流れて落ちて消えて(7)

 帰還の祈祷は一時中断、パレードも中止となったため、観光客らは皆帰路へつく。そんな中喫茶店へと足を運んだスピカ達は、客の少なさに驚いていた。


「祈祷の時期なのに少ないですね」


 カペラは呟く。アヴィオールは彼女の呟きに肩をすくめた。


「さっきの賢者のせいだよ。ほんと迷惑だよね」


 席はかなり空いていたため、アヴィオールは店員を待たず奥まった場所にある席を陣取った。アルファルドもそれに続き、後ろからスピカ、カペラもついて行く。



「今日はアルフのおごりでしょ?」


 棘を含んだ声でそう言ったのはアヴィオール。彼は早速メニューを開いて、ケーキのページを見ていた。


「あ、私これ! みんなで食べましょうよ」


 カペラが指差したのは、手書きのPOP。そこには平たい器に入った山盛りパフェのイラストと、約五人前・パーティメニューという文字が書かれている。

 空気を読まないカペラの言葉に、アルファルドは呆れる。


「遊びに来たんじゃないんだぞ」


「えー」


 アルファルドは店員を呼び、子ども三人にはケーキセットを、自分にはアイスコーヒーを注文する。店員はそれぞれ飲み物とケーキの希望を聞くと、一礼して厨房へと戻った。


「アルフ、どういうこと?」


 スピカは、躊躇ためらいがちに口を開く。アルファルドは背もたれに寄りかかりながらため息をついた。


「せめてお前が一人立ちするまでは話したくなかったんだが、仕方ない」


 背もたれから背を離し、机の上に肘を乗せる。両手の指を緩く組んで、スピカの目を見つめた。


「見た通り、自分は賢者だ。切り傷、刺し傷に関しては、首より下なら瞬時に治る」


「そうじゃなくて!」


 スピカは声を荒げる。確かにアルファルド自身のことも知りたいが、今一番知りたいことは別にある。


「何で今まで私に黙ってたの。何でアルフも賢者なのに、アヴィには離れるように言ったの。何で自分はよくて、他人は駄目なの?」


 アルファルドは額をおさえる。予期していた質問であったが、実際に言われると辛いものだ。


「最初は、賢者であることを言う必要がないと思っていた」


「でも、義理とはいえ家族じゃない」


 アルファルドは首を振る。


「言わなかったのは、お前が賢者の家系じゃないことが理由じゃないんだ。恥ずかしい話、親から勘当されてるんだ、自分は」


 恥ずかしいと言いながら、躊躇ためらいなくさらりと言うするアルファルド。しかし、アヴィオールはそれをいぶかしむ。


「でも、アルフは賢者の地位を継いでるんでしょ?」


「いや、継いではいない。力は継いだが、当主にはなりたくなかった。人の上に立つのは、自分には向いていないんだ」


 アヴィオールだけでなくカペラも、アルファルドが語る話に疑問を持った。


「そんなの周りが許さないはずです。勘当されるなんておかしい……」


「当主にならないと言ったから勘当された。当時の自分は、そこまで頑固で、馬鹿だったってことだ」


 アヴィオールとカペラはため息をついて、アルファルドを見つめる。呆れ顔の二人を見て、アルファルドは眉尻を下げて小さく笑う。


「だから言わなかった。あまりに幼稚だから、とてもじゃないが言えなかったんだよ。

 それから、スピカが輝術を受け付けない体になってしまって、更に言いにくい状況になってな」


 沈黙が流れる。スピカはアルファルドの言葉をそのまま信じることができない。

 自分を引き取ってくれたアルファルドが、親から勘当されていて今や賢者とは無縁であること。自分が輝術を受け付けない体になってしまったこと。

 まるで示し会わせたように、話が出来上がっているような気がしてならない。


「ほら、ジュースきたぞ」


 アルファルドの言葉に顔を上げれば、ウェイトレスが飲み物を運んできていた。スピカにブドウジュース、アヴィオールとカペラにはオレンジジュースが配られる。

 ウェイトレスは一旦厨房に戻ると、すぐにケーキとコーヒーを持ってきた。スピカとカペラにはザッハトルテ、アヴィオールには苺タルト。アルファルドはブラックのアイスコーヒーのみ。


「これを食べたら帰りなさい。親御さんも心配してるだろう」


「いやいや! まだ話は終わってないよ!」


 アヴィオールはタルトを頬張りながら発言する。


「僕はまだ納得できない。あの時アルフは、賢者ならスピカに近付くなって言ったんだ。アルフも賢者でしょ? 盛大にブーメラン刺さってるじゃん」


 アルファルドは目を伏せた。反省しているのか、言葉を探しているのか。


「それは、本当にすまなかった。自分の術の特性上、平穏に暮らしていれば発動することはあり得ないと思っていた。だが、それはみんな同じだな。平穏ならどんな術もまず使わないしな。頭ごなしに否定したのは、本当にすまなかった」


 あまりに素直に謝られ、アヴィオールは拍子抜けしてしまい、元々暴言を吐き出すつもりであった口を仕方なく閉じる。


「ちょっと失礼」


 話が一区切りついたところで、アルファルドは立ち上がり、トイレへと向かった。アヴィオールとカペラは顔を寄せ合って、スピカに問いかける。


「今の話、どう思う?」


「なんていうか、そんなこともあるんだなって、そう思いました。賢者になりたくないのになってしまったなんて、うちの家系でもザラだし」


 スピカは、ザッハトルテを食べるでもなく、ひたすらにフォークで解体しながら呟いた。


「よくわからないわ。私は賢者でもないし、むしろ賢者から一番縁遠いもの。でも、アルフは家族だから……信じるわ」


 アヴィオールはスピカの顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「ええ」


 スピカは、弱々しくだが笑ってみせた。そんな彼女が尚更心配で、アヴィオールは小さく唸る。


「そもそも、この体質がいけないのよ。何で私だけ、こんな体なのかしらね。小さい頃は何ともなかったのに……」


 スピカはようやくケーキを食べ始める。どんな状況にあっても好物は美味しいもので、ザッハトルテのほろ苦さと控えめな甘みに顔を綻ばせるのだった。

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