第7話 閣下よりご下問の由と云々

 意外な事に、見た目で現在置かれているこの奇々怪々たる実情に反して、戦艦の内装は想像の範囲内というより、改めてドッキリを疑わせるほどに、飛行機に近いものだった。

 それ故に妙な迷路に陥ることもなく、入り口から深部へかけて、難なく進むことができた。途中、機材のせいで狭い部分があった時には、ハグ好きだった鳥羽ちゃんにはむしろ申し訳ないくらいに、密接しなければならない、というハプニングもあったが、いよいよ辿り着いた艦橋、コクピット、VIPルーム、とにかく名称はおいておいても、問題となる部屋へとたどり着く事はできた。


「ようこそ」

 つい先程まで、脳内で直接語り掛けていた声の主、すなわち【マジェスティ】が目の前にいる。

 だがショックなことに、彼の容姿もまた、人間そのもの。

 古今に例の無いことが立て続けに起こっているのに、その真相は納得できるかは別にしても、どれも理解の範疇にある。

「あなたが【マジェスティ】ですね」

 右側の扉から現れた老人が飛び出してきたかと思えば、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいるではないか。

「『閣下』と呼べ!無礼者!」

 玉座にいる閣下こと【マジェスティ】は左手で老人を制し、再びこちらに話しかける。

「朕に礼儀を覚えないのがむしろ自然というもの、何も無理に呼ぶ必要はない」

 社会経験がほぼゼロな僕でも、ここでは閣下と呼んだ方が人類はともかく、僕と鳥羽ちゃんの身にしれみれば、比較的安全に事が進むと踏んだので、僕は人生で初めて、他人に対して『閣下』と呼んだ。

 思えば、【マジェスティ】という名も、どこか隷属的な『閣下』という敬称を避けようとして誕生した国連の外交能力の賜物なのかもしれない。


「閣下、僕には今何が起きていて、そして何が起きようとしているのか分かりません」

「素晴らしい。やはり君にはとしての素質があるよ。古来より、人間はソクラテスやイエスの如き謙譲の精神を美徳とし、それと対比して善悪を照らしてきた。知らざるを知らずとなせ、これ知るなり、は孔子の言葉とされるが、それもまた真理だ」


【マジェスティ】という名前からして、僕はまず傲慢な帝政をしく、宇宙人だと思っていた節がある。もちろん、皇帝などにも演説の能力は大いに求められるが、彼の話ぶりはむしろ『教授プロフェッサー』のようだった。


「真理というのは『オッカムの剃刀』でも知られるように、往々にして単純明快なものだ。だがしかし、問いはそれに反して複雑怪奇。いやはや人間は考えるあしであって、今もなお賢者ではない」

「閣下のお考えは興味深いですが、僕の質問の答えとは言い難いかと」

duの敬語も十分、興味深いよ。しかし年長者が、知識を求める者をたばかるのはよろしくない。よかろう、一つ一つ検討してみようじゃないか」

「鳥羽ちゃ……鳥羽未来はどうしてこのような姿に」

「確信をつく質問だよ」

 自分でも重箱の隅をつついている気はしないものの、そこまでか、と思わせられ、改めて現状の奇妙さを認識する。

「先ほどの前置きを踏襲した上で、簡潔に教えよう。あるべき姿に戻っただけだ」

「しかし彼女は一般的な死体とは」

「一般的な死体を云々するには、君は真実を知らなさすぎる」

 親称で語りかけてくるも、あくまでも彼の心と現状はであり続ける。

「それは彼女は死んでいるという事ですか」

 初めて僕は鳥羽ちゃんを抱える手を震わせていた。彼女が気絶し、人形のように成り果てた時でさえ、臆病風を拗らせはしなかった。


「君の言わんとしているところは、朕の真意ではない。なぜなら、君は未だ、根幹に関わるピースを欠いているからだ」

「何ですか、それは」

 回りくどい話し方に、焦燥が苛立ちを呼び寄せる。


「君は私が何だと思うね」

 ニュースなどでは異世界人や宇宙人、高次元存在などと言われていたが。

「人間そのものだろう」

 街であっても気にならないレベルで。

「ではなぜ人間ではないと考える?」

 正直、そんな初歩的な問いかけなど無意味に思え、先程から感じている苛立ちは、次に憎悪を呼ぶ。

 そしてついに、閣下の忌憚のないご発言によって、憎悪が僕を支配する。


「朕はまごうことなき人間だ。しかしだ、人形などに変化する君たちの方はどうかな?」

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