第39話 クーヘンさんの来訪



 コンコン



 扉をノックする音で目が覚める。

 まさか寝坊でもしたのかと思い時計を見ると、まだ朝の6時であった。



(こんな時間から、一体誰だろう?)



 僕は簡単に身だしなみを整えてから扉を開く。

 すると、そこにはなんとクーヘンさんが立っていた。



「おはよう。レブル指揮官……ってあら、もしかしてお楽しみの最中だったかしら?」


「っ!? ち、ちちちちち、違いますよ! ククリちゃんが寂しいって言うから、添い寝をしていただけです!」



 クーヘンさんは、背後に見えるベッドの上でスヤスヤ眠るククリちゃんを見て、とんでもない勘違いをしたようである。



「ククリちゃんって……、もしかしてグルガン将軍の娘さん?」


「そ、そうです……」


「それは……、成程ね。まだ寂しいお年頃なのかしら?」


「多分ですけど……」



 どうやら、クーヘンさんはククリちゃんのことを知っているらしかった。

 グルガン将軍は幹部のようだし、その娘さんともなればそれなりに有名なのかもしれない。



「ふふ♪ 優しいのね、貴方」



 そう言ってクーヘンさんは、何故かいきなり僕の頬を撫であげる。

 ゾクリとした快感が背中を走り、僕の顔は一気に紅潮する。



「あ、あ、あの!?」


「ふふ♪ 可愛いわね。時間が許すのなら、このまま食べちゃいたいわ」



 食べ……、僕は食べられてしまうのか!

 ……じゃないよ! 落ち着け僕!

 クーヘンさんは時間が許すのなら、と言った。

 それはつまり、今は時間が許さないのであって、まだその時ではないということである。

 ……まだってなんだよ! そんな日は来ないぞ! 多分!



「な、何か用事があって来たんですよね?」



 僕はなんとか冷静になるよう努め、声を絞り出す。



「そうだったわね。こんな早くにごめんなさいね? ちょっと早く伝えておいた方が良いと思ったから」



 どうやら重要な話らしい。

 それなら、こんな所で話すのはあまり良くないかもしれない。



「それじゃあ、部屋の中で話しましょうか」


「いいえ。ここで結構よ。私もこれを伝えたらちょっと用事があるから」


「そうですか」


「ええ、それで伝えたい内容だけど、実は昨日、機会があったから営業のドーナと話をしたのよ」


「ドーナさん、ですか?」



 知らない名前であった。営業ということは、昨日会議を欠席していた営業部長さんだろうか。



「ドーナは営業部の部長よ。昨日は会議に出られなかったから、私の方から議題とか課題とかを伝えておいたのよ」



 成程。欠席者との情報共有をどうするのか気になっていた所だが、こういった横の繋がりから共有は行われているらしい。

 あとで議事録を提出して各位に回してもらおうと思っていたけど、必要なかったかな?



「それで、『ティドラの森』の討伐についてなんだけど、ドーナの方で詳細を調べてもらえることになったわ」


「っ!? 本当ですか!?」


「ええ。あそこの部署は一部の人族と交流していたり、人族の中に忍び込んでいる者もいるから、その手の情報収集はお手の物なのよ」



 それは、物凄く助かる話であった。

 でも人族の中に忍び込んでいるって、一体どうやってだろう?

 吸血鬼とか、見た目で区別が付きにくい種族に入り込ませたりしているのだろうか……



「とても助かります。現状だと、大まかにしかスケジュールを立てられなかったので……」


「ええ、そう思ったから早めに伝えたかったの。情報が得られ次第、ドーナの方から貴方に連絡するよう言っておいたから、スケジュールを出すのはそれからでもいいと思うわ」



 討伐クエストがいつ発行されるかなどの詳細がわかれば、より正確なスケジュールを組むことができる。

 不安のあるスケジュールで動かなくて済むので、時間の無駄を大幅にカットできるだろう。



「ありがとうございます。これで不安が一つ解消されました」


「ふふ♪ 良かったわね。それじゃあ私は行くわ。人材の方については、もう少し待って頂戴」


「はい。本当に、どうもありがとうございました!」



 去っていくクーヘンさんに改めてお礼を言いつつ、頭の中で立てていた今日のスケジュールを微調整する。

 とりあえず、今日は事務仕事を少し減らせそうであった。





 ……………………………………



 …………………………



 ………………





 ククリちゃんが目覚めるのに合わせて朝食を取り、今日の業務の準備をする。

 と言っても、僕の方は特に準備をすることがないので、ククリちゃんの身だしなみを整えているだけだが。



「レブルー、いいよ髪なんかー」


「駄目だよ。ククリちゃんは女の子なんだからね」



 そう言いつつ髪の毛をとかすと、ククリちゃんは満更でもなさそうな顔で素直に受け入れた。



(キレイな髪だよなぁ)



 ククリちゃんの髪の毛は、伸びるがままに伸ばされた野暮ったい状態だが、子供だからなのかとても柔らかくて良い髪質である。

 そしてキレイな赤毛であり、光に照らされると炎のように煌いてもいた。

 これをこのまま何も手入れをせず放置をしておくのは、大変もったいない。



「なぁレブル、今日は何をするんだ?」


「今日は一昨日と同じ『ティドラの森』で冒険者退治かな。もちろん他の場所でも必要なら対応をすることになるけど」


「おお! 今日は俺も出ていいのか!?」


「うん。今日はこの前よりも広範囲を対象とするつもりだから、出てもらうことになると思うよ」



 先日は『ティドラの森』の東側のみを確認したが、対象範囲を広げれば他にも冒険者は見つかるだろう。

 今日はそれを全て狩るつもりで対応していく予定だ。



「よし。これでいいかな。それじゃあ、行こうか」


「おう!」



 ククリちゃんは元気よく返事をすると、僕の肩に飛び乗ってくる。

 どうやらククリちゃんはこの肩車がお気に入りらしく、移動の時は大体このスタイルになっていた。

 僕も全然苦にならないし構わないのだけど、これから戦闘もあることを考えると、なんとなく緊張感がないような気がしないでもない。



「それで、今日はどこに行くんだ?」


「昨日と同じ演習場だよ」



 集まる場所は、それなりに広ければどこでも良かったのだが、医務室が近い方が安全だろうということで演習場を選んでいる。

 待機中の時間も潰しやすいし、集まってもらうには丁度良い場所と言えるだろう。



(今日はガクさんやレンドさんも来てくれるみたいだし、色々と連携を試したいな)



 そんなことを考えながら、僕とククリちゃんは演習場へと向かうのであった。



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