君は必ず僕に会いに来る

花梨糖

君は、数年に一度、僕のもとにやって来る。幼い子どもの姿のままで。



 君が初めて僕の屋敷に来たのはいつだっただろうか。僕がここに住み始めて以来、人が訪ねてきたことなどなかったから、僕はとても驚いていたと思う。

 君は、初めてあった僕に人懐っこく笑いかけ、最近あったことや、君の住んでいる場所のことなど色々な話をしてくれた。ほとんど外に出たことがない僕には、君の話はどれも新鮮でおもしろいものだった。何よりも君の子どもらしい無邪気で楽しそうな声色が僕をわくわくさせた。いつまでも君の話を聴いていたかった。

 けれども、日が沈んで暗くなると君はあわてて「もう帰らなければいけない」と言った。僕は、一生懸命引き留めたが君は帰ってしまった。帰り際、心底残念そうな僕に君は、「僕たちはもう友達だからまた会いに来るよ」と言った。


 日が沈んで、昇ってが何度も繰り返された。僕は、君の話を何度も思い出しては心のなかで反芻した。君は、なかなかやって来なくて僕はときどき不安になった。けれども、君との一日を少し思いやるだけで僕は幸せな気持ちになることができた。


 数年たって諦めかけていたころ、膝や頬に泥をつけて君はやって来た。君は前に来たときから成長していないように見えた。あまりの嬉しさに舞い上がった僕は君を抱きしめた。突然のことに驚いたようで、君は僕の腕の隙間をさっとすり抜けて飛び退いた。

 それから、君と僕は以前のように色々な話をした。数年も経っているからか君の話は新鮮で、やっぱり僕をわくわくさせた。

 君は、僕は体が弱くて外では遊べないと言っているのに、しきりに外で遊びたがった。それで、僕と君は散歩をすることになった。僕と君はゆっくり屋敷の周りを歩いた。僕は、屋敷の裏に柿の木があることをそのとき初めて知った。二人で熟れた柿を木の下に座って食べた。君は頬を膨らませて「とてもおいしい」と言った。

 日が沈んで暗くなってくると、君は、初めて来たときと同じように「また会いに来る」と言ってあわてて帰っていった。


 君が、約束を守って会いに来てくれると分かったので僕が不安になることはもうなかった。僕は君と散歩したことを思い出して毎日屋敷の周りを歩いた。柿の実がなっているときはそれを採って、君が来たときに一緒に食べられるように屋敷に持ち帰った。


 あるとき、君は口紅を持ってきた。母の鏡台からこっそりとってきたものだという。君は自分の口をすっと紅く染めたあと、僕の口にもその口紅を引き無邪気にわらった。君は、秘密のおめかしに緊張しているのか、いつもより口数が少なかったが、それでも新鮮でおもしろい話を聞かせてくれた。


 またあるとき、君は本を持っていた。君は僕のためにその物語を朗読してくれた。君がいくつもの声色を使い分けて読むから、僕はすっかり物語に夢中になった。

 そのあと僕は、ちょうどよい感じに熟れた柿を一緒に食べようと誘った。けれども、君は申し訳なさそうに「柿は苦手だ」と言った。僕は、柿を美味しそうに頬張った君を思い出して驚いたが、成長していないように見えても、嗜好くらいは変わるかもしれないと思いなおした。


 君は数年に一度僕のもとにやって来て、日が暮れて暗くなると帰っていった。以前に僕と話したことを忘れているようなことを言うこともあったけれども、数年も経っているのだから、仕方ないことだろうと思った。屋敷に籠りきりの僕と違って君はたくさんのことを経験しているのだから僕よりも忘れるのが早いのだろうと思った。


 僕に何回も、何十回も、何百回も、何千回も会いに来てくれる。どれだけ時間が空いても、僕に会いに来てくれることが僕の幸せだ。僕はずっとこの屋敷で友達を待っている。

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君は必ず僕に会いに来る 花梨糖 @karinrin_tou

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