第6話 背比べ

「うぅ……勝てない……。」


 床に伏せていじける小百合。

 あれから再戦どころか何度も我慢比べ対決をしたが敏感肌の小百合に勝てる道理はなかった。

 それと共に箱庭の小人も凄いスピードで消費されていったが、何故かそれに合わせるように補充されていった。補充されたばかりの小人たちは訳も分からないまますぐに巨人の足裏に貼り付けられ、そして潰れていった。


「もう諦めなよ。無理だって。」


「むぅ~……………。」


 埒が明かないと思った麻百合は別の提案を持ちかけた。


「他の勝負しようよ、ね?それならわたしに勝てるかもしれないよ?」


「………そうかなぁ………?」


 小百合は渋々納得し、違う遊びを考えることにした。頬杖をついて暫しう~んと唸りながら考えた後、パッと顔を上げた。


「今度は背比べで勝負するッ!」


「え………背比べ………?」


 麻百合は困惑する。

 麻百合の現在の身長は162センチメートルと女子中学生としては高い方だ。

 対して小百合の今の身長は150前後といったところだろうか。

 今こうして向かい合っていても麻百合の視線は間違いなく下を向いている。


「………それは………ちょっと不利なんじゃあないかなぁ………。」


 気心しれた間柄の麻百合も流石に気まずそうに返す。身長の差は一目瞭然なのだ。


「ううん、そんなことないよ!だってわたしここ最近ぐんと身長が伸びたんだから!成長期効果で!」


「う………うん………。」


 胸を張って自分の成長期を信じる小百合。しかし成長期を迎えているのは自分だけではない。一歳年上である麻百合もそうなのだ。そして麻百合は現在部活動でバレー部のアタッカーを任される程の成長期真っ最中なのだ。

 小百合には余りにも分が悪い。


「いや、でもさ……ほらっ、わたしって小百合よりも学年上だしさ……小百合もあんまり背が高い方じゃないじゃん……?列組む時も一番前だし………。」


 小百合を傷付けないようにしどろもどろになりながらも説得するが、負けが続いた小百合の意志は固かった。


「……分かったよ。分かったけど、恨みっこなしだよ?ゲームなんだからね?」


 精神的にも小百合より大人な麻百合は仕方ないといった様子で承諾する。こうなったら、現実と向き合ってもらうしかない。


「うん、恨みっこなし!大丈夫!」


 フンスと鼻息を荒くする小百合。

 こうして本日何度目かの負け試合が始まった。



 ※



 空高くで巨人同士の大音量のやり取りが聞こえる。その様子を巨人たちの足元から見上げる小人たちがいた。

 彼らは箱庭の中ではなく、床の上に立っていた。先程までの我慢比べの時に小百合や麻百合の足の裏から運良く剥がれ落ち、更に運良く高所からの落下で生き残った人々だった。

 だが乱暴に貼り付けられた挙げ句に高所から落下した影響で、小人たちは満身創痍だった。巨人たちの足元から逃げ切るには厳しい状況だ。

 でもそれでもやるしかない。小人たちは手負いの状態だろうと構わず無理矢理走り出した。足が骨折していた者は這いずり、腰が砕けた者は身体を折り曲げながら走り、打ち所が悪く目をやられた者は自分の勘を信じて無作為に走り出した。

 床の上の小人たちが死に物狂いで逃げる最中、片方の巨人が突然体勢を変えた。


 ズズゥゥンッ!


 ズズゥゥンッ!


 不意に起きた大地震によって床上の小人たちは宙へと浮き、そして地面に叩き付けられた。

 何事かと数名が上を見上げると、背の低い方の巨人がふらつきながらつま先立ちをしていたのだ。

 上手く身体のバランスがとれないのか、つま先の位置を無意識に動かす頭上の巨人。

 数人の小人たちは真上から迫ってくる小百合の巨大なつま先を見上げる間もなく押し潰されていった。

 それを目の当たりにした小人たちは悲鳴を上げて全力で逃げ回った。


 ズズゥゥンッ!


 ズズゥゥンッ!


 ズズゥゥンッ!


 ズズゥゥンッ!


 幾度となく踏み降ろされるつま先。その一歩一歩が足元にいる小人の上に踏み降ろされる。不規則に動き続けるつま先から逃げるのは難しく、どうか自分の真上に落ちてこないでくれと皆が願っていた。

 だがその願いも虚しく小人たちは次々とつま先に踏み潰されていった。

 中には幸運にも足の指の間にいたお陰で踏み潰されずに済んだ者もいたが、目の前に降ってきた足指が作り出した衝撃波によって空中へと投げ出されてしまい、そのまま自然落下して床に身体を叩き付けられて朽ちていった。

 足の裏から運良く生き延びた人々は結局足の裏にこびりつく小さな染みへと姿を変えた。



 ※



「くっ……………!」


 結果は見えていた。というか半分わかっていた。

 普段から顔を見上げて会話している自分が敵う筈がないのだ。

 それでも小学生から中学生に変化した自分を、心の何処かでちょっとは信じていた。

 だがそれは麻百合も同じこと。わたしと同じく成長期を迎えているのだ。勝てるわけがない。


 ………が、せめてベストは尽くしたい。

 それはそれ、これはこれだった。

 小百合は奥の手であるつま先立ちを繰り出した。いくら背が高くても背伸びをされたら少しは良い勝負になる筈!


 プライドを捨ててフラフラしながらつま先立ちを続ける小百合。足元がおぼつかなくフラフラしまくる為、比べることすらままならない。

 本人は必死に頑張っているようだが、端から見ると(>∧<)な表情でぷるぷると震えながらつま先立ちしてるアホの子にしか見えなかった。

 麻百合はあまりの不毛さにため息をつき、小百合を諭し出した。


「ねぇ小百合。頑張ってるのは認める。認めるけどさ、身長ってそんなに意地を張り合う事じゃないでしょ?わたしたちこれからどんどん成長していくんだから………今はさ、途中経過なんだから気にすることじゃないよ………ね………?」


「……うん………グスッ…わかった……。」


「え、ちょ、泣かないでよ~も~…。」


 麻百合は小百合の目がうるうるとしていくのに気が付いた。溢れんばかりの大粒の涙が零れ落ちている。

 麻百合は小百合に近付き、ぎゅっと抱きしめる。


 小百合は約束通り恨みっこなしにしてくれるだろう。でも今の年齢はちょっとだけ自分を強く見せたがる、意地を張りたがってしまう、そんなお年頃なのだ。

 今までは自分の世界だけしか知らなかったのが、これからは人間社会に馴染むため必死に周囲の人と自らを比較して物事を考えてしまう複雑なお年頃。

 自分も経験しているからこそ麻百合は小百合の気持ちが理解できた。


「……グスッ……ありがと………。」


「うん、いいよ~。」


 お互いに寄り添い想い合う二人。

 その足元には大粒の涙でできた水溜まりと、そこに浮かぶ小人の成れの果てが残されていた。

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