第77話



 ラビラタの冒険者ギルドには、グリムファームのように西部劇に出てくるような両開きのスイングドアは設置されておらず、扉自体が設置されていない。そのため、彼はあの第三者視点から見てかなりシュールな光景となる匍匐前進でのギルド入場を行わなくて済んだ。



「ふぁー」



 いかなる問題にも対処できるよう基本的に冒険者ギルドは二十四時間営業となっており、夜番の受付嬢が欠伸を噛み殺しながら業務に従事している。



 秋雨はそんな受付嬢に呆れながらも、受付カウンターへと近づいていく。ちなみに、すでに冒険者たちは酔いつぶれており、併設されている酒場には死屍累々の如く彼らが死体のように転がっていた。



 秋雨に気付いた受付嬢が少し目を見開いて驚きながらも、佇まいを直して彼に対応する。年の頃は十代後半のまだ少女の面影を残しながらも、大人の女性としての色香を放っており、緑色の長い髪を後ろで結わえたポニーテールに神秘的な青い瞳を持っている。



 ブラウスに包まれた服の下には、魅力的なダイナマイトボディが隠れており、まるで「ここは狭いから出しておくれ」と主張するかのように二つの双丘が服を押し上げていた。



「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」


「冒険者登録をしたい。頼めるだろうか」


「了解しました。では、こちらの書類に必要事項をご記入ください」



 そう言って、秋雨は出された書類に自身の情報を記入していく。だが、彼の行動を見ている人間からすれば「なぜ再び冒険者登録をするのか?」と思えるだろう。その理由としては、彼の今まで取ってきた行動に起因している。



 今まで秋雨は己の持つルールに従ってこの世界で行動してきた。そのルールとは以下の五つである。




 1、注意すべき五つの存在に会ってはいけない


 2、元の世界の道具を作ったり売ったり使ったりしてはいけない


 3、元の世界にあった料理を異世界の人間に食べさせてはいけない


 4、自分の実力を知られてはいけない


 5、何をするにも、黒幕が自分だと気付かれてはいけない




 以前にも言った通り、このルールのもとで彼は今まで行動してきた。だからこそ、余計な面倒ごとを避けてこられた自負があり、いろいろあったが、今も面倒ごととして抱えている目先の問題は、のちに起こるであろう魔族との対決のみとなっている。



 だからこそ、彼はグリムファームから拠点をダンジョンのあるラビラタに移し、自身のレベルアップを図るべく、今も行動しているのだ。



 ちなみに、ルール1の五つの存在とは、ヒロイン・大商人・ギルドマスター・貴族・王族である。



 大抵の場合、この五つの存在が面倒ごとを持ち込んでくる人間であり、できれば関わり合いになりたくない存在ベスト5といっても過言ではない。



 だが、秋雨はすでにこの中のヒロイン・大商人・ギルドマスター・貴族と邂逅しており、その時いろいろと面倒なことに巻き込まれたと感じていた。



 だからこそ、新たに拠点を移した今回は慎重に行動しなければならないと考えていたのだ。



 それと同時にいつ襲ってくるかわからない魔族に対抗するべく、自身のレベルアップも図らなければならないため、彼に課せられたミッションはそこそこ難易度が高かったりする。



「それでは、こちらがギルドカードになります。紛失されると――」


「再発行に銀貨五枚かかるんだろ?」


「よくご存じで」


(あ、しまった)



 以前聞いていた情報だったため、つい口に出してしまった秋雨。これはその情報を知っているということを相手に教えているようなもので、完全な悪手である。



 しかしながら、冒険者を目指す人間……特に若者であればそういったことを事前に誰かから教えてもらっているだろうということと、そういった情報は特に秘匿されていないということで、受付嬢がそのことについて追及してくることはなかった。



「ダンジョンに潜るにはどうすればいい?」



 ここで話題転換のため、本来この街にやってきた目的でもあるダンジョンについて聞いてみることにした。



「ダンジョンに入るには、【入場許可証】というものが必要です。登録したばかりの冒険者には【仮入場許可証】というものが発行され、入場できる階層に制限が設けられますが、一応新人でもダンジョンに入ることができます」


「なら、その許可証をくれ」


「かしこまりました。少々お待ちください」



 そう言って、受付嬢は一枚の紙を取り出しそこに何やら記入している。どうやら自分の名前らしく、そこには可愛らしい丸文字で“シェリル”と記入されていた。



「こちらが仮入場許可証となります。ラビラタのダンジョンは全部で三十階層ありまして、こちらの許可証があれば三階層まででしたら入場が可能となります」


「わかった。じゃあこれで失礼する」


「あ、お待ちください」



 受付嬢の説明を聞きつつ、秋雨は仮入場許可証をもらい受ける。それから、用が済んだためそのままギルドを後にしようとしたところ、急に呼び止められてしまった。



(やべ、二重登録がバレたか?)



 一瞬そんなことが頭をよぎる秋雨であったが、今のこの状況で彼が二重登録をしているなどと思うはずもなく、彼の予想と反して受付嬢は自己紹介をした。



「申し遅れましたが、私はこのギルドの職員をしておりますシェリルと申します。以後お見知りおきを」


「わかった」



 早くその場を離れたかった秋雨はそう短く口にすると、できるだけ平静を装いつつ改めてギルドを後にする。誰もいないことを確認したところで転移魔法を使い宿へと帰還した。



「ふう、焦ったぜ」



 宿に戻ってきた秋雨は額の汗を拭う仕草を取りつつそんなことを呟く、そして手に持っていたギルドカードを改めて確認する。




【名前】:アキーサ


【年齢】:15歳


【使用する武器】:剣


【特技】:魔法(炎)


【ランク】:G


【クエスト達成数】なし


【現在受注しているクエスト】:なし




 今回新たに冒険者登録を行った秋雨は、すでに知られている自身の本名ではなく、偽名を使うことにした。理由はなんとなく察せるだろうが、すでにグリムファームの冒険者ギルドのギルドマスターであるレブロに目をつけられてしまっている以上、このまま本名を使い続けることは、自分の実力を知られるきっかけとなってしまうからである。



 ギルドは国内に点在する街や都市にそれぞれ存在しており、当然ギルド同士の横のつながりというものがある。その中の一つのギルドの長に目をつけられてしまったということは、その情報が未だ訪れていないギルドにも伝わる可能性は十分に考えられるのだ。



 であるからして、先手を打つ形で秋雨は今まで使用していたギルドカードをなかったことにし、新たにラビラタの冒険者ギルドで冒険者登録を行ったというわけである。



 今回は以前指摘された複数の魔法を使える人間が珍しいということで、自己申告として炎の魔法のみ使用できるということにしてある。



 それでも【シングルソーサラー】という肩書がついてしまうが、魔法使いが秋雨の魔力を感知すれば、一発で魔法を使える人間だとバレてしまう可能性を考慮してのことだ。



「とりあえず、ダンジョンに入る許可証は手に入った。街の散策も行いたいが、明日……いや、もう今日か。明るくなるまで少し仮眠を取ったら、ダンジョンに行くとしよう。それにしても……あのシェリルとかいう受付嬢。いいものを持っていたな。いずれ揉んでみたいものだ」



 ひとまずの方針が決まった秋雨は、今日出会ったシェリルのとある体の一部分に思いを馳せながら再びベッドに横になると、しばらく目を閉じて再び眠りに就いた。

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