第2章 つかの間の平穏
陽の光が差し込む部屋でベッドに横になっていた私は目を覚ます。
「……夢、じゃなかったんだ」
見慣れない天井をぼんやりと見詰めながら呟く。
昨日ゲームの世界だと思っていた倭国へとやってきてしまった私。主人公のアオイちゃんやハヤトさん達と出会って、その信じられない出来事が夢でなかったことに私は困惑するのと同時に彼女達と出会えたことが嬉しくて頬がゆるんだ。
「レナ、おはよう。体は大丈夫?」
「あ、アオイちゃん。おはよう。大分よくなったみたい」
軽やかな足音が聞こえてくるとアオイちゃんが勢いよく私の部屋へと入って来る。
彼女へと答えるとベッドから抜け出す。
「もう1人で動けるの?」
「うん。体の感覚も元通りになったみたいだから大丈夫」
こちらに近づいて手を差し伸べてくるアオイちゃんの手を取り立ち上がるとそう話した。
「なら少し私と一緒に散歩しない」
「喜んで」
彼女の言葉に私は笑顔を意識して言うと小さく頷く。
「それじゃあ、朝食ができるまでの間。一緒に散歩しましょう」
「うん」
嬉しそうに笑いながら私の手を引くアオイちゃんの背を追いかけて歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「あ、キリトさん。これからレナと散歩に行こうかと思って」
「おれもついていく」
「え? 別に構わないけど……キリトさんって散歩好きなの?」
「いかな里の中と言えどもいつ危険が起きるか分からない。常に護衛をつれて歩くのが普通だ。……そんなことも分からなかったと言うのか?」
「あ……ごめんなさい。でも、ちょっとそこまで行くだけだから」
「それでも誰か1人は共を連れていくべきだ。よって今回はおれが同行する」
「はい」
2人の会話を聞きながら私はゲームの設定を思い出す。
(そういえばキリトさんはアオイちゃんを姫としてではなく、妹みたいな存在として見てるって書いてあったな)
だから姫である彼女に対して敬語は一切使わない。むしろその言動はあまりにきついので、アオイちゃんは嫌われてるんじゃないかと思うくらい……なんて言うのかなキリトさんは必要最低限の事しか喋らないタイプのキャラなんだよね。
「……」
「え?」
考え事をしているとキリトさんが私を見ていた。その視線の意味が解らず不思議に思う。
「では、行こう」
「はい。レナ、如何したの?」
「うんん。何でもない」
暫く私を見ていた彼だったがそういうと私達の前に立ち歩き出す。
アオイちゃんの問いかけに私は首を振って答えると、キリトさんに見られていたことは気のせいだったのかもしれないと思い直し歩き出した。
「ここからだと里を一望できるの。どう、緑豊かないいところでしょ。だから私はここからの眺めが一番好き」
「うん。空気が澄んでいてとてもおいしい。それに山や空、水田に川……ここには精霊さんや神様がいるんだね」
「精霊に神様?」
「私の家は森の中にあるの。だから小さいころからの遊び場は森の中だった。お父さんやお母さんは木にも水にも大地にもすべてのものに命がある、それには精霊さんや神様が宿ってる。だから悪いことをしてはいけないよって」
「そうなんだ。なんだかロマンティックな話ね」
「だから私は1人でも寂しくなんかなかった。だって目に広がる世界には見えないけれど精霊さんや神様がいる。皆が見守ってくれてるからだから私は……1人でも大丈夫だって」
「ねえ、レナ」
2人で楽しくおしゃべりをしていると、アオイちゃんが急に声のトーンを落とした。
「え?」
「レナは本当に今まで1人で生きてきたんだね。私なんかよりずっと強い。それはとてもすごいと思うわ」
不思議に思い彼女の方へと顔を向けるとそこには真剣な表情をしたアオイちゃんがこちらを見ていて、静かな口調でそう話し始める。
「私は6歳の時にお父様を失くしたそうなの。それから追ってから逃れるためにハヤトさんと共に次元を超えて未来の日本へとやって来た。そこで私は普通の女の子として暮らしてた。ユキとは近所同士で長い付き合いなの。小学校から高校までずっと一緒で。だから家族のいない寂しさなんて感じたことなかった。これからも3人で仲良く普通に暮らしていくと思ってた……でも私はこの瑠璃王国の王女で、ハヤトさんは武官で、国を取り戻すために私は戦わなきゃいけない運命にあるの。それにユキを巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思う。今の状況ではユキを日本に帰すことは難しいらしいの。だけど日本に戻る方法が見つかったらユキもレナも帰してあげられる。だから少しの間待っててね」
「私は大丈夫。アオイちゃん。1人で背負い込まないようにね。私でよければ何でも話を聞くから」
「有り難う。レナ」
静かに語りだした彼女の言葉を聞き終えると私はそう言ってアオイちゃんの肩を抱きしめた。
それに驚いた様子で瞳を見開いた彼女だったが照れたように笑って礼の言葉を述べる。
「アオイちゃんの方が私なんかよりずっと強いよ。だって、私がもし貴女と同じ立場だったら、絶対逃げ出していたと思うから」
「レナ……」
「だからアオイちゃんは強いよ」
「有り難う」
2人でくすくす笑い合うと目の前に広がる景色へと目を移す。
「……そろそろ戻るぞ」
「はい。レナ、行こう」
「うん」
今まで私達から少し距離をとって立っていたキリトさんがそう言った。
アオイちゃんはそれに答えると私の手を引っ張り立ち上がる。
それに答えると私も立ち上がり2人で仲良く手をつなぎ歩いていった。
私達が戻って来ると何やら部屋の中は騒がしくて、私達は直ぐにハヤトさん達の側へと向かう。
「何かあったの?」
「どうやらオレ達の事が帝国側に知られてしまったようで、この里を探して帝国軍が動き出したそうです」
アオイちゃんが尋ねるとハヤトさんが困った顔で答える。
「……どうせ、トウヤが知らせたんだろう」
「どうでしょうか? トウヤもオレ達がこの里にいるということまでは知らないと思いますよ」
「あいつ以外に誰が俺達がこっちにきたって事知ってるんだよ。昔の同僚だか何だか知らないけど、今は敵なんだろ。もう少し警戒心持った方が良いんじゃないのか」
キリトさんが苛立たし気に腕組みして言った言葉に彼が首を傾げて話す。ユキ君も険しい顔でそう言い放った。
「とにかく。敵が動き出したのであれば、姫様がいるここに攻め入って来るのも時間の問題です。このまま迎え撃つにしてもここにいる人数では圧倒的な数の帝国軍には敵わないでしょう。姫、ここは里を捨てて逃げるべきでは」
「ちょっと待ってイカリ。里を捨てるって……ここにいる人達を見捨てて私だけ逃げろって事? そんなことできないよ。私は誰一人として見捨てるつもりはないよ」
イカリ君の言葉の裏に隠された真意に気付いたアオイちゃんが慌てて口を開く。
「僕だって誰一人として見捨てたくはありません。ですが、ここにいてはいずれ敵に見つかってしまいます」
「それなら、皆でよそに移ればいい。私達を優しく迎え入れてくれてかくまってくれているこの里の人達を見捨てるなんてできないもの」
自分だってその選択は嫌だがほかに方法はないと言いたげな顔で語る彼に彼女が首を振り話した。
「この里の者達は本来は瑠璃王国に仕えていた武官達だ。姫の言う通りここでこの里の者達におとりになってもらっている間逃げおおせたとしても、その後帝国と戦うための人員が減れば戦力がそがれてしまう」
キリトさんも考え深げな態度でそう話すと皆黙り込みどうすれば一番良いのかと思っている様子。ここまでは私がプレイしたゲームと同じ流れだ。それならば帝国軍がやって来るのは3日後の朝。それまでにここを出ていけばいい。その選択肢をアオイちゃんがするはず。でもアオイちゃんは何も言わないだったら。
