番外編 本編後 始まりを告げる時

 およそ100年前に栄えた瑠璃王国の王族の血を引いた男性と貴族の娘の間に1人の女の子が生まれた。しかしその赤子の髪の色も肌の色も両親とは似ても似つかない雪の様な真っ白だった。


父親はそれでも我が子だからと大事に育てようとしたが、母親は産後のストレスもあったのか「おぞましい妖」だと叫び血の繋がった娘を殺してしまえと喚く。


困り果てた父親は信仰しているお山の天狗に相談しに行き、天狗は「時が来るまで何処か別の次元で安全に育て上げればよい。嘗てお前の先祖である瑠璃王国の姫がそうして育ったように」と助言し、父親から赤子を預かると天狗は時空のひずみを生みだす榊の森の中から別の次元軸へと飛んでいった。


それから時は経ち赤子が6歳になった時天狗は彼女に陰陽の術を教え始める。


「どうして紅葉もみじは私に陰陽道を教えるの? 私は普通に暮らしていたいのに」


「それがお前の身を守ることになるから教えるんだ。それにその術式が使える様になれば怖いものを払うこともできる」


陰陽についての基礎知識を叩きこまれながら少女……信乃が尋ねた。それにオレンジの髪のチャラい男、紅葉が答える。


「……この目に映るのはやっぱりよくないモノなんだね。どうしてこんなものが見えるの? クラスの子達は皆私の事を嫌うのもきっとこんな力があるからだよ」


「そんなにつらいか……なら時が来るまではその目を閉ざそう。しかし、いつかお前が嫌うその目がお前を守ってくれる日が来る。だからな信乃。お前がどんな姿をしていようとどんな能力を持っていようと、どんな未来を迎えると分かっていようと、お前が俺の大切な家族であり、そしてかけがえのない娘であることには変わりない。俺だけはお前の味方だよ。学校で何を言われようと気にするな。お前のその髪も瞳もとても綺麗な色だと俺は思う。だから、もうそんな顔するな」


悲しくて泣き出しそうな顔で俯く彼女に彼がそう言って微笑む。


「紅葉……私学校なんか行きたくないよ。ずっと紅葉と一緒にこのお山にいる」


「だめだ。俺は仕事があるからこの山の寺にいるが、お前はもっとたくさんのことを学ばなきゃいけない。だから今は学校で勉強を頑張るんだ」


信乃がわがままだって分かっていながらもそう泣きじゃくり頼むも、紅葉はあっさり首を振って答える。


「それなら陰陽の術を教えてもらう間はここにいさせて。だからそれをちゃんと覚えたら学校にも行くから。だからお願い」


「それは学校が終わってからでも十分にできることだ。だけど学校で習えることはうちではならえない。いいか、信乃にはまだ分からないかもしれないが、知識を得ることは後々お前を助ける知恵になるんだ。だからどんなに嫌だろうとも学校だけはちゃんと行け。その代わりちゃんと行けたらご褒美にあそこに連れていってやる」


必死に祈願してくる彼女へと彼が申し訳なさそうな顔で首を横に振り否定すると諭すように話した。


「ほんと! 本当にあそこに行けるの?」


「ああ。だから学校に行って勉強だけは頑張れよ。そうしたらお前が大好きな山林寺につれていってやる」


瞳を輝かせ確認するように尋ねる信乃へと紅葉が笑顔で力強く頷き肯定する。


山林寺とは紅葉が働いている寺の名前で、その中の仏の間というところに沢山の仏様が祀られていて、その中央に信乃が好きな仏がつかったと呼ばれる法具の数珠があるのだ。普段は一般人の立ち入りは禁止の場所だが、その寺で働いている紅葉の関係者という事で特別に観覧させてもらっていたのだが、幼い信乃にはそれがまだ分かっておらず、それを見るのが大好きで彼に頼んではよく寺へと遊びに連れていってもらっていた。


学校で勉強を頑張ればご褒美にそこに連れていってくれる。それならば学校に行くのが足がすくんでしまうほどいやだろうが、それが毎日見れるなら行ってもいいかもと彼女は思った。


「約束だよ」


「ああ。約束は破らない。だから信乃も約束を破るなよ」


「うん」


瞳を輝かせて指切りしてくる信乃へと紅葉も微笑み頷く。そしてお互い指切りを交わすと約束は成立した。


(信乃。お前の未来がどんなに大変な道のりになろうとも、俺が……俺達が必ずお前を守ってやるからな)


再び陰陽道についての基礎知識の本を読み始めた彼女を見詰めながら彼は内心で言うと、そっと祈るように天井へと目を向ける。


信乃が大きくなったら避けられない運命の歯車が回りだすという事を知っていたからこそ、始まりを告げる時が来るその日まではただ何も知らずに幸せに暮らしてほしいと願うのであった。

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