第13話:黒田、出会いイベントをコッソリ見る

 食事を終えた私たちが、屋上から階段を下りていると、教室へ向かうルビアの姿が見えた。


 一人で歩いているのは、お手洗いでも行った帰りなんだろうか。スカートのポケットから、こぼれおちそうなハンカチがぶら下がっている。


 それを見て、私は確信した。


 ジグリッド王子に次ぐ攻略対象、アルヴィとの出会いイベントが起こる、と。


「ポーラ、隠れるわよ」


「ク、クロエお嬢様!?」


 壁にササッと隠れると同時に、ルビアのポケットからハンカチがポロッと落ちた。そして、たまたま教室から出てきた一人の少年がそれを拾う。


 まだ女子と同じくらい身長が低く、晴れ渡る青空のような青い髪を持ち、弟のような可愛さをしている。声変わりしていない声と幼すぎる顔立ちが特徴的で、その甘い笑顔にやられる社会人女性は多かった。


 何より、アルヴィとの恋の始まり方は、誰もが一度は憧れたあのシチュエーションなのである。


「ルビア様、ハンカチを落としましたよ」


 出たー! 今どきハンカチを拾ってから始まる恋ー!! 現実世界でやったら、絶対に好みのタイプに拾ってもらえないやつー!!


 尊い、なんて尊いの! ルビアが恥ずかしそうに全力で頭を下げる姿が絵になるわ!


「あの方は、お嬢様たちと同じクラスの方ですよね。確か、名前は……」


「宰相の息子であるアルヴィ・ブルネストよ。十月二日生まれのてんびん座で、穏やかな性格の優しい男の子。その幼い顔立ちから見てわかるように、草食系男子ね」


「クロエお嬢様!? 詳しすぎませんか? いつの間に身辺調査をされたのでしょうか」


 しまったー! オタクモードに入ってしまった!


「身の回りの人間関係には気を付けるように、王妃様に言われたばかりなのよ。王家と関わりの深い家系であったとしても、油断するわけにはいけないわ」


「それは構いませんが、メイドの私にも一声かけてください」


「えっ? ポーラはアルヴィ派なの?」


「少し意味合いが違うように思います。クロエお嬢様が自ら身辺調査を行うのは危険、という意味です」


 ゲームの情報だと言えない私は、何一つ言い返す言葉が見つからなかった。それはもう、その通りなのである。


「気を付けるわ。でも、その話はいったん後回しにしてちょうだい」


 だって、別れ際には……。


「こんな形でも、ルビア様と話せたことが嬉しかったですよ」


 出たー! アルヴィスマイルーーー!!


 プレイヤーの誰もがパソコンの壁紙に設定したと言われる名シーン!


 遠目とはいえ、生で見られてよかったわ。やっぱり推し成分は、定期的に補充しておかないとダメね。


 最近はジグリッド王子ばかり眺めていたから、本当に申し訳なく思うの。やっぱり推しは平等に推すべきだわ。


 そんなことを考えている間に、ルビアと別れたアルヴィがこっちへ向かってくる。


 隠れていては怪しく思われてしまうため、ンンンッ! と咳払いをして、表情筋を引き締めた後、私は平然とした顔で歩き始めた。


「あれ? ルビア様……、あっ、失礼しました。クロエ様ですね」


「ごきげんよう、アルヴィ様。ルビアと何かありまして?」


 落ち着け、私。ごきげんよう、なんてクロエが使わない言葉を使っているわ。


 公爵家の長女であるクロエの方が身分は上だし、もっと堂々とした方が自然ね。


「いえ、ルビア様とは少しお話させていただいた程度です」


「そう。もしよろしかったら、今後もルビアと話してあげてくれないかしら」


「僕が、ですか?」


 間近で見るキョトンッとした顔も可愛く、内なる黒田が這い出ようしてくるが……気合いで心の奥底に押し込んでいく。


「まだルビアは殿方と話すことに慣れてないの。話していても、ぎこちなかったでしょう? アルヴィ様のような優しい方と友好関係を結べると、とてもありがたいわ」


「クロエ様にそう評価されるのは恐縮ですが……、そうですか。避けられていたわけではないのですね」


 ここはテストに出ます、と言いたいくらい大事な部分よ。原作では、絶対に先回りできなかったんだもの。


 人見知りのルビアの対応を見て、アルヴィは避けられていると勘違いするの。実際にアルヴィと親交を深めると、初めの頃は避けられていると思っていた、と本人が言うから間違いないわ。


 つまり、これでアルヴィとルビアの距離が縮まりやすくなり、恋愛イベントが起こりやすくなる。


「今後はルビアも一人で行動することが増えるし、彼女はこの街に詳しくないの。もし街中で見かけたら、声をかけてくれると嬉しいわ。あの子、困っていても声をかけられないタイプだから」


「わかりました。そのようなことがあれば、声をかけさせていただきますね。それでは、失礼します」


 ルビアの迷子イベントは必ず発生させますので、本当によろしくお願いしますね。来月の学園の創立記念日がその日になり、互いにファーストキスを済ませる大事な日でもあります。


 今からもう楽しみだわ。二人の愛の記念日が。ぐへへへっ。


 アルヴィと別れた後、ポーラがコソコソと近づいてくる。


「身の周りの人間関係に気を付ける、先ほどそうおっしゃっていたばかりです。仲が良いとも言えない彼に、ルビアお嬢様をお願いするなど、軽率に思いますが」


「それはそれ、これはこれよ。彼が敵に回ることはないわ。ポーラと同じくらい信用できる人物よ」


「……そういう言い方をされるのは、ズルいと思います」


 褒められるのが弱すぎるポーラなのであった。

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