「……ねえ、アオイちゃん。里の人達を集めて昼前にはここを出ていくの。いくら帝国軍であれたった半日でこの隠れ里を見つけ出すことはできないと思う。だから今のうちに皆でここから離れれば大丈夫なんじゃないかな」
「レナ。そうね、レナの言う通りかもしれない。ハヤトさん。キリトさん。ユキ、イカリ。直ぐにみんなを集めて」
私は意を決して口を開くと説明する。その言葉にアオイちゃんも同意して頷くと皆に里の人達を集めるように指示を出した。
「分かりました」
「仕方ないな」
笑顔で了承するハヤトさんに彼女の頼みだから仕方ないと言った感じで頷くユキ君。
「行くぞ」
「はい」
キリトさんが言うとイカリ君も返事をして二人は部屋から出ていった。
「……」
「レナ? どこに行くの」
皆が退出していった後私も部屋を出ていこうとするとアオイちゃんが止める。
「私のこの格好こっちだと目立ってしまうので、着替えてくるね。アオイちゃんの服をかりてもいいかな?」
「それもそうね。その格好をしていたら狙われかねないもの。うん、いいよ。私も一緒に行こうか」
それに答えるように説明すると彼女も納得して頷く。一緒についてくるといったアオイちゃんに笑顔を意識して口角をあげた。
「大丈夫。それよりもアオイちゃんは皆が集まったら状況を説明してここらら直ぐに出ていくの。あ、そうだ。それからここを出たら世界中を旅して帝国と戦うための同士を集めていった方が良いと思うな。今のままだとずっと逃げ続けないといけないし、逃げ続けてばかりもいられないから」
「凄い、レナって頭が良いのね。私も同じことを考えていたの。このまま逃げ続けるわけにはいかないし、でも今の戦力じゃあ到底帝国側と戦う力なんてない。だから同士を集める旅をしたいって考えていたの」
「アオイちゃんならそうするんじゃないかなって思って……それじゃあ私は着替えてくるね」
「うん」
まあゲームをプレイしていたのだからこの展開になることは予想していたが、凄いと驚くアオイちゃんに申し訳ない思いを抱きながら答える。部屋を出ていく私へと彼女は小さく頷いた。多分この後アオイちゃんは里の人達を引き連れて南の地へと向かうのだろう。
その地を治めるのは瑠璃王国攻めで功績をあげた男。マグダムさん。酒と女が好きな暴君だ。この男に町の人達は金も娘も家畜もすべて奪われ貧困な生活しかおくれていない。少しでも逆らうような真似をすれば牢獄へと捕らえられ一生外に出られない生活を送ることになる。
「それを知ったアオイちゃんは憤り町の人達を助けるために館に乗り込んでいくのよね。そこで確か瑠璃王国を裏切った男トウヤさんと再会する。しかしその時は逃げられてしまい結局捕まえることはできない。でもその後で……あれ?」
アオイちゃんの部屋で着替えをすませた私は外が騒がしいことに気付く。何だろうと思い覗いてみると里の者ではない男が5人の兵士を連れて何やら話をしていた。
「あの兵士達の服は帝国軍の……どうして? 帝国軍がここに来るのはアオイちゃん達が逃げ延びた後のはずなのに?」
ゲームとは違う展開に困惑するもこのままだとアオイちゃん達が危ない。そう思った私は顔を隠すように布を頭からかぶりその場を駆けだした。
「この部屋が第一王女と名乗る女の部屋だ。この里の奴等は俺が密偵であることなど気付いていない。今のうちに姫を殺せば帝国に仇なす輩は簡単に排除できよう」
「隊長。女が出てきました」
「あれが瑠璃王国の姫だ、逃すな!」
男達の話声を聞いて私は驚いたがとにかく狙いがアオイちゃんならば彼女の格好をしている私がおとりになり逃げていればいい。その間にアオイちゃん達はゲーム通りの道を通って南の地へと向かうだろう。
怖くないかと言われればとても怖いし足が震える。でも、私を助けてくれて友達だと言ってくれたアオイちゃんや優しくしてくれた皆さんを守りたい。だから私はただひたすらに森の中を走り続けた。
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