別に幽霊なんか出なかったけどね
残念ながら、私は、小説を書ける才能は持ち合わせていないのだが、長く生きていれば誰でも、変わった経験の一つくらい語れるものと思っている。
たとえば私の父が、ヘルニアで近所の病院に入院した時のこと。何をしに行ったのかは忘れたが、その日父の病室を訪ねた。
その病院は、私が生まれた病院でもあり、なにせ家から近いので、私は放射線科のある裏手から建物に入るのが常だった。しかも非常階段の扉から、職員しか使わないような小さなエレベーターを使って病室に行き来していた。
さて、いつものように帰ろうとしたところで、もうとっぷり日が暮れていることに気づいた。出るときは夕方だったのに。後から思えば面会時間の決まりとか、小学生の私は無視してたんじゃなかろうか。とにかく、人気のない暗い廊下を歩いて、エレベーターに乗った。1階を押す。降りていくエレベーター。
ここで既にホラー好きだった私は、急に妄想を始めた。エレベーターが開いたらさ、真っ暗なのよ。そんでもって霊安室があったりして、キャー!中で泣いてる人がいたりして!
果たしてエレベーターが目的の階についた。降りようとして気づいた。蛍光灯が廊下を照らしてて、妄想みたいに真っ暗ではないけど、ちがう。ここ一階じゃない。エレベーターの表示を見ると地下1階だった。しかも斜め前の部屋、「霊安室」と書いてある。
そしてもう一つ妄想と違うところが。
扉が少しだけ開いていた。
連打、連打、閉ボタン連打である。真っ暗な霊安室から何か出てきても怖いし、長い廊下の奥から足音が近づいてきても怖いし。なんならもう気配だけでも怖い。
一階についた私はすぐ横の非常口から外に出、閉まった裏門を乗り越えて一目散に家に帰った。
まあそれだけで、別に幽霊なんか、出なかったけどね。怖くなくて申し訳ない。
最近ホラー系YouTubeを聴いていて、これとそっくりの話があることを知った。
その話は、地下1階の霊安室のドアが開いてるところ、閉ボタン連打まで一緒。だが、廊下は真っ暗で、主人公は何者かの近づく足音を聞き、足首まで掴まれているのだ。
病院じゃよくある現象なのかもしれない。私は単に視れなかっただけかもな。
ところで、怖い妄想をしていると、ときどきそれが現実に合致したりして心臓が下がる思いをすることがないだろうか。先に挙げた病院での体験以外にそういう経験がもう一つある。
高校生のとき、Ⅰ市の友人の家をたずねた。
黄昏時、田んぼがどこまでも続く道を駅に向かって友人たちと歩いていて、ここで私は友人に妄想を語りながら歩いていた。
「ここってすごく雰囲気のある道だね。お地蔵さんの祠もあって。ホラー映画だったら老婆が拝んでるシチュエ……ヒッ!!」
人間怖いと本当に、ヒッて声が出る。小さなおばあさんが、本当に祠でお地蔵さんを拝んでいた。私たちが通り過ぎても、老婆は振り向きもせず、一心に拝んでいた。
あれは本当に人間の老婆だったのだろうか。
老婆は私の大声にも微動だにしなかった。そう考えてしまうのは、郷愁と畏怖がないまぜになった黄昏時の田舎の風情のせいかもしれない。わたしは田舎が怖いのだ。
今は故人の父の墓は、このI市の隣のK町にあるのだが、このK町、女子小学生が以前、忽然と姿を消したり、同時期に7人もの若者が自殺したりしたせいで一部のネットで有名な場所である。車がないと不便な片田舎だが、大きなため池があったり、原子力実験所があったり、給水塔があったり、郷愁を誘う要素満載の場所でもある。まあ要するに、人気がない場所が多いのだ。
以前母が、墓参りの為に駅から墓までの道をてくてくと歩いていると、後ろから窓を開けた車がすーっと近づいてきたそうだ。母は服装が結構若作りで、髪も染めていたから、後ろから見たら若い子に見えたかもしれない。その車は顔を確かめたら走り去った。
無言で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます