DIVA LORE サイドストーリー【作者:Corvus corax(日本)】

corvus corax

星空の奇跡

1年に1回しか会えないカップルがいる。

織姫と彦星だ。

そもそも二人はお互いに夢中になり、仕事をしなくなったために1年に1回しか会えなくなってしまった。

自業自得と言えばそうなのだが、その1年に一回しか会えないという7月7日に、日本では特別な思いを短冊に書いて竹に吊るすという習慣がある。


姫歌は七夕の何日か前、親友の空とショッピングモールに出掛けた日に、一緒にお願い事を書くことにした。


『いつか大好きな人に触れられる日が来ますように…』


普通はこんな具体的に触れるなんてことを書く人はいないだろう。

触れれない人なんていないのだから。

だが実際、呪いがかけられた白羽に触れるということは、それだけハードルが高く、今はかなわぬ夢。

女性がもし触れてしまえば発作が起き、吐血しながら倒れてしまうのだ。

どうしたら触れれるようになるのかなんてわからない。

それでも、もしその日が来てくれたら…。

そう思いながら短冊に願いを書いた。


いつものように過ごす学園生活。

行きも帰りもいつも通り、白羽と一緒だった。

何も変わらない日常。

姫歌も短冊に願いを書いたことなど、すっかり忘れていた。

布団に入って寝る、七夕の前夜。

日付けが変われば、7日になる。

姫歌はそのまま、眠りへと落ちていった。


————————


「ん…、あれ…」


姫歌が目を開けると、そこには綺麗な星空と、月明かりに照らされた湖。

畔の草原に、小さな蛍が飛んでいる。

『ここ…どこ…?』

月明かりのおかげで少し周りが見える。

自分の姿を確認すると、マイストーンで変身したあとの姿になっていた。

武器は持っていない。

何故自分がここにいるのか、場所はどこで、どうしてこの姿なのか不明だ。

そのまま立ち止まっていても何も始まらないので、姫歌は少し歩いてあたりを探索する事にした。

歩き出して5分、綺麗な星と蛍に癒されながら進んでいくと、湖を見ながら立っている人影が見える。

『……誰?』

暗くて良くは見えない。

ただその方向へ近づいていくうちに、知っているシルエット、立ち姿に確信する。


「白羽くん…?」


何かの気配に気づいたのか、変身後の白羽が振り返った。


「桜川……?」


近寄って、どうしてここに…なんてお互いに尋ねるが、わかるはずはなかった。

白羽によると、1度上空を飛んだらしいのだが、ある範囲から先には行けないらしい。

魔物がいる気配もない。

とりあえず危険な場所ではないようなので、2人で隣に座って時間が経つのを待つ事にした。

といっても、特に何か特別話したいことがある訳でもなく、ただ2人の空間がそのまま流れていく。

何もしなくても、その空間に一緒にいれる事がお互いに落ち着くし、心地よかった。


「不思議だね…この場所」

「あぁ…」


雑談をしたり、景色を眺めたり、どのくらい時間が経っただろう。

気付けば夜空にあった月はうっすらと消え始め、辺りは夜明けを告げるように空の色を変え始めた。

それと同じくして、姫歌がとあることに気づく。


「あれ…、身体が…」


うっすらと自分の身体が透けている。

何が起こっているのか考える2人は、同じ答えに行き着いた。


「夜明けが…近いからか」

「かもしれない…ね」


一体ここはなんだったのか。

よく分からないまま夜明けを迎えたら、多分何らかの形で元の生活に戻るのだろう。

意味なんてよくわからない、それでも何となくいつもとは違う場所でゆっくりと2人で過ごせた、それだけで十分だった。

ふと姫歌が背伸びでもしたくなり、立ち上がる。


「わっ?!」


体制を崩し、倒れ込む。

しかも白羽に向かって。

ビックリしながらも咄嗟に手を出して白羽が姫歌を受け止めた。

支えられた身体。


「わっ、わあぁっ?!ごめん、ごめんね…?!身体大丈夫?!」


自分が倒れたことで、白羽に触ってしまったことにビックリして、姫歌は慌てて直ぐ離れた。

白羽が不思議そうに自分の手を見る。

『……?』

いつもならこの時点でもう発作が始まって苦しくなっているからだ。

おかしい…、発作が始まらない。

まさか……。

隣で心配そうに慌てながら見ている姫歌に、そっと手を伸ばす。

一瞬顔の前で躊躇って、それでも優しくその頬に触れた。


「さわれる…の?」


手袋越しにでもわかる、もちっとした姫歌の頬の感触。

1度また手を離して確かめる。

やはり何も起こらない。


「さわれる……らしい」


ふと、名前は呼べるのか、気持ちを言えるのか、白羽が試そうと声に出そうとするが、それは出来ないようだ。

姫歌は信じられないという顔をして、白羽を見つめている。

『本当に??…大丈夫なの…??』

今度は姫歌が白羽に向かって手を伸ばす。

恐る恐る、そっと白羽の頬に触れる姫歌の手。


「ほら、大丈夫…」

