第1章 目覚めた世界で

 暗闇の中を漂っているそんな夢を見ていたような気がする……


(体が……重い)


ずっしりと何かが覆いかぶさったかのようにまるで身動きが取れない。


(私……如何したんだっけ?)


今までの出来事を思い起こす。いつも通りに起きて朝食を食べ、学校に向かって……そうだ、見知らぬ人に声をかけられたんだ。それから……それから――――


(ああ、そうだ。私トラックに撥ねられたんだ)


運転ミスにより突っ込んできたトラックに轢かれ倒れたのだ。


(それじゃあ、私死んじゃうのかな)


このままいけば自分は死ぬのかもしれない。でもそれでもいいと思う。


(死んだら……皆のところに行けるよね?)


そう、死ねば家族のいるところに行けるのだ。だったら死んだってかまわない。そう思った。


「っ!」


その時突然の浮遊感と共に意識が覚醒する。


「ここは……」


目覚めて目に飛び込んできた世界は病院の天井ではなかった。


木目の映える天井に土壁。どう見ても純日本風の部屋なのに寝かされているベッドは石でできていた。いかにも不釣り合いだ。


「ここは、どこ?」


見知らぬ部屋に寝かされている状況に頭が付いていけず困惑する。


「あ、よかった。目が覚めたんだね」


「っ!?」


扉のついていない四角く切り抜かれたところから金髪の美少女が部屋へと入って来ると私を見て微笑む。


その少女の容姿に見覚えがあった私は驚き息をのんだ。


金髪のショートヘアーを頭のてっぺんからポニーテールにしていて、薄桃色の着物風の上着に白の巻きスカート。白く細い足に履いている水色のハイヒール。


人懐っこいのにどこか凛とした様子の青の瞳。……間違いない。私が好きな乙女ゲームの主人公のアオイちゃんだ。


「如何したの? どこか痛む?」


「い、いえ」


私がまじまじと彼女を見詰めているとアオイちゃんは心配そうな表情で尋ねてくる。それに慌てて声をあげ答えた。


「そう。それじゃあ私。皆に貴女が目を覚ました事知らせてくるね」


「あ……はい」


彼女は言うと踵を返し部屋から出ていく。


私は何故ゲームのキャラが目の前にいるのか理解できずに暫く呆然としてしまった。


「本当にあなたが目覚めてよかったです。ずっと目を覚まさなかったので心配していたのですよ。怪我は大丈夫ですか?」


「はい。ご迷惑おかけしてすみません」


長い青色の髪をうなじのところで一本に結んでいる男性が穏やかなオレンジの瞳を私へと向けて話す。彼は……主人公の育ての親であり彼女の父親に仕えていた武官のハヤトさんだ。


「迷惑だと思うんなら、最初からあんなところで倒れてなければよかったんだ」


「ユキ。そんな言い方はないでしょ!」


「ふん……」


茶色の短髪の少年が冷たい口調でそう言う。それにアオイちゃんが軽く諫める。


その言葉に彼は黙るが納得はしていないようだ。……彼は主人公の幼馴染で彼女と一緒にこの「倭国」つまり昔の日本に似たパラレルワールドの世界に飛ばされてしまった。


だけどアオイちゃんはもともとこの世界の人で、ある事情でこっちから見たパラレルワールドである日本でハヤトさんと暮らしていたんだよね。


だけどある日現れた謎の男により彼女達はこっちの世界に飛ばされた。この世界は今悪の帝王に支配されていて人々は生活するのもやっとって感じなのだ。


でも逆らえば家族全員が虐殺されてしまう……だから皆文句も言わず帝王の命令に従い生きている。


でも、その帝王を倒そうとひそかに集う人達もいた。それがアオイちゃんのお父さんに仕えていた人達だ。


アオイちゃん達は彼等が暮らす隠れ里でお世話になりながらこの世界を救うために彼女も戦うことを選んだんだよね。


ユキ君は止めたけど。最終的には協力するって言って彼女を守ることにした。そのためにハヤトさんから武術を教わりいつでも戦えるように訓練してる……って説明書に書いてあったけど、こっちでもその通りなのかな。


「ですが、何故貴女のようなか弱い女人があんなところで倒れていたのです?」


「えっと……」


「貴様が倒れていた場所は、怨霊が多く目撃されている場所だ。おれ達はその怨霊を倒すための調査をしに行った。そこでお前が倒れていたからここまで連れてきたのだ」


黒色の天然癖毛の髪の少年が尋ねてきた言葉に私はなんといえばよいのか分からず困る。


そこに腕組みしてアオイちゃん達から少し距離を置いて立っている青紫の短髪の男性が口を開く。


少年の名前はイカリ君。少年隊の隊長を務める凄腕の長槍使いだ。男性の方はキリトさん。ハヤトさんの同僚で5番隊の副隊長を務めている。


2人とも今はアオイちゃんの護衛兵として彼女と一緒に行動をしているのだ。


「私は……」


「ねえ、私思ったんだけど。貴女もこの世界の人じゃないよね」


「え?」


どう答えようかと考えているとアオイちゃんがそう言って私の瞳を覗き込む。


「実は私とハヤトさん。それからユキはこの世界の人間じゃないんだ。……まあ、もとをただせば私もハヤトさんもこの世界の人なんだけど。私達は地球の日本ってところで暮らしてたの」


「……」


見ず知らずの私にそんなこと話すのはよっぽど覚悟を決めた上なのだろう。普通なら冗談だと思うだろう。もしくは頭がおかしいのではないのかと言われてしまうような内容だ。


彼女もそのことはよく承知していて親しい人か信用のおける人物にしか自分達の事情は話さない。


「そう思った理由は1つ。貴女が着ている服よ。それ制服でしょ。こっちじゃ着物のような服が主流だし、学校なんて寺子屋くらいしかないみたいだし。だから制服制度自体ない」


アオイちゃんはそこでいったん息を吸い込むために口を閉ざす。


「だから、貴女は日本から何らかの理由でこの世界に飛ばされてしまった……私はそう考えているんだけど、違うかしら?」


「いいえ。……貴女の言う通りです。私は日本で暮らしてました。学校に行く途中トラックにはねられ……気がついたらここに」


「そう」


誠意を込めて話してくれた彼女に応えるため私は正直に話した。


その言葉にアオイちゃんは納得したがトラックにはねられたという言葉に顔を曇らせる。


「トラックにぶつかった割には大した怪我もしてないけど、本当にぶつかったのか?」


「ユキ。だから貴方はもっと優しい言葉は言えないの?」


「俺は真実を言っているまでさ。普通トラックとぶつかったら骨折するだろう? だけどこいつは掠り傷が少しついてたくらいでほかに大した怪我もなかったじゃないか」


ユキ君の言葉に彼女は激怒し怒鳴る。それに彼は淡々とした口調で答えた。


「まあ、まあ。二人とも落ち着いて。……とりあえず。彼女は状況が分からず不安なはずです。まずはオレ達が怪しい人物ではないということと、ここがどこかの説明をしてあげなくては」


「それもそうね。……私はアオイ。もう国はないけどこの瑠璃王国の第1王女よ」


「オレはハヤト……アオイを護る護衛兵兼彼女の父親代わりです」


「俺はユキ。……アオイの幼馴染だ」


「僕はイカリです。今は姫様を護る護衛兵として勤めています」


「おれはキリト……姫様の護衛兵の1人だ」


ハヤトさんの言葉にアオイちゃんは頷くとにっこり微笑んで自己紹介する。それに続いて他の皆も名乗った。


「それで貴女は?」


「私は……」


ここで私は不思議に思った。私の名前は麗奈だ。綺麗な心を持った女の子になってほしいと願い両親がつけてくれた名前。だけど苗字は?


私の苗字ってなんだっけ? どうしても思い出せない。


「如何したの?」


「い、いえ。私は麗奈です」


怪訝そうに聞いてくるアオイちゃんに私は慌てて答えた。


まあ、この世界の人達は苗字がないから問い詰められることもないだろう。


思い出せないのならしょうがないのだから今は深く考えることはやめた。


「レナね。私の思った通り素敵な名前だわ」


「ええ。美しいあなたにぴったりの素晴らしい名前です」


「そ、そんな。両親の付けてくれた名に恥じないよう生きてきただけですから」


彼女の言葉にハヤトさんも笑顔でそう話す。裏表がなく思ったことを素直に口に出す性格であることは知っているが、そんなこと言われて照れないわけもなく私は慌ててそう答える。


