第133話



「ダルタニアン魔法学園の編入試験を受験される方は、こちらでーす!」



 衝撃のカツサンド事件から二日後、予定していた通り魔法学園の編入試験が始まった。学園に行くと、門にいた兵士に案内され、秋雨は編入試験の受付へと向かう。



 そこには、彼の編入試験の手続きを行った女性職員がおり、彼が本当に試験を受けにやってきたことで目を見開いたが、すぐに元の表情に戻り、職務をこなし始める。



「必要書類をこちらにお出しください」


「ん」


「……はい、確認しました。では、この受験票を持ってこちらの廊下を真っすぐ進んだ先に案内の者が立っておりますので、その人の指示に従って移動してください」


「わかった」


「まさか、本当に受けにくるなんて……まあ、合格は無理でしょうけど」



 秋雨に聞こえない音量で呟かれたその声は、誰にも聞かれることはなかったが、職員がそう思うのも無理はない。魔法を学ぶ機関で最高峰と言われたダルタニアン魔法学園は、名門中の名門であり、毎年数千人、多いときでは万を超える魔法に心得のある受験生が集ってくる。



 今回の編入試験だけでも数百人が受験しており、その合格できる枠も数枠しかなく、倍率は数十倍という狭き門であった。



 そんな由緒正しき名門のダルタニアン魔法学園に、あんな物言いをするような人間が合格できるとは到底思えなかったのである。



「この先をずっと真っすぐ行った突き当りの建物に入れ」



 そうぶっきらぼうに言われた秋雨であったが、特に気にすることなく指示された通り突き当りの建物へと入る。そこは大学の講堂のように固定された机と椅子がまるで傾斜のある坂道のように設置されており、その中央は教壇のみが置かれている。



 普段は座学の授業か何かを行う場所のらしいが、現在は今日編入試験を受けに来た人間が使用する受験会場となっていた。



「おはようございます。受付でもらった受験票を出して下さい。……ヒビーノ君、ですね。上から四番目中央の席に座ってください」



 建物内にいた職員に受付でもらった受験票を見せ、言われた席へと向かう。講堂内には一列ごとに三人掛けの席が五つ設置されており、それが合計八列置かれている。つまり最大百二十人の人間が座ることが可能だ。



 すでに秋雨が座ろうとしていた席には、二人着席しており、一人は参考書のような本を噛り付くように読む若い男であり、もう一人は澄ました顔でふてぶてしく試験が始まるのを今か今かと待つ若い女性だった。



 見た目的には、秋雨と同世代の十四歳から十六歳くらいの年頃の少年少女であり、フレッシュな雰囲気が漂ってくる。



「なによ?」


「いや、別に」


「ふんっ」


「ここがこうなって、ああなって。ああ、ダメだ。覚えらんないよぉー」



 秋雨が視線を向けると、少女はそのふてぶてしい雰囲気のまま問い掛けてくるが、彼としては別段彼女にようはないため、なんでもないと返事をする。一方で焦った表情の少年はといえば、今も本の内容を覚えようと何かぶつぶつと言いながら時折頭を乱暴にかき乱しており、明らかに勉強不足を痛感している様子だ。



 そんな二人を尻目に、秋雨は指定された席へと座る。その間にも講堂に入ってくる受験生が職員の指示に従って着席していき、彼が行動にやってきて十数分後にはすべての席が埋まった。



 そして、しばらくして講堂内に職員の声が響き渡る。



「注目! ただいまより、編入試験を執り行う。まずは筆記試験を受けてもらい、それに続いて実技試験を行ったのち、規定のレベルにまで達した者に最終試験の面接を受けてもらう。これから筆記試験の答案用紙を配るので、大人しく待つように」



 そう言いながら、いつの間にか教壇の上に出現した用紙がまるで意志を持ったかのように受験生一人一人に配られていく、よく見ると先ほどまで話していた職員が杖を手にしており、それを振りかざしている。どうやら彼が魔法で用紙を配っているようだ。



「用紙は行き渡ったな。では、この数字がゼロになるまでを試験時間とする。試験に必要のないものはすぐに仕舞うように。言っておくが、不正行為を働いたものは即時失格とし、ダルタニアン魔法学園の受験資格も永遠に剥奪されるから不正をしないように」



 そう職員が説明すると、受験生たちは全員読んでいた本やらを仕舞い筆記用具を取り出す。秋雨もそれに倣い、受験前に購入した羽ペンとインクの入ったテニスボールくらいの小さな壺を用意する。



 受験であれば鉛筆やシャープペンシルといったところなのだろうが、ここは異世界でありファンタジーな場所なのだ。そんな高性能な筆記用具など存在していない。羽ペンとインクが精々なのである。



 そして、職員が再び杖を振るうと受験生全員が見える位置に炎でできた数字の100が出現する。おそらく残り分数を表しているのだと秋雨は当たりをつける。



「出題数は全部で百問だ。では、試験……始め!」



 職員が宣言すると、数字の100が99に減少した。どうやら、試験時間は百分であっていたようだ。



(なになに【現在の魔陽歴が何年かを答えよ】か……魔陽歴868年と)



 秋雨は今までこの世界にやってきて、元の世界における太陽暦のような暦の呼び方が存在することを最近まで知らず、試験勉強の時に初めて知った。



 この世界は、現在【魔陽歴】という暦で呼ばれており、今年で八百六十八年となっている。魔陽歴が始まる以前は【魔陰歴】という呼ばれ方をしていたらしく、地球で言うところの紀元前のようなものだ。



 ちなみにだが、勉強法は編入試験の手続きを行った際に手続きの書類に同封されていた通知書の中に試験内容の大まかな概要が記載されていて、それを参考にして勉強を行った。



 具体的には、どうやら魔法学園以前に十歳から十二歳になると一般的な教養を身に着けるための学校に通うらしく、出題内容はその学校で習った内容に即したものであった。



 つまり試験内容としては【国語】・【数学】・【歴史】・【魔法】の四項目が主な出題内容となっている。



 小難しい書き方だが、要は文字の読み書きができるか、数の計算ができるか、歴史についての知識があるか、魔法についてどの程度知っているかということを見るための試験ということだ。



(【現在の魔陽歴から約千年前に実在したとされる【天災の魔女】という異名で世界を混乱に陥れたとされる魔女の名前を答えよ】か。これって、あいつじゃね?)



 まさか、自分が直接対決した相手のことが問題に出てくるとは思わず、試験中にもかかわらず目を丸くする秋雨であったが、勉強する以前に自分の知っていたことが出たことで、ラッキーだと思い特に気にしないことにした。



 それから、詰まることなく設問に答えていく秋雨。出題されているのは、精々が小学校程度の読み書きと数学とも言えない算数とも言うべき簡単な計算であったため、特に問題はなかった。



 だが、慎重派の秋雨はここで全問正解や高得点をたたき出してしまうのは目立ってしまうと考え、正答率の低そうな問題を選び七割五分程度の正答率になるよう虫食いにして回答した。



(これで最後の問題か。なに【この魔法陣が発動するとすれば、どのような現象を引き起こす可能性があるか。自身の考察を交えて答えよ】ね。どれどれ)



 最後の問題は、確かにファンタジーにおあつらえな幾何学模様が描かれた魔法陣が記載されている。だが、秋雨はすぐにその魔法陣が発動しないことを読み取った。



(なんじゃこれ? 現象を引き起こすも何もあったもんじゃない。この部分は同じ記述がダブっているし、こっちに至っては魔力をシャットダウンさせる記述になってるから、後続の記述に魔力そのものが伝達されない。こんなの発動するわけがない)



 そう結論付けた秋雨は短くこう答えた。“記述がめちゃくちゃだから発動自体しない”と……。



 すべての問題を解き終わった秋雨は、二、三度見返しをして大体百点満点中七十五点ほどになるように調節をした。



(これなら、合格点に到達してるだろう。まあ、到達してなくとも実技の方で補えば何とかなるレベルにはなってるはずだ)



 あの日本最高峰の大学である東京大学も、正答率が六割五分ほどあれば合格できるとされている。であるならば、七割五分ほど取っておけば最低でも及第点くらいにはなると秋雨は考えたのである。



 すべての問題を回答するのに半分の時間もかからなかったため、見直しが終わったあと、秋雨はボーっとして過ごした。途中見回りで巡回していた職員に怪訝な表情をされたが、あくまでも試験の解答については受験生に一任されているため、怪訝には思われたがそれを理由に何か言われることはなかったのであった。



「そこまで! 問題の回答を止めよ」



 職員の魔法によって出現していた炎の数字がゼロになったタイミングで、職員がその場にいた受験生全員に聞こえるくらいの声を上げる。そして、再び杖を振るって解答用紙を回収すると、受験生たちに次の実技について説明をし始めた。



「次は実技の試験を執り行う。ここにいる者全員、係の案内に従って【第四訓練場】にまで速やかに移動しろ」



 そう言って、試験の監督を担当していた職員はその場を去って行った。そして、その言葉の通り次の試験会場まで案内をしてくれる人間がすぐに受験生たちに声をかけたため、秋雨はその人間に従って次の試験会場まで移動した。

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