第63話


「は、初めまして! 私はギルドで働いているローズと言います。よろしくお願いします!」


「うん……初めましてではないがな(ボソッ)」


「あの、何か?」


「いや、何でもない。それでそちらは?」



 宿の一階へとやって来た秋雨を待っていたのは、年代層の異なる二人の男女だった。一人は桃色の髪に神秘的な青色の瞳を持った十代の女の子で、秋雨もよく知る人物でもある。なんと彼女はピンクの○○を持つあの少女だったのだ。



 盗賊やらチンピラに尽くその貞操を狙われるも、たまたま通りかかった秋雨によってその危機を何度か救われるということがあった。ちなみに今回秋雨が彼女と会うのは三回目である。彼女は“初めまして”と言っていたが、秋雨にとっては三度目なので初めましてではないということになる。



 何の因果でこうなったのかと半ば呆れを含んだ感情を秋雨は抱きつつも、今回は彼女のお色気シーンがないことに少し安堵する。いつも彼女と会うときは、なぜか全裸だったり半裸だったりするのだ。



 そして、もう一人は整えられた短い白髪に同色の口髭を蓄えた老齢の男性で、身なりは完全にどこかの貴族の執事という見た目をしていた。



「お初にお目に掛かります。私はこの街を治めるマリエンベルク伯爵家に仕えております執事のマイヤーと申します。以後お見知りおきくださいませ」


「マイヤー? ……セバスチャンじゃないのか?」


「……いえ、マイヤーと申しますが、なにかございましたでしょうか?」


「……いや、何でもない。俺は秋雨という。一応だが、冒険者をやっている」



 お互いの自己紹介が済んだところで、秋雨は既にこの二人がまったく別の用件で自分の元にやって来たことを察していた。一人はギルドの職員、そしてもう一人は貴族に仕える執事となればその二人が同じ用件でこの場にいるとは考えにくい。



 そんなことを考えていると、最初に口を開いたのはローズだった。



「アキサメさん、ギルドマスターがお呼びですので一度冒険者ギルドに来てもらえないですか?」


「ふむ、君の用件はわかった。それで、マイヤーの用件を聞こうか」


「はい、私は奥方様のご命令で今日の朝に危ない所を救っていただいた方を探して屋敷に連れてくるよう申し付けられました。伯爵家の情報網を駆使して捜索したところ……」


「俺にたどり着いたということか」


「左様にございます」



 二人の詳しい用件を聞いた時点で秋雨は内心で舌打ちをする。ここに来た二人の後ろには、ギルドマスターと街を治める貴族という面倒事に巻き込まれる確率の高い人物が糸を引いているという事実が浮き彫りになったからだ。



 そんなことを考えていると、ピンクちゃんことローズとマイヤーがお互いを睨み合っていることに気付いた。二人の目線からアニメのようなビームが迸りそれがぶつかり合っている。



「アキサメさんは私と一緒にギルドに行くんです。邪魔しないでください!」


「おやおや、これだから世間知らずの小娘というのは頂けない。こちらは領主様のマリエンベルク伯爵家の正式な招待だということをお忘れなく。まったくこれだから田舎の村から出てきた芋娘は困る。栄養が胸にばかりに行っているのではないですか?」


「な、なんですってぇー!?」



 どうやらこの二人もともとの馬が合わないらしく、秋雨を自分の上司のもとに連れて行くというミッションを遂行するべく、互いを敵だと認識した瞬間から二人の間で目に見えない戦いが始まっていたようだ。



 売り言葉に買い言葉という子供のような喧嘩が繰り広げられていたが、秋雨はこの状況でも自分のペースを崩すことなく最善の選択をするべくお得意の長考に勤しんでいた。



(どうする、二人のうち優先度が高いのはマイヤーの方だが、ピンクちゃんの方も放置すればあとで厄介なことになるのは目に見えてるからな……選択肢としてはどちらも無視はできないが、俺の中の勘が囁いている。“この二人の誘いを受けたら面倒事に巻き込まれる可能性大”だと……)



 こちらの世界にやって来てからの経験から、秋雨はこの二人が面倒事を持ってきた疫病神だと早々に結論付ける。だがしかし、厄介なことが一つあった。それはこの面倒事が避けては通れないという“不可避”な状況だということだ。



 仮に今拠点としているグリムファームの街を転移魔法を使って逃げたとしても、貴族側と冒険者ギルド側の両面からお尋ね者扱いされることは容易に想像できる。



 かといって、領主とギルドマスターのどちらか一方または両方に出向いたところで面倒なことが待ったいるのも簡単に予想がつくのだ。逃げてもダメ、出向いてもダメというグッドなエンディングのない選択肢を突きつけられている状態なのだ。



「はあ、はあ、はあ、と、とにかくアキサメさんは私と一緒にギルドマスターのところへ来てください!」


「はあ、はあ、はあ、い、いやアキサメ様は私と共に奥方様のところへ参りましょう!」


「……」


「「よ、よろしくお願いします!!」」


「……うん? 二人とも何してるんだ?」



 脳内で状況整理を行っていた秋雨が現実に戻ってくると、そこには頭を下げた状態で右手だけをこちらに差し出している二人の姿だった。



 その光景を見た秋雨が、昔小さい頃に祖父が話していたテレビ番組の内容に似ているなとどうでもいいことが頭に浮かんだが、すぐにその考えを捨て再び思考をフル回転させる。



(まあ、どっちに転んでも面倒事が待ってるなら一つずつそれを潰していく方が効率的でいいかもな……面倒だけど)



 そう結論付けた秋雨は腰に下げた魔法鞄から小さな紙とペンを取り出す。もちろんこれは魔法鞄に見せかけているバッグ経由でアイテムボックスから取り出しているだけなのだが、とりあえずはそこはどうでもいいので割愛する。



 バッグから取り出した紙に何かを書き綴ると、それを四つ折りにした。



「ピンクちゃ……ローズ、だったな」


「は、はい!」



 秋雨の声に反応し、勢い良くローズは顔を上げる。その顔には笑顔で輝いており、自分が選ばれたと勘違いしているようだ。だが、そんなこともお構いなしに、秋雨は先ほどの紙をローズに握らせるとこう言った。



「この紙をおっさ……ギルドマスターに渡してくれ。それだけで分かってくれると思うから。それから、その紙を渡したらすぐにギルドマスターの部屋から出て行ったほうがいいぞ」


「……? は、はい分かりました」



 秋雨の言葉に一瞬怪訝な表情を浮かべるも、とりあえず納得した様でそのまま宿を後にした。



「マイヤー、さんだったな」


「アキサメ様、私のことはマイヤーと呼び捨てでお呼びくださいませ。どこか無理をしているようでこちらとしては心苦しいです」


「悪いな、じゃあマイヤー。もう理解できていると思うが、今回はお前を選ぶことにした。屋敷に案内してくれ」


「はい、畏まりました」



 秋雨の言葉に恭しく一礼したマイヤーはすぐに馬車の用意をすべく宿の外