「レナも何か食べた方がいいと思うから詳しい話は食事をしながらでもいいかしら?」


「はい」


アオイちゃんの言葉に私は頷くと起き上ろうとした。


「あ……」


「っ! 大丈夫ですか?」


久々に起き上がった為だろう体が思うように動かず転びそうになる。そこにすかさずイカリ君が手を差し伸べ支えてくれた。


「はい、大丈夫です。有り難う御座います」


「いえ、まだ1人で動くのは難しそうですね。僕が支えていきましょうか?」


私が答えると彼は安堵した様子で微笑む。


「え、悪いです。自分で歩けますから」


「しかし……」


有難い申し出ではあったが12歳のイカリ君では私を支えて歩くのは大変だろう。


「イカリ。こういうのは大人がやることです」


「おれはやらないぞ」


「オレが支えていきますから」


ハヤトさんの言葉にキリトさんが即答する。その言葉が返ってくることを分かっていたのか、がっかりした様子もなく穏やかに微笑み私の方へと歩み寄って来た。


「それでは、行きましょうか」


「は、はい」


男の人に支えられて歩くなんて経験したことがない私は恥ずかしくて顔がほてっていく。そんな私には気づいていないのか彼はゆっくりとした動作で歩き始める。


「と、いうわけで私達は今その帝王を倒しこの瑠璃王国を取り戻そうとしているの。そうすれば皆も安心して日々を暮らせるようになると思うから」


「成る程」


食事をしながら説明してくれる言葉は私がゲームで聞いた通りの内容なので知っていたのだが、下手に怪しまれるとよくないので今初めて聞いたといった風を装い頷く。


「でも、だとしたらどうして私はここに飛ばされたのでしょうか?」


「それは分からないけど……ここに来る前にトラックに轢かれたこと以外に何かあった?」


私の疑問にアオイちゃんは困った様子で考え込むとそう聞いてきた。


「ここに来る前……」


私は過去の事を思い起こす。そういえばここに来る前に誰かに会ったような……。


「そういえば、ここに来る前に仮面を付けた男の人に声をかけられました」


「どんな人だったか覚えてる?」


私は男性に会ったことを思い出すとそう言った。それに彼女がさらに聞いてくる。


「えっと、それが全身黒いローブ姿でよく分からなかったです……」


「そう。この世界に来たのはその男が絡んでるかもしれないわね。私達もそうだったから」


私が答えるとアオイちゃんはそう言ってこちらを見詰めた。


「可能性の1つだが、あいつが絡んでるんじゃないのか?」


「トウヤが? いや、まだそう断定するのは早いですよ」


ユキ君の言葉にハヤトさんが首を振り否定する。


トウヤさんというのはアオイちゃん達がこちらに飛ばされる前に出会った人物で帝王の側近の1人だ。


元々瑠璃王国に仕える補佐官だったが実は帝王側のスパイで彼が裏で帝王へと情報を回していたという噂である。


ハヤトさんとキリトさんとは同僚だった。だからこそハヤトさんの中では彼が裏切者であることを信じたくない気持ちもあるようで、今回の件もすぐにはトウヤさんのせいにしたくないのだろう。


「いや。あいつなら考えられる。平気で同僚を殺せるやつだ。あいつのせいで王も死んだ。そしてこの国はルシフェルに奪われた」


「キリト……」


憎しみを込めたキリトさんの言葉に彼は諫めるように呟く。


ルシフェルさんとは帝王の名前だ。彼には息子が1人いて確かアレクシル君。そして彼と王を護る四天王がいて、リーダーがシエルさん。それを補佐するのが副官のジャスティスさん。14歳で最年少のアイクさん。彼の主導員兼世話役係のシェシルさん。


これから帝王と本格的に戦うことになると四天王との戦闘が困難をきたすのだろう。


「とにかく。どうしてレナがこっちに飛ばされたのかは分からないけど、必ず元の世界に帰れる方法を探して見せるわ」


「はい。有り難う御座います」


アオイちゃんの言葉に私はお礼を述べる。


「いいのよ。私だって最初の頃は帰りたいと思ったもの。だけど、ここが私の世界なら私がここから逃げるわけにはいかない……でもレナは違う。帰るべき場所は家族や友達がいる向こうの世界なんだから」


「……」


彼女の言葉に私はどう答えればよいのか分からず押し黙った。


「レナ?」


「……ごめんなさいアオイさん。私、の家族はずいぶん昔に火事で亡くなったの」


「え?」


いつの間にか俯いてしまっていた私にアオイちゃんが声をかける。


だから慌てて顔を上げるとあえて明るい声でそう話した。


「私にはお父さんとお母さん、お兄ちゃんとお姉ちゃん。それから家族同然の付き合いをしていた3人のお友達がいて……でも皆火事で死んじゃったの」


「……そ、そうだったんだ。なんかごめんね」


「いえ、いいんです。アオイさんだってお父様を殺されてつらい思いをなさってるんですもの」


私の話しに慌てて謝る彼女に首を振って答えるとそう言う。


「でも、私にはハヤトさんやこんな憎まれ口叩くけど幼馴染のユキがいて、独りぼっちじゃなかったから。……だけどレナはずっと1人だったんだよね?」


「……でも皆を亡くしたのはずいぶん昔の事ですし、1人で生きていくのにも慣れましたから、だから大丈夫です」


アオイちゃんの言葉に私は笑顔を意識してそう話した。


「今までずっと1人で生きてきたなんて……レナ殿は強いですね」


「そんなことはないですよ」


「いや、あんたは強いよ。……つらいだろうに今まで1人で生きてきたんだからさ」


そう言ったイカリ君へと私は苦笑しながら答える。


するとユキ君が静かな口調でそう言った。


「え?」


「ユキが珍しく人を褒めてる」

アオイちゃんとハヤトさん以外の人には絶対に素を見せない彼が私を強いと言ってくれてることに驚く。


そんなユキ君へと彼女もびっくりしたのか呟きが零れた。


「う、うるさいな。その言い方だど、俺が人を褒めない冷徹人間みたいに聞こえるじゃないか」


「別にそんなつもりじゃ……」


「気分が悪くなった。ちょっと風に当たってくる」


その言葉が癇に障ったのかいらだった様子で少し声を荒げ言い放つ。


アオイちゃんは慌てて口を開くが最後まで言う前にユキ君が言葉を遮り退室してしまう。


「あ、ユキ!」


「彼も落ち着いたら戻って来るでしょう。アオイ。あまり気にしないようにね」


「うん……」


怒らせるつもりではなかったが結果としてはユキ君が機嫌を損ねて出ていってしまったことに彼女は落ち込む。


それに気づいているハヤトさんがそう言ってアオイちゃんを励ました。


「ねえ、レナ。私達ってそれほど年が離れてないと思うの」


「はい?」


気を取り直したのか彼女が私の方へと顔を戻すと笑顔でそう話しかけてくる。


それに私は何が言いたいのだろうと思いながら返事をした。


「だから私と友達になってくれると嬉しいな」


「え、いいのですか?」


アオイちゃんの言葉に私は聞き返す。だって、私の大好きなゲームの主人公である彼女と友達になるなんて、そんな恐れ多いことを本当にいいのだろうか。


「良いも悪いも友達になるのに決まりはないでしょ」


「それじゃあ……本当に」


私の言葉におかしそうに笑いながらアオイちゃんが言う。彼女には申し訳ないがまだ実感のわかない私は再び尋ねる。


「勿論。レナ、友達になってくれる?」


「はい!」


「それじゃあ決まりね。だからこれからは私の事呼び捨てでかまわないわ。敬語もいらない。だって友達なんですもの」


「はい……じゃなかった。うん、よろしくね。アオイちゃん」


こうして私はアオイちゃんと友達になった。


「……それではおれは失礼する。部下の稽古の様子を見に行かねばならないからな」


「僕も訓練があるのでこれで失礼します」


キリトさんが言うと一礼して部屋を出ていく。その後に続くようにイカリ君も言うと敬礼して退室した。


「レナはもう少し休んだ方がいいでしょうから、部屋へ戻りましょう」


「はい」


「レナ。また後で様子を見に行くからね」


「うん」


ハヤトさんの言葉に返事をすると彼に支えてもらいながら立ち上がる。


そんな私にアオイちゃんが笑顔でそう言って手を振った。


それに私も小さく頷き答えると食卓を離れる。


この先どうなるのかなんてわからないけど、とりあえず見ず知らずの私を助けてくれて、ここにいて良いって言ってくれた人がいた。


それだけで今は十分。体調が戻ったら私もアオイちゃん達のために何かやってあげたいな。

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