第115話



「いらっしゃいやせ――おや、あなた様は」



 夜が明けると、秋雨はその足でレイヴ奴隷商会へと向かった。目的は、自分に幻術をかけた相手を調べることであり、その手がかりとなるエリスを訪ねることだ。



 昨日見た幻術は、エリスの姿に酷似した存在であり、彼女と何か関わりがあると秋雨は考えた。そこで、今一度彼女を調べることにしたのである。



「エリスに会わせてもらえますか?」


「かしこまりやした。こちらへ」



 案内に従い、応接室へと通される。そこには簡素なテーブルとソファーが置かれており、特に貴重品などは置かれていない。



 しばらく、待っているとエリスが姿を現す。逃げられないようにするためなのか、念のために両腕に手枷をはめられており、秋雨としては少々痛々しい気分になる。



 奴隷制度のなかった日本の価値観を持つ彼からすれば、奴隷という存在自体が嫌悪感を抱くものであり、あまり好ましいものではなかった。



 異世界ファンタジーでは、艶めかしい女奴隷を買ってキャッキャウフフなイチャコラ展開がよく散見されるが、そういったのは読者を楽しませるためのエッセンスの一つでしかなく、現実にある話ではない。



 もちろん、現実でもそういったことを望む人間はいるが、少なくとも秋雨はそういった奴隷を買うという行為はしたくないと考えていた。



(まあ、奴隷の夜伽には興味ありありだけどな)



 奴隷自体に忌避感はあるものの、毎夜奴隷が行ってくれる大人の奉仕活動には興味津々で、そのうちそれを目的として奴隷を買いそうな勢いだ。



 彼の自制心がいつまでもつのかはさておいて、秋雨はエリスにいろいろと質問を投げ掛ける。ちなみに、彼女は奴隷であるため、ソファーには座らず立ったままである。



「いくつか聞きたいことがあるので、答えられる範囲で答えてくれますか?」


「はい、わかりました」


「あなたが奴隷になった経緯を教えてもらえませんか? そちらの方の話では、以前は別の街の奴隷商会にいたとか」


「……その通りです。ですが、実を言いますと私にもよくわかっていないのです」


「というと?」



 そこから詳しい話を聞いたところ、気づいたときにはすでに自分は奴隷として生きており、それ以前にどうやって生きてきたのか、両親は誰でどこの国の生まれなのかすらわからないということらしい。



「唯一わかっていることといえば、名前がエリスということと、夜伽が得意ということだけでした」


「……ああ、そう、ですか(夜伽の情報は余計だな)」



 確かに、以前彼女を鑑定したところ房中術と性豪というスキルを持っていたことが確認されている。この二つは、主に夜のアレコレに関するスキルであるため、エリスがそういったプレイに関してテクニシャンであるということは想像に難くない。



 だが、それを今ここで言う必要はまったくといっていいほどなく、聞いたところでどうすればいいんだという答えしか返すことしかできない内容だった。



「目が見えなくなったのは最近ですよね?」


「は、はい」


「原因はなんです?」


「前のご主人様が行商人をやっておりまして、その手伝いのため街道を馬車で進んでいたとき、モンスターに襲われたのです。そのとき、たまたま護衛の方が斬ったモンスターの返り血を目に受けてしまいまして……それから目が見えなくなってしまったのです」


「なるほど、それは災難でしたね」



 モンスターの血は人間の血とは異なり、人体に有害な物質が含まれていることが多い。そのため、それを目に直接受けてしまうと失明することは避けられない。



 運が悪いことに、たまたま護衛がモンスターを斬りつけた際、勢いよく飛び散った血が目に入り、それが原因で目が見えなくなってしまったということらしい。



 もともと、夜伽以外には荷物運びや家事などの雑用をやらされていたエリスだったが、目が見えなくなってからは夜の相手以外のことは何もできなくなってしまい、結局役立たずの烙印を押され、捨てられることになってしまったのである。



 さて、いろいろとエリスから話を聞いている秋雨であるが、そんなことが聞きたいわけではない。最終的に秋雨はエリスから聞いた話のほとんどを覚えていないだろう。彼の頭の片隅に残るのは、彼女が夜伽が得意というどうでもいい情報のみであることは想像に難くない。



 では、彼の本来の目的とは一体何なのか。端的に言えば、何故エリスの魔法の才能が封印されているかということである。



 彼が今一度エリスに会うと決意した理由は、自分に幻術をかけた犯人を特定することだ。そして、自分に幻術をかけた相手がエリスではないかと彼は疑っている。



 秋雨がエリスを疑っている要因の一つとして、彼が見せられた幻術の姿が彼女に酷似していた点である。そのため、さらに詳しい情報を得るべく、再び奴隷商会を訪れたわけである。



(よし、そろそろいいだろう。てことで【鑑定先生】よろしく)



 前回彼女を鑑定した際、そこまで詳細な部分を調べることを怠ってしまった。だが、今回は封印されている部分のさらに深いところを探らなければならないため、その点を重視して鑑定先生に調べてもらった。すると、返ってきた結果に秋雨は目を丸くする。




 名前:エリス(天災の魔女ペンドリクス)


 年齢:20


 職業:奴隷(魔導士)


 ステータス:



 レベル1(88)



 体力 22(封印中 289344)


 魔力 5(封印中 367323)


 筋力 4(封印中 16342)


 持久力 3(封印中 11456)


 素早さ 5(封印中 13555)


 賢さ 12(封印中 24666)


 精神力 20(封印中 27841)


 運 2(封印中 18462)



 スキル:房中術Lv2 性豪Lv2、家事Lv2、料理Lv1、


封印中のため使用不可(身体制御Lv4、格闘術Lv3、隠蔽Lv5、


炎魔法Lv6、氷魔法Lv6、水魔法Lv6、雷魔法Lv6、風魔法Lv6、


土魔法Lv6、闇魔法Lv5、光魔法Lv5、精神魔法Lv4、生活魔法Lv7)





(Oh……これは、もしかして。エリス自身の中にこの天災の魔女とかいうやつが封印されているってことか? そして、最初に鑑定して出てきた結果が中途半端だったのは、天災の魔女が持っている隠蔽スキルが働いたってところだろうな)



 あまりの結果に、秋雨は内心で苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。やはりというべきか、彼の勘は正しかったようで、エリスの中には【天災の魔女ペンドリクス】という明らかに面倒なことを仕出かしそうな名前の人物が封印されていた。



 とある異世界ファンタジーものの小説の中に、人間の瞳に封印され続けてきた魔王がおり、封印を解くことができる力を持った人間が現れるまで虎視眈々と潜伏していたという話が出てくる。



 今回の一件もそれに近い状態であり、エリスの中には天災の魔女が封印されており、その封印が解かれるのを今か今かと待っている状態のようだ。



(あの魔王は瞳の中に封印されていた設定だったが、エリスの目が見えなくなったのは最近らしいから、魔女が封印されているのは彼女の身体の中ということになるな)



 秋雨は、エリスと店員の二人に気づかれないよう、彼女の身体の周囲を結界で覆い封印を強化してみることにした。だが、そう簡単に事を進めてくれさせそうな相手ではないようで、すぐに抵抗され彼の結界が弾かれてしまう。



(くそ、抵抗しやがった。どうやら、俺に幻術をかけたのはエリスの中にいる魔女でほぼ間違いあるまい。精神魔法がレベル4だし、これほど精神魔法の使い手なんてなかなかいないだろうからな)



 自分の結界が弾かれたことに歯噛みしながらも、秋雨はその結果に確信を強める。彼に幻術をかけた存在はエリスの中にいる魔女であり、その目的は言わずもがな自身にかけられた封印を解くことである。



「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもないです。話はわかりました。また聞きたいことがあれば、こちらに来ますのでそのときはよろしくお願いします。今日はありがとうございました」



 そう言うと、秋雨は店員にいくらかの金を支払い、そうそうにその場をあとにする。



 エリスの中にいる禍々しい気配が強くなっており、秋雨の使った結界を見て警戒させてしまったようだ。



(とにかく、今は情報がほしい。図書館で調べてみるか)



 現状、天災の魔女に関する情報が乏しく、どういった経緯でエリスの中に封印されているのかがわからない以上、下手に動いて封印が解けるということもある。そのため、秋雨は一度天災の魔女に関する情報を得るため、図書館へと赴くことにした。

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