転生・吾輩はドッペルゲンガーである ~『本物』ではない~

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

第0話   吾輩は愛された猫である

 都会に緑が少ないとは、誰がのたもうたか。大都会のビル街にも、植林された命は生い茂る。ビルとビルの隙間に、小さな神社があるのを、一度は見た事があるだろう。そして、周辺に植えられた木の下に集まる野良猫たちを見た事は無いだろうか。一度くらいあるだろうと思われる。


 何を隠そう、吾輩はそこの長老であった。ボスを名乗るほど腕っ節はなかったが、親とはぐれた迷い猫や、友人を失い気落ちした猫、喧嘩にめっぽう弱く縄張りを追われた猫、老猫ろうびょう等々、吾輩のもとに集う猫たちは、どれも何かしら事情と孤独を抱えているのだった。


 そして我々小規模な猫軍団は、それにも良さを見出し、可愛がってくれる人間たちに守られていた。人間たちは我輩どもをでに愛で、スマホで連写し、たまに贅沢な刺身を与えて、共同の水飲み場を作り、その代償として我輩たちを捕らえ、強制的に避妊とを施した。


 保護施設に移動した猫もいる。


 新しい家族のもとに、移動した猫もいる。


 吾輩は、野良であり続けた。人間から人気がなかったわけではない、むしろ、この辺唯一の黒猫として、小柄な体型も手伝い、とても人気があった。しかし人気がありすぎたのだろう、独占しようとする人間は現れなかった。おかげで吾輩は最後まで自由に、縄張りをパトロールし、散歩し、気ままに雀等を捕獲し咀嚼し、新たな迷い猫を迎え入れたりと、自由気ままこれ極まれりとばかりに過ごしていた。


 ……誰が言っただろう、吾輩のような気ままな生き方をした、文学的で自由で、それでいて最後まで猫であった、今なお日本人に愛されている猫がいると。吾輩くん、それが吾輩に与えられた愛称であり、人間が我輩に餌を貢ぐ時に大声で呼ぶ合図となった。


「吾輩くん、動物病院に着いたよ。しっかりして、もっと長生きして……」


 この近隣に通う女子大生だろうか、いつも吾輩を連写する人間が、すっかり衰弱し、老衰しきった吾輩の体を、あたたかな発泡スチロール製の箱に入れて毛布をかけ、消毒液臭い施設に運び込んだ。往年の吾輩は、下痢と嘔吐に悩み、ガリガリに痩せていた。


 これが野良の最期なのだろう。そして吾輩の天寿なのだろう。

 医者が手遅れだと告げているのが聞こえる。であろうよ、と我輩も確信し、しかし不思議と怖くはなかった。人間から恐怖を与えられた経験がない、そのおかげかもしれなかった。


 最後はふわふわの暖かい毛布に包まれ、この大学生の部屋で手厚く世話になりながら、安らかに、眠りについた。


 野良にしては上等の、良き一生であったと自負している。


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