第33話 幹部会議②



「今表示されている場所は、『ティドラの森』と呼ばれる地域になります。この『ティドラの森』は、戦闘力の低い冒険者が『薬草採取クエスト』でよく利用する地域で、侵攻目的のクエストはあまり発行されていません」


「……であれば、別段監視を行う必要はないのではないか?」


「はい。通常であれば監視は必要ないと思っています。ですが、自分が冒険者だった頃に、近々『ティドラの森』に対して討伐隊が組まれるのではという噂が流れていまして」



 冒険者時代、僕には仲間と呼べる存在はいなかったけど、その分酒場などで積極的に情報収集を行っていた。

 だから、そういう風の噂の類は熱心に聞き、しっかりとメモを取っていたのである。



「……何故討伐隊などが組まれるのでしょうか? そのエリアは、戦闘力の低い冒険者向けの地域なのですよね?」


「はい。この地域は比較的弱いモンスターしかおらず、多くの薬草が手に入るので、僕のような戦闘向けじゃない職業の冒険者の間で重宝されていました。ですが、それは森の比較的浅い位置に限った話で、中心部の方は話が変わってきます」



 僕はワールドマップを操作し、森の中央付近をリモコンのポインタで示す。



「今ポインタで囲った辺りが森の中心と呼ばれるエリアで、ここには森の名の由来となった『ティドラ』と呼ばれるモンスターが多く生息しています。『ティドラ』についてはご存知でしょうか?」


「いや、聞いたことない名だな」



 ザッハ様がそう言い、ギアッチョさんやクーヘンさんも頷く。



「……『ティドラ』とは、もしかして『森虎猫』のことではないか?」


「……『森虎猫』?」



 シューさんの発言に対し、今度は僕が聞き返す番であった。

 全く聞き覚えのない名前である。



「そうじゃの。『森虎猫』であってるわい」


「ワラビーさんはご存知なのですか?」


「ワシは元人間だが、流石にモンスター歴の方が長いからの。人間側とコッチ側の認識の違いぐらい熟知しておるよ。カッカッカ」



 確かに、人間時代よりも不死者になってからの人生? のほうが長いのは当然と言えた。

 そういった知識については、僕なんかよりも遥かに多いに違いない。



「『ティドラ』は人間が呼び始めた名前で、正式名称の方が『森虎猫』じゃ。ワシの生きていた頃は、まだあまり『ティドラ』という呼ばれ方が浸透してなくての。『ティドラ』と呼ばれる方が稀じゃったわい」


「そうだったのですね……。補足いただき、ありがとうございます」



 大変貴重な話である。

 他にもこういった人間時代の知識との齟齬が出てくるだろうし、ワラビーさんとはその辺りのことについても話し合ってみたいところだ。



「え~、では以後『森虎猫』と呼ぶことにしますね。それで、その『森虎猫』は、人間の間ではBランクのモンスターに指定されておりまして、戦闘力が低い冒険者にとっては危険なモンスターと認識されています。そのため、森の中心には近付かないのが鉄則となっていました。……ですが、森の浅い場所だけで薬草を採取しているといずれは限界がきてしまいます」


「成程。それで討伐隊を組み、中心部を制圧することで薬草を採取できる範囲を拡大しようというワケか」


「その通りです。そこで、討伐隊が組まれた際の対応ですが……」


「そんなのは簡単だろう。俺達の誰かが向かい、制圧すればそれで終わりだ」



 シューさんは自分の武力を見せつけるように魔力を放出する。

 大層な魔力だが……、怯んでいるワケにもいかない。



「いえ、過剰な戦力で対抗するのはマズいです」


「……何故だ」


「森がそれなりに危険だという威嚇は必要ですが、人間にとって脅威と判断されるともっとマズいことになるからです」


「……ふむ。そういうことか」



 僕が説明するまでもなく、ザッハ様は理解してくれたようである。

 しかし、シューさんは理解できなかったのかいぶかし気な表情を浮かべた。



「シューよ、お前も100年ほど前に体験したことがあるだろう? 『サガト荒野』の戦場を」


「っ!? ビスケの奴が戦死した、あの戦いか……」



 っ!? 『サガト荒野』にビスケ!

 その名前は僕も聞いたことがある。

 100年前におきた、『サガト荒野』の大規模魔族討伐戦。

 そこで討ち取られた魔族の名が、確かビスケといったハズだ。



「あの時も、ビスケが過剰な戦力で人間を皆殺しにしたことがきっかけで、人間達が総力をあげて討伐にやってきた。レブルが恐れているのは、そういうことだろう?」


「はい。その通りです」



 過剰な戦力を投入すれば、それに対抗するだけの戦力が返ってくるだけだ。

 それでは消耗戦になる上、戦いの規模が必然的に大きくなる。

 そこまでいくと、もう『ティドラの森』の保守どころの話ではなくなってしまうだろう。



「しかし、それならばどうする気なのだ?」


「投入する戦力を制限します。具体的には、討伐隊よりも少し強い程度の戦力で防衛にあたれば、かなりの時間を稼げると予測しています」



 大規模討伐クエストというのは、そうそう簡単に発行できるものではない。

 一度退けさえすれば、仮に次の討伐クエストが組まれるとしても、発行をかなり遅らせることができるだろう。

 仮に短期間で発行できたとしても、すぐにまとまった戦力を用意することはできないハズだ。



「しかし、討伐隊の戦力はわかっていないのだろう?」


「これは僕の予測ですが、討伐隊はBランクの冒険者達が中心になると思っています」


「何故だ?」


「理由は単純に、『ティドラの森』の攻略難易度が低く設定されているからです。この場合、討伐クエストのランクもそれに応じて下がるため、Aランク以上の冒険者は招集対象から除外されます」



 ギルドが発行する討伐クエストは、その難易度に応じて冒険者への強制力が変わってくる。

 今回の『ティドラの森』程度の難易度であれば、ギルドはAランク以上の冒険者に招集をかけられないのだ。



「つまり、討伐隊に編成されるのはBランク以下の冒険者のみ、ということか」


「はい。ですのでコチラは、それに応じた戦力を用意すれば良いということになります」



 Bランクの中でも、実力はピンからキリまで存在するが、レベルでいえば大体40~80が目安になるだろう。

 なのでこちらは、100レベル前後の魔物で防衛にあたれば問題ないハズだ。



「……ただ、今の僕の力では、それだけの戦力を用意することができません。そこで、皆さまの協力をお願いしたいのですが……」



 ここからが問題だ。

 この二日間で調べた限り、今の魔王城にはそれに適した魔物がほとんど残っていない。

 戦力を整えるには、必ずどこかの部署から助力を貰う必要がある。

 それを一番期待しているのがシューさん受け持つ防衛部門からなのだが、果たして僕は彼から助力を引き出すことができるだろうか……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る