第32話 幹部会議①



 会議は滞りなく進んでいる。

 ギアッチョさんは作業の進捗や課題について報告しつつ、事務部門の簡単な説明もしてくれたので非常にわかりやすかった。

 いくつか質問事項もあったが、これはあとで個別に聞くとしよう。

 まだ敬礼の意味などについても聞けていないため、どこかで別途時間を取ってもらった方が良いかもしれない。


 ワラビーさんの報告については、僕にはやや難しい内容が多かった。

 ただ、食料などの物資の生産や管理をアンデットの手で行っているという話は興味深かった。



「農場なんてあるんですね……」


「あるぞい。ウチが経営しているのもあれば、他所から出荷してもらっているものもある。そこら辺は人間とそう変わらんよ」



 そうなのか……

 魔物が農業をしているイメージなんて全然湧かないけど。

 でも、アンデットの労働力っていうのは確かに魅力かもしれない。

 畑も、牛に引かせるより魔獣が引いた方が効率も良さそうだ。

 案外、人間よりも農耕向きのような気がしてきた。



「俺からの報告は特にない。……いつも通り、各地の情報収集と魔王城周辺の防衛を行っているだけだ」



 最後のは僕に対する説明のつもりだったのだろう。

 ぶっきらぼうだが、魔王様に言われたことはしっかり守ろうとしてくれているらしい。

 本当はもう少し細かいことを聞きたいところだけど、僕のことはあまり良く思われていないようだし、他の方から聞く方が良いかもしれない。



「私からの報告は、新しく三名ほど新人をスカウトできたってことくらいかしら。中々強情な御仁だったから私まで出張ることになったけど」


「ほう、クーヘンが直接出向いたのか」


「ええ。実力も魅力もトップである私が動くのが、一番効率よかったのよ」


「人事部って直接スカウトにも行ったりするんですか?」


「時と場合によるけどね。今回はちょっと大物だったから、コッチから出向いたの。基本は求人広告を出したり、応募者の採用不採用を判断するのがメインね。他にも、勤怠の管理やら教育なんかもあるんだけど、細かくなるから興味があったら直接聞きに来て頂戴。優しく教えてア・ゲ・ル♪」



 そう言って凄まじい色気を振りまいてくるクーヘンさん。

 もし一人で聞きに行ったりしたら、本当に食べられてしまいそうである。

 聞きに行くときは、サムソン辺りに一緒に付いてきてもらおう……



「教育の方はどうなっている?」


「変わりなしよ。ゴブリンやオークは勝手に増えるから、全部部下に教育を任せているわ。勤怠も問題無し。唯一あるとすれば、魔王様の残業が多いことくらいかしらね?」


「む……、面目ない……」



 魔王様、やはり残業してたのか……

 あれだけ山のような書類仕事があったら、そうなるよね……



「それでは最後にレブル」


「は、はい!」



 いよいよ僕の出番である。

 僕は準備しておいた羊皮紙を片手に、現在の状況について説明する。



「僕は現在、中立地域に対する冒険者達の侵攻状況についてまとめている最中です。その中でも直近で侵攻が予測される地域には、既に監視をしかけております」


「監視? それはどのように行っておるのじゃ?」


「これを見ていただければわかると思います」



 僕はワールドマップを起動し、中立エリアを表示する。



「この白いエリアは全て中立エリアとなりますが、黄色の枠で囲んでいる場所が監視エリアになっています。この監視エリアに冒険者が侵入すると警報が鳴る仕組みになっています」


「ほう! それは便利そうじゃ!」


「……その監視エリアとやらは、どういう基準で設定しているんだ? 何か根拠があるんだろうな?」



 シューさんが鋭い指摘をしてくる。

 これは事前に予測していたことなので、スムーズに受け答えることができた。



「実は、僕は人間からの転生者でして、前世の記憶を持っています。元々冒険者をやっていたこともあって、その辺の事情については詳しいんです」


「元人間じゃと? ワシの仲間ではないか!」



 ワラビーさんが嬉しそうな反応を示す。

 やはり、リッチなだけに彼は元人間のようである。



「元人間……。大丈夫なんだろうな? かつての情で手を抜くようなことがあっては……」


「大丈夫です、今の僕は魔族ですから。その証拠に、既に2つの冒険者パーティを壊滅させています」



 シューさんの心配はもっともだ。

 しかし、そういった疑いを持たれることも考慮して、予め実績は積んである。



「……なら構わんが、今後妙な様子を見せれば――」


「わかっています。そのときは、遠慮なく僕を処分してください」



 覚悟は最初からできている。

 だから僕は、シューさんの目を見て、真摯に訴えかけた。



「……チッ」



 シューさんは舌打ちをして視線を逸らす。

 一先ずは退いてくれるようであった。



「それで、この監視エリアについて、いくつか報告したい内容があります」



 僕はまず、現在最も監視が必要となる、『ラガック山脈』、『迷宮の森探索』、『サクライ平原』の説明を行うことにした。

 これらの地域に対する現在の冒険者達の進行状況、そして課題などに触れていく。



「『サクライ平原』は、ウチでも管理してない強力な魔物が住み着いているハズだが」


「はい。その場所は、恐らく冒険者達の間でデスゾーンと呼ばれている地域で、Aランク以上の冒険者でも滅多に足を踏み入れない地域になっています」


「であれば、放っておいても問題ないのではないか?」


「基本的には大丈夫かと思います。ただ、ここのマップ情報は既に冒険者側も把握しているため、攻略に乗り出す冒険者がいないとは限りません。そのため、デスゾーンへ続く道中に監視体制を敷いています」


「なるほど。では、引き続き監視を続けてくれ」


「はい。それから、『ラガック山脈』については先日僕と魔王様で冒険者パーティを一組撃退しています。ただ、こちらは壊滅には至りませんでしたので、冒険者側に警戒されている可能性が高いです」


「む……」


「あ、えっと、警戒されたこと自体は悪いことではありません。むしろ、暫くの間は冒険者達の足を止める結果になったと思います。ですので、アレはアレで効果的な対応だったと言えるでしょう」


「そ、そうか」


「はい。ただ、暫くして偵察隊などは組まれるハズです。そこで上手く対応すればかなりの牽制効果が見込めると思います」



 偵察隊には、時々ランダムエンカウントが発生するということを意識させればいいだろう。

 そうすれば、多くのパーティがあそこの攻略を躊躇うハズ。

 理由は単純で、ランダムエンカウントが冒険者のあいだで嫌われているからだ。



「『迷宮の森』はこちらを見ていただくとわかると思います。……ご覧の通り、この森はまだ半分も攻略されていない状態になっています。ですので早急な対応は必要ないでしょう。ただし、攻略状況は逐一把握しておく必要がありますので、ここも監視対象に設定しています」


「『迷宮の森』か……、懐かしいのう……」


「もしかして、ワラビーさんが人間だった頃からあったんですか?」


「そりゃもちろんじゃ。なんせ300年以上前からあるダンジョンじゃからな。流石に、まだ攻略されていないとは思わんかったがの。カッカッカ」



 300年て、そんなに歴史があったのかあのダンジョン……

 それで攻略されてないって、もしかして放置しても平気なんじゃないか?



「ふむ。監視が必要な3つのエリアについてはわかった。対応はレブルに任せるとしよう」


「ありがとうございます。それで、もう一件ご相談がありまして……」



 僕はいよいよ、本日のメインとなる課題について報告することにする。





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