
ぼんやりとしていた少年の目が、エリーの顔に向けて焦点を結ぶ。
「あっ! めちゃめちゃ顔がいい人だ!」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまったが、落ち着いて考えてみると、この少年もヒュームだ。
ヒュームの目から見れば、エルフとしては凡庸なエリーもそれなりに美しく見えるものらしい、というのは短いヒューム領生活でも理解していた。
エリーにとって、だから何だという話ではあるが。
「その様子だと、体の調子は良さそうだね」
「……あれ、本当だ。疲れがない……し、怪我も、治ってる?」
「うん、寝てる間に魔法で治療しといたから」
【火魔法】には≪フェニックスブラッド≫という回復魔法がある。
回復魔法、と言って良いのか、【火魔法】使いの中でも議論が持たれる魔法だが。
その効能は、あらゆる傷、病、疲労、不調からの完全回復。鳥型の炎で対象の全身を焼き尽くし、その灰から健康な状態の肉体を再生する。
再生された対象は、本当に灰になる前の対象と同一の存在なのか?
この魔法の厄介な点は、「再生前に適当な灰を足して嵩増しすれば、同じ肉体、同じ記憶を持った同じ人物を複製することも可能」な点である。
エリーはその手のホラーが苦手なため、≪よく効くお灸≫というオリジナルの【火魔法】を即興で作成し、少年の治療を行った。
怪我にも疲労にもよく効くし、過程で対象が灰になることもない。便利で人道的な魔法だ。
「えっと、ありがとうございます! あの、治療費は……」
「勝手にやったことだから、今回は良いよ」
「わぁ、ありがとうございます、顔が良くて優しいお姉さん!」
純粋な感謝を受けて、エリーは少し鼻白んだ。
というのも、最初エリーは少年を、温泉施設の番台に押し付けようと思っていたのだ。
村の子どもなら村の人に面倒を見て貰えば良い。そう思っていたのだが、少年の顔を見た番台の男はこう言った。
「見たことねぇガキだな。村のモンじゃねぇぞ」
エリーは愕然とした。
元々ほんの100人の村なら大半は顔見知り同士だが、特に全ての村人が使う温泉施設で働く男には、知らない村人など1人もいない。
面倒なことになったとは思いつつ、放置して帰るわけにもいかない。
番台の男や風呂上がりの村長夫人に、エリーが少年を拾ってきた場面を見られてしまったからだ。
薄汚れた少年と服を温泉の洗い場で丸洗いし、魔法で治療を施して、目覚めるまで放置していた。
エリーの感覚からすれば、已む無く最低限の対応をおこなったに過ぎない。
とはいえ、世間一般の感覚からすれば、それは行き倒れへの対応としては破格の好待遇なのだが。
「君、何処から来たの? 何処へ行くの?」
エリーは哲学的な問いを発した。
「えっと、リエット市から来ました。何処へ行くかは、わかりません」
少年は素直に答えた。
しかし、目的地不明と来たか。エリーは小さく眉間に皺を寄せる。
「今私達がいるのは開拓村だから、
ヒューム領では、開拓村の人員は村ごとに厳密に管理されている。
盗賊が村に住み着き、その根城となる危険を防ぐための措置であり、違反者は重めの刑罰の対象となる。
少年は逡巡した後、
「わかりました。お願いします、顔のいいお姉さん!」
と頭を下げた。
配達者ギルドでは護衛依頼(つまり人類の配達)は
この村へ来る道中でも特に危険はなかったし、子ども1人を連れて歩くくらい、どうということはないだろう。
そんな風に、エリーは気楽に考えた。
エリー達が盗賊のようなものに襲われるのが、概ねその3時間後。
それと、更に3時間後と、更にその2時間後にも。
おまけに、翌日の早朝にもだ。
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