第72話
「……」
夢から覚めたように、自分の意識が浮上する感覚を秋雨は覚える。自分が今ままで何をしていたのか必死に記憶を手繰り寄せていくと、とある忌まわしき内容が思い出される。
(うぇー、今思い出しても最悪だ。まさにあれは、悪夢以外の何物でもない)
自身が体験したことを思い出し、僅かに眠気を感じつつもそのあまりの不快感に秋雨は思わず顔を歪ませる。
あのあとサファロデとの間に起こったことを思い出していると、二つの単語が浮かんできた。それは“蹂躙”と“死守”の二つだ。
彼女のやけになったとしか言いようのない“乳揉め宣言”にやむなく応えることにした秋雨だったが、今思えばあの時点で断固拒否をしていれば、こんなことにはならなかっただろう。
サファロデの要求通り、彼女のおっぱいを揉んでいた秋雨だったが、途中から彼女の様子が明らかにおかしいことに気付いた。
想像してみて欲しい。何千年、何万年と生き続けている女神という存在である彼女は、それと同じ時間性に対する欲求を抑え込んできたことになる。
人間の尺度で言えば、十年以上も性交渉はおろか自慰行為などの性処理を全くせず、自制心のみで性欲を我慢していたということだ。
そんな状態の人間に局部を刺激するという性的接触行為をすればどんなことになるのかは想像に難くないだろう。
全知全能の神などという言葉があるが、断言しておこう。この世に全知全能の存在などいないということを……。
おっぱいを揉まれたことでサファロデの中にある雌としての本能が目覚めてしまい、性的欲求が爆発してしまったのだ。そして、目の前にいるのは異性である秋雨ただ一人……。その結末は――。
「ヤ、ヤラセロおおおおおお!!」
「ふざけんな!! お前のような盛りのついた猿女と誰がヤるかボケェええええええ!!」
「ウキキィイイイイイ!!」
雌としての欲求を満たしたいサファロデと、彼女との行為を避けたい秋雨。世界で最も下らない攻防が繰り広げられる結果となってしまったのであった。
そもそもの話だが、秋雨はサファロデのことを美しい女性であるという認識は持ってはいるものの、神であるが故なのかはたまた彼女自身に女性としての魅力がないのかは定かではないが、彼女に対し性的興奮を覚えなかったのである。
秋雨が提示した記憶編集を封印する三つ目の条件として、サファロデのおっぱいを揉ませて欲しいという要求も、性的な欲求からくるものではなく、単にジョークの一つという意味合いを持ったものであった。
であるからして、いくらサファロデが絶世の美女であったとしても、そういった興味は一切湧かなかったのである。感覚的には、小さな頃から一緒にいる兄弟同然の幼馴染のお姉さんという感覚が近いかもしれない。
だがしかし、抑えていた欲求を満たすべく、野獣のように迫りくるサファロデの魔の手から逃れることは、チートな能力を得ている今の秋雨でも困難であった。
いくら残念な女神といえど、一般人に勇者並みの力を与える加護を容易く付与できるくらいには、彼女もまた規格外な存在なのだ。
決して優しくはない攻防がしばらく続いた後、結果としてサファロデの後頭部めがけ今の秋雨が出せる全力の延髄蹴りをお見舞いし、彼女を昏倒されることに成功する形で決着がついたのであった。
ちなみに今の彼が出せる全力の蹴りを放てば、人間の首であればわけなく切り落とす。切り落とすどころかあまりの威力に爆散する可能性の方が高いが、今は関係ないのでこの話はこれで終わりとする。
サファロデが気絶している間、さっそく契約魔法と結界魔法を習得する。そして、その二つを使い彼女の性欲を抑え込む。
秋雨も、まさかこの二つの魔法をサファロデの性欲を抑えるために使用するとは思っていなかったため、そういう結末を迎えてしまったことを遺憾に思っていた。
彼女の性欲を抑え込む具体的な手順としては、まず契約魔法で“性欲が爆発した時にその性欲を抑え込む”という条件で契約し、さらに結界魔法で性欲が爆発しないよう性欲を抑える結界を性欲に対し使う。
こうすることで、契約魔法と結界魔法の二つで性欲を常に押さえ込んでいる状態を作ることができる。
「封印する予定だけど、まだ封印されてねぇし最後に使ってもいいよな」
さらにここで、封印する予定の記憶編集ことメモリーエディターを使い、性欲が爆発した記憶そのものをサファロデから消去した。
先にも言った通り、この世に全知全能の存在など皆無であることから、神であるサファロデにも記憶編集の魔法が行使可能となっていた。
しかしながら、腐っても女神であるサファロデも一般的な人間とは異なることは確かなので、加護を持つ秋雨の魔法が彼女にどこまで通じるのか未知の領域であった。
兎にも角にも、サファロデが目覚めるまでに性欲の抑制と記憶の消去を行い、何もなかったように振舞うことにしたのだ。
その後、目覚めたサファロデの手によって、改めて記憶編集の魔法が封印された。どうやら秋雨の魔法の効果はサファロデにも通用しているようで、何事もなく終わった。
今後どうなるのかという一抹の不安はあるが、とりあえず当面の危機は脱したことを良しとして、この問題を先送りにすることにした。
というのが秋雨が目覚めるまでに起こった出来事であり、最悪の目覚めで元の現実に引き戻されたのである。
秋雨が横たわる隣には、静かな寝息を立てながら未だ眠り続けているケイトの姿があった。
時刻はすでに外が白み始めていることから、夜が明けた直後の早朝だということがわかる。
(さて、少し早いがこのまま次の街に出発するとしますか)
秋雨はケイトを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出し、そのまま宿をあとにした。少しあっさりとした旅立ちだが、別れを惜しむのは性に合わないと秋雨は考え、そのまま次の街に向かうことにした。
余談だが、ケイトが目を覚ましたのは秋雨が街を出てから一時間後のことであり、彼と最後の別れの挨拶ができなかったことを悔やむ彼女だったが、何も言わずに立ち去った秋雨らしい別れ方だと納得したのであった。
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