第136話



「おっ、合格だ」



 編入試験の三日後、再びダルタニアン魔法学園へとやってきた秋雨は、合否が張り出されている掲示板へとやってきた。そこには、受験した多くの者が詰めかけており、そのほとんどが肩を落として帰っていく者ばかりであったが、彼はなんとかそうならずに済んだ。



 さらに掲示板には、今回の試験で合格した者は五日後から始まる新学期からの編入することになると記載されていた。



「……帰るか」



 合格したことを確認した秋雨は、そのまま踵を返して学園をあとにしようとした。だが、学園の門を潜ろうとしたところで、不意に声を掛けられてしまう。



「ヒビーノ君」


「あんたは、手続きの時にいた爺さん」


「ふぉふぉふぉふぉ、そういえば名乗っておらんかったのう。わしはバルバス・パウブ・ダンドルゲル。この学園の学園長をやっとるもんじゃ」


「それはご丁寧に。それで、ただ自己紹介をしにやってきたわけじゃないんだろ?」



 秋雨はバルバスの雰囲気に、どことなく目的があって近づいてきたことを感じ取っていた。しかも、かなり厄介なことだと彼の勘が警鐘を鳴らしている。



 ここから今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、こういったリスクがあることを承知で行動を起こした自覚はあるため、ここを乗り切るべく自ら話を切り出したのだ。



「話が早くて助かる。ちぃーとばかり試験についていろいろと確認せねばならぬことが起きての。ああ、お主が合格なのは間違いないから安心せぃ。詳しい話は、わしの部屋でするとしよう。ついてくるのじゃ」


「わかった」



 秋雨は、バルバスが編入試験についての何を聞きたいかというおおよその見当はついている。それは、実技試験で放った魔法だ。



(まあ、あれだけわかりやすく魔力を込めて撃てば、まあバレるわな。できれば、そのままスルーでお願いしたかったが……)



 自分に都合のいい希望的観測を口にする秋雨だったが、学園再度としてもそうはいかない事情というものがあることは理解できるため、彼は大人しくバルバスに付随する。



 ひと際大きな建物の最上階。豪奢な造りをした扉が開かれると、そこには数十人の職員の姿があった。



 その光景は物々しささえ感じられ、何やら鬼気迫る雰囲気が漂っていた。



「あれが例の少年」


「ヒビーノという名だったな」


「まだ成人したばかりの少年じゃないの」


「本当に彼が例の問題を解いたと」



 なにやら、職員たちがひそひそと話していたが、バルバスの「静粛に」という声で室内が静寂に包まれる。



「まあ、気を楽にしてそこにかけるのじゃ」


「はあ」



 バルバスのすすめるままに、来客用のソファに腰を下ろす。しかし、自分は座っているのに他の職員が視線を向けた状態で見下ろしてくる姿はなかなかに異様な光景である。



 そんな中、バルバスは一つ咳払いをして、話を始めた。



「まず、合格おめでとう。お主はこのダルタニアン魔法学園に入学する権利を得た」


「どうも」


「まさか、あんな物言いをする者が試験を突破するとは思わなんだ。まったく、世の中何があるかわからんもんじゃて」


「はあ」



 どことなく本題とはかけ離れた探り探りな言葉に、秋雨も曖昧な返事をする。しかし、痺れを切らした職員の一人がバルバスを指摘した。



「いい加減にしてください学園長。我々は彼と世間話をするために、ここに集まったわけではないのですよ」


「わかっておる。そう急くな。では、ヒビーノ君。早速で悪いのじゃが、本題に移らせてもらう。君はこれをどう思うかね? 見たままを教えてほしい」


「これは?」



 バルバスが渡してきたのは、一枚の紙切れだった。ただ、何も書かれていない真っ白なものではなく、そこには一つの魔法陣が書かれている。それを見た秋雨は、筆記試験のときにあった魔法陣を思い出し、率直な感想を述べる。



「こんなもの、魔法陣としての体裁を成していない。発動自体しないだろうな」


「……その根拠は?」


「まずここだ。魔法陣は魔力を注いで発動させなければならないが、その過程で注いだ魔力をストックしておくという記述をすることがある。ここにはその記述があるんだが、ストックしておく魔力量の指定が“ゼロ”になっている。その時点で後続の記述に魔力が届かず、魔力不足によって発動が無効化される」


「……」


「よしんば後続に魔力が届いたと仮定して、次の記述は“注いだ魔力を水属性に変換する”という記述が三つ連続で並んでいる。これでは無駄に魔力を消費するため、この三つの記述だけで、注いだ魔力すべてを使い切ってしまうだろうな」


「……」


「……最後に水属性に変換したあとの魔力を“二百度の温度で具現化させる”という記述になっているが、そんな高温では水は湯気になってしまって、実際に出現するのは白い湯気だけが出てくることになる。最初にあった記述の時点で発動することはないが、どのみちすべての工程が間違っているため、仮に最終的な記述に魔力が届いたところで、それは無駄な現象を引き起こすだけの無駄な魔法陣に成り下がるだろう。以上だ」



 ただただ秋雨の解説する声が部屋に響き渡る。そして、一通り解説が終わった次に出たのは彼に対する称賛の声であった。



「……素晴らしい!」


「おお、神は我らをお見捨てにならなかった!」


「これでようやく時代が動くぞ!!」


「静まれい! すまんのぅ、ヒビーノ君。いきなりこんな反応を見せられては、お主が困惑するのは当然じゃ。説明させてもらおう」



 そう言って、バルバスは秋雨に詳細を語って聞かせた。まず、魔法技術について最も発展しているのが詠唱魔法であり、最も発展していないのが無詠唱魔法であること。そして、その中でも魔法陣については、記述されている文字の解読すら満足に進んでおらず、まともに魔法陣を読み取ることすらできていないのが現状であるということもである。



「というわけでじゃ。お主が魔法陣を解読ということは、今まで止まっていた魔法技術が進歩するということでもなるというわけじゃよ」


(あっ、これ……やらかしたやつや)



 バルバスの説明を聞いて、秋雨は自分がとんでもない失態を犯したことに気づく。誰も解読できなかった謎をいとも簡単に解き明かし、それに加えてその解読方法を他者に伝え教えることができる人間がいきなり目の前に現れたということになる。



「ふーむ。ヒビーノ君。残念じゃが、お主の入学を認めることはできぬの」


「どういうことだ?」



 いきなりの入学不許可宣言に、秋雨の態度が険悪なものになる。だが、バルバスが続けて放った一言は、彼にとっては意外なものであった。



「お主の魔法の技術は、すでに教えられる立場ではなく、教える立場のレベルにまで到達しておる。そこでどうじゃろう? ダルタニアン魔法学園の生徒としてではなく、職員としてその手腕を振るってみないかね?」


「は?」



 それは、秋雨にとって予想していなかった言葉であった。まさか、学園に入学希望している人間を職員として雇い入れるなど、誰が予想できたであろう。



 バルバスの提案を聞いて、彼はしばらく頭の中で思案する。現状、秋雨自身の強さについては、実技試験で放った魔法が基準となっており、まだ詳細な実力については公にはなっていない。



 しかし、未解決の問題とされた魔法陣についての知識を披露してしまったことで、その有用性はバレてしまっている。それだけでも、すでに国外逃亡をする判断材料としては十分なものであるが、この国に来たばかりでそれを実行するのは今後のモチベーションが持たない気がした。



 幸いなことに、まだ貴族や王族などの権力者たちにはこの情報は出回っていない可能性が高く、そこさえクリアしてしまえば、あとはここにいる人間全員に箝口令を敷いてしまえば、ぎりぎり何とかなるのではないかと考えていた。



「いくつか質問する」


「なんじゃ」


「俺が魔法陣の知識を持っていると知っている人間は、今この場にいるやつだけか?」


「そうじゃ」


「なら、条件次第でこの学園に入っても構わない」


「ふむ、その条件とは?」



 秋雨はバルバスにいくつかの条件を提示した。その条件とは以下の四つである。




 ・生徒に対して授業は行わない。


 ・期限はこちらの目的が達成されるまでの間とし、臨時雇いの扱いとする。


 ・貴族や王族にその存在を知られた時点で、契約は即時終了とする(ただし、今この場にいる職員は除く)。


 ・魔法陣の解読法を知っていることを学園以外(生徒は含まれない)の人間に漏らさない。




 これ以上の情報流出を防ぐためには、できるだけ自分の情報を不特定多数の人間がいる場所で晒してしまうことは悪手となる。いつどこでそういった情報が漏洩するかわからない状況にある場合、関わりのない第三者との接触は可能な限り避けるべきだ。



 そして、必要以上に一定の期間その場に留まらないということも大事であるため、魔法の知識をある程度手に入れたら、秋雨はすぐにここからいなくなるつもりである。そのための期間限定での雇用ということにこだわった。



 三つ目と四つ目に関しては、最初に述べた第三者との接触による情報漏洩と同じ理由が含まれているが、彼ら権力者は秋雨が最も警戒すべき対象である。そのため、自分の情報が彼らに渡ってしまえば、最悪の場合連中の手の届かない場所へ逃亡する必要が出てくる。



「なるほどのぅ」


「その代わりといってはなんだが、俺が知り得る魔法陣に関する知識はこの学園に残していくつもりだ。まあ、交換条件ってやつだな」


「それは有難いのぅ」



 秋雨はバルバスの目的が魔法陣に関する知識であることを察知し、こちらの条件を呑みやすくするため、敢えて自分から魔法陣の知識を公開することを提案する。



 ちなみにだが、秋雨が一体どこで魔法陣の知識を手に入れたのかというと、当然【鑑定先生】である。【鑑定先生】は秋雨がサファロデからもらったチート能力“どんなものでも見透かしてしまう鑑定能力”であり、その情報の源となっているのは【全世界情報記憶概念機構(アカシックレコード)】だ。



 過去・現在・未来に起こった出来事のみならず、すべての世界のありとあらゆる知識を網羅している【鑑定先生】に知り得ない情報は皆無であり、それを使って魔法という項目を調べていたときに魔法陣についての存在を知ったのだ。



 何度も繰り返し魔法陣のことを調べていくうちに、この世界で魔法陣に関して権威といってもいいくらいの知識を収めるに至ったのである。



「それで? 俺の条件を呑むか?」


「いいじゃろう。お主の提示した条件をすべて呑む。その代わり、わしに魔法陣の知識を授けてくれ!!」


「学園長。本音が出てますよ?」


「“わし”ではなく“私たち”です」


「知識の独占は技術発展の大きな妨げですよ?」



 学園長の個人的な感情が駄々漏れたことを職員から指摘される一幕があったものの、ひとまずは魔法学園に職員という形で所属することになった秋雨。



 これから一体どんなことが待ち受けているのか、それは鑑定先生のみ知っていることなのかもしれない。



 それから、雇用に関しての詳細を話し合おうとしたが、職員たちから魔法に関することについて質問攻めにあってしまい、急遽質問会を開くことになってしまったのは言うまでもない。

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