「本当…だ。どうして……?」


どうしてなのかは分からない。

でも今目の前にいる愛しい人に触れられる事実。

どんどん明るくなっていく空に、姫歌と白羽に残された時間は短かった。

微笑む白羽にドキドキした矢先、白羽は自分の頬に触れている姫歌の手を、自分の手を重ね握る。

そしてもう片方の手で、グイッと姫歌の腕を引っ張ると自分の胸の中に抱き寄せた。

『えっ…?』

姫歌の頭はそのまま白羽の胸にトンっとぶつかる。

いつか触れれるようにはなりたいと思ってはいたが、いざその時が突然来ると、心の準備など出来てはいない。

姫歌の心臓の鼓動は、白羽に聞こえるのではないかというくらいに大きくなっていった。

『うそ……私…今…、白羽くんの腕の中に…いる…』

どんどん上がっていく体温、顔の熱、荒くなる呼吸。

真っ赤になり、恥ずかしくて、嬉しくて、どうしていいかわからなくて、そのまま腕の中で硬直する姫歌。


「もっと…」


白羽のその言葉にハッとして、姫歌が見上げる。

そしてもう一度伸びてくる白羽の手。

そっと頬に触れるその左手は、優しくて、まるで白羽の心を現しているかのようだった…。


「もっと早く…気付けばよかった…」


何も言えずにただ見つめ返すしか出来ない姫歌を、白羽は優しく撫でている。

もうすぐ夜明けがきてしまう。

これは夢なのだろうか…。

夢であるのなら…、せめてもう少しだけ…どうか。

今まで一番触れたいと願った愛しい人のそばに…もう少しだけ。

『夢なら、我慢しなくても…いいの…かな…』

何も言葉を交わさずとも、その空間で2人の想いは一つだった。

近づいていく顔と顔。

ゆっくりと瞳を閉じて、お互いに相手を受け入れるように唇を重ねた。


「…んっ…」


ドキドキする鼓動、暖かい体温、ほのかに香る相手の匂いと柔らかい唇の感触。

全てが愛おしい。

初めてするキスの味は、切なくて…とても甘かった。


名残惜しそうに唇を離して見つめ合う。

すると姫歌の目からポロッと涙が零れた。

もうすぐ消えてしまうとわかっているから。

もしかしたらもう、あなたに触れることはできないのではないかと思うから。


「大丈夫だ…いつまでも隣にいる…」


不安になっている姫歌を、白羽がギュっと抱きしめる。

それに応えるように、姫歌も震える声で返した。


「うん…、ずっと…一緒だよ」


日が昇り始めた。

それと同時に2人の身体は消えていく。


「すまない…少しだけ…痛いかもしれない…」

「え…?」


その言葉を言い終えたと同時に、姫歌の首筋に白羽が吸い付く。


「…んっ……あっ…」


強く吸い上げて、首筋が赤くなる程のキスマークを残した。

白羽のその行為に戸惑った姫歌だが、自分のものだと言われているようで、とても嬉しかった。


そしてもう一度、白羽と姫歌は微笑みながら消えていく身体の中で、唇を重ねた。


————————


「…!!」


姫歌が飛び起きるとベッドの上だった。

自分の姿も部屋着のまま。

時計を見ると陽が昇って少し経ったくらいの時間だ。

『やっぱり夢…だったんだ』

それでも少し、生々しい白羽の唇の感触が、まだ自分の唇に残っているように思えた。

夢の中とはいえ、妄想したのか、望んだ事なのか、それを見てしまった自分が恥ずかしい。


「支度しなくちゃ」


いつものように顔を洗って歯を磨こうと洗面所へ向かう。

そして少しまだ眠気がある状態で顔を洗い、タオルで顔を拭いて自分の顔を鏡で見た直後だった。


「~~っ!!?!?」


びっくりして後ろの壁にぶつかる。

持っていたタオルが床に落ちた。

叫び声をあげようとした口を抑えるように、自分の口を手で塞ぐ。

首筋についた赤い痕跡を見つけ、みるみると顔が真っ赤になった。

『うそ…、だって…え!?あれは…、あれは夢…でしょ…!?』

そう思っても、その痕跡は間違いなく夢の中で白羽が最後、消える前に残していったものに見えた。

『私…寝ながら…自分で引っ掻いたのかな…』

そう思いたかった。

恥ずかしくて死にそうだ。

そもそも今日白羽に会うのが凄く恥ずかしい。

会ったらいつも通りにしていられる自信がない。

『どうしよう…』

姫歌はそう思いながらも、メイドとしてしなくてはいけない事もあるので、なんとか気合いを入れ直し、自分の両手で顔を叩くと、目立たないようにキスマークを絆創膏で隠して本館へ向かった。


玄関から入ってキッチンへ向かう途中、階段から降りてくる白羽と目が合う。


「お…お…おはようっ…!!」

「お…おぅ…。おはよう…」


なんとか挨拶をするも、気まずい…。

2人ともその挨拶をしてそれ以上話さず、目を逸らし離れていった。

『あんな夢…見たなんて言えない…』

そうお互いに思いながら。


それは7月7日、姫歌の願いが届いた、一夜かぎりの星空の奇跡。

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