第135話
「これより、編入試験に関する合否についての話し合いの場を設ける。まずは、試験中何か問題がなかったかの確認だ」
編入試験の翌日、試験を担当した職員たちと学園長が一堂に会し、合格者の選定のための会議が執り行われた。
まずは、試験について何かトラブルがなかったかの確認が行われた。
「第一グループ、百三十三名。筆記並びに実技共に問題ありませんでした」
「第二グループ、百三十四名。同じく問題ありません」
「第三グループ、百十三名。同じく」
「だ、第四グループ、百二十名。筆記は特に問題はなし。実技についてですが、一名審議が必要な受験生がおります」
「ほう。詳細を聞こう」
今回、編入試験を受けた人間の総数は、ちょうどきりよく五百名だった。それを四つのグループに分けて、筆記と実技の二つを受験させたのだが、四つ目のグループで問題が発生したという報告が上がってきた。
そう報告してきたのは、第四グループで魔法の実技を担当していたアリマリという女性だった。魔法学を専攻しているダルタニアン魔法学園の職員の一人である。
「実技試験において、ヒビーノという名の受験生が使った魔法に異常性が認められました。内在する魔力量が尋常ではなく、その威力は第四訓練場を全壊させるほどの威力を有していました」
「馬鹿な! 相手はただの受験生ではないのか?」
「訓練場を全壊させる威力となると、高位の範囲魔法レベルに匹敵する。その受験生は、エルフではないのか?」
「姿を偽装する魔法や魔道具の類を使っている痕跡はありませんでした。見た目も普通の人間と同じでしたので、エルフなどの魔法に長けた種族である可能性は低いかと……」
「魔道具を使って魔法を放った可能性は?」
「それならば、私が気づくはずです。それに魔力の流れから推測するに、あれは間違いなく本人の魔力を練って放たれた魔法であることは確実です」
アリマリの報告によってもたらされた事実に、その場は騒然となる。職員たちの指摘に一つ一つ反論することで、彼女は残りうる可能性を狭めていった。
そして、最終的な結論として学園長が結論を口にする。
「では、アリマリ先生はその受験生の放った魔法が訓練場を全壊させるほどの威力をもった高位のもので、魔道具によるものでもなく、受験生本人の実力だと言いたいのじゃな?」
「状況的には、そうとしか考えられません」
「学園長どういうことなのでしょう?」
「ふーむ、おそらくはその者の意思による魔力制御が働いた結果じゃろう」
「魔力制御ですか?」
「あまり知られておらぬ事なのじゃがな……」
学園長はそう言って、魔力制御による魔法に込めた魔力に反して、威力を自在に変化させることの可能性について言及した。職員の中には、そういったものの存在があったことを知らなかった者もおり、学園長の言葉に目から鱗が落ちた職員が続出した。
「では、その受験生が通常よりも魔力を込めた攻撃魔法を放ち、魔力制御を駆使して威力を抑えたということですか?」
「そういうことじゃな」
「意図がわかりません。どうしてそのような回りくどいことを?」
「魔力制御を用いた魔法の特異性に気づく可能性があるのは、ある程度魔法の知識がある人間かかなりの実力者だけじゃ。試験の最中という状況の中で、その特異性に気づく人間がいるとすれば、試験官をしていたアリマリ先生となる。おそらくは目立ちたくなかったのじゃろう。しかし、試験において良い成績を収めるためには、必然的に目立つことになってしまう。そこで試験官にだけわかるような細工を施した魔法を使うことで、試験官には高評価を得られ、それ以外の者にはごくごく平凡な魔法にしか見えないという隠蔽工作を行ったというわけじゃな」
「な、なるほど」
学園長の考察に一同が納得する。それだけ彼の言葉には説得力があり、魔法的なアプローチから件の受験生の心情にまで辿り着くその手腕は、組織のトップに立つ人間だと言わざるを得ない。これこそまさに、年の功といったところであろう。
しかし、そう、しかしである。その場にいた全員が、学園長の言葉を聞いた次の瞬間にとある疑問が浮かんだ。
「それで学園長。この受験生はいかがいたしますか?」
「うーむ、そうじゃのう。とりあえずは筆記試験の結果も見てみるとしようかの」
ある職員が学園長に件の受験生の合否について問い掛けた。内容的には不正を行ったわけではないのだが、あまりに特殊なケースであるため、いち職員では判断がつかなかったのだ。
その問いに、学園長は顎髭を撫でつけながら、もう一つの合否を決定づける判断材料となる筆記試験の結果について見ることになった。
「トリラベル先生、例の受験生の答案用紙を」
「こちらです」
学園長がトリラベルと呼ぶ男性職員に、件の受験生の筆記試験の答案用紙を要求する。それを言われたトリラベルは、迷うことなく数百枚ある答案用紙の中から見つけ出し、学園長へと手渡した。
「ほう、かなりの高得点じゃのう。七十六点じゃ。トリラベル先生、今回の筆記試験の平均点は何点じゃったかのう?」
「六十二点です。学園長」
「ということはじゃ。このヒビーノという受験生は、合格の基準を十分に満たしておる……ということになるのう。今回編入試験を受けた受験生の総数は、ちょうど五百人。その中で合格者は五人ということなのじゃが。どうじゃろう? このヒビーノ君は合格……ということでよいのではないかのう」
そう言って、学園長は職員たちを見まわし意見を求める。それは反対意見があれば聞くという意思の表れであり、すでに彼の中では件の受験生の合格は決定しているようだ。
「私は良いと思います。個人的にはあの魔法のからくりを聞いてみたいところですし、なにより優秀な人間こそダルタニアン魔法学園には相応しい人材かと」
「他の意見は?」
実技を担当したアリマリが賛成を表明したのを皮切りに他の職員からも反対意見は出なかった。
「では、このヒビーノ君は合格決定ということで、他の受験生に関してはどうじゃろうか? ……(チラッ) ……んんー!?」
次の合格者を決めるべく話が移ろうとしたそのとき、学園長の視線がある場所へ注がれた瞬間、素っ頓狂な声が響き渡る。何事かと職員が困惑する中、先ほどまで手に持っていた件の受験生の解答用紙を丁寧に折りたたみ懐へと仕舞い込んだあと、何もなかったかのように取り繕い始めた。
「コホン、すまぬなんでもない。では次の合格者を――」
「お待ちください。学園長、説明していただけますかな?」
「……何のことじゃ?」
「とぼけないでいただきたい。“魔法狂い”と言われたあなたがそれほど狼狽えることなど、魔法に関係すること意外あり得ない。あなたが懐に入れたそれは、例の受験生の答案用紙とお見受けしたが?」
「……」
「学園長。我々は日夜魔法技術の発展を願って研鑽を詰んでおります。その中で有益な情報を共有することで、見えてこなかったものが見えてくる場合もある。魔法関連に興味があるのはあなただけではないのですよ?」
「くっ、わかったわいっ!」
まるで子供が観念したかのように、懐にしまっていた解答用紙をテーブルに叩きつけた。そんな幼稚な行動を気にすることもなく、職員たちは学園長が隠した紙切れに意識を向ける。
そこには、一般的な設問に回答する記述がされており、不審な点は一切ない。それだけ見ればただの解答用紙なのだが、あの“魔法狂い”と称される学園長がこのような言動を取るからには何もないはずがないと、職員たちは目を皿のようにして紙に書かれた内容を確認していく。そして、ついに職員たちは学園長が取った行動に関係する記述に辿り着く。
「こ、これは」
「なるほど、学園長がこれを懐にしまいたくなるのも頷ける」
「だが、技術の秘匿はよくないですな。特にこの分野の技術発展は大きく遅れている。それを秘匿するなど、我々はおろかすべての魔法に携わる者に対する冒涜だ」
職員たちの目に映ったのは、今回行われた筆記試験の最終問題である魔法陣に関するものであった。
現在、この世界において魔法の発展度合いとしては、詠唱魔法が最も進んでおり、最も遅れているのが無詠唱魔法である。そして、その無詠唱魔法の次に遅れているとされる分野がある。お察しの通り、魔法陣に関する技術である。
この世界では魔道具という特殊な道具が存在している。だが、そのほとんどがダンジョンから手に入るものばかりであり、人工的に作られた魔道具というものはほとんど存在していない。
理由としては、魔法陣に記述されている文字列の解読が難航しており、適切な記述で魔法陣を構築することができていないためであった。
そもそも魔法陣とは、特定の文字で記述する魔法の発動及び効果をもたらすものを、図形化あるいは文字によって具現化されたものとされており、ある意味では詠唱の必要がない魔法という捉え方をされている。
魔法陣を極めることができれば、構築する手間があるものの、詠唱なしで魔法を行使することが可能と言われており、魔法技術の中で最も難しいとされる無詠唱への足掛かりになると言われているのだ。
そして、ダルタニアン魔法学園では、毎年魔法陣に関する問題を最終問題として出題しているのだが、これは解くことができる問題として記載しているものではない。
地球で言うところの長年解決できていない数学の超難解な未解決問題の証明と同じレベルのものであり、間違っていてもいいから回答者の考察と見解を確認するための問題でもあったのだ。
それが証拠に、その問題では魔法陣に関する何かしらの意見が記載されていれば、内容の正否に関係なく配点がもらえるようになっているという言うなればサービス問題なのである。
では、それを踏まえて件の受験生の解答用紙には一体どのような内容が記載されていたのかというと。詳細な魔法陣の読み取りが行われたであろうメモ書き的な記載があった。
「なるほど、この部分はこういう解釈だったのか」
「同じ内容が記載されていることで消費する魔力が倍になると……ふむふむ」
「魔力を断ち切る記述によって、後続に魔力が行きわたらないですって……」
「そして、最終的な見解が“記述がめちゃくちゃだから発動自体しない”と……」
内容を確認し終わった職員たちは、揃って学園長に非難の視線を向けた。魔法陣に関する技術が遅れていることは世界的な周知の事実であり、当然大陸随一とされる魔法学園の学園長が知らないはずはない。
だというのに、その足掛かりとなる可能性があるものを懐に仕舞い込み、技術の独占をしようとしたのだ。魔法技術の発展に心血を注ぐ者たちにとって、これほどの裏切り行為はないだろう。
「学園長、あなたという人は……」
「か、勘違いをするでない! まずはわし自らこの内容について精査し、あとでしっかりと共有するつもりじゃったわい!!」
「それとこれとは話が違います。我々があなたを非難しているのは、これをあなただけが得た情報として、一時的にも独占しようとしたことについてです」
「くっ」
しばらく針の筵状態だったが、職員たちも自分が学園長の立場であったら同じことをしてしまうかもしれないという思いが少なからずあったため、それ以上の追及は飛んでこなかった。
「それよりも、この内容は正しいのでしょうか?」
「うーん、そこが問題だ」
「これが正しいと仮定した場合、どうやってそれを証明するかですね」
もはや学園長のことなどそっちのけで、本来の目的であった編入試験の合格者を決めることも忘れ、職員たちの間で議論が交わされる。抜け駆けをしようとした学園長が取り残される中、日が暮れるまでそれは続いた。
こうして、たった一人の受験生がもたらした情報を巡って、ダルタニアン魔法学園に新たな議論の火種が植えつけられることになってしまった。果たして、件の受験生はこの先平穏無事な日々を送ることができるのだろうか?
余談だが、議論の途中で本来の目的に気づいた職員たちは、成績がいい方から順番ですぐに合格者を決定した。そして、そのきっかけを作ったのは、のけ者にされた学園長だったことは言うまでもない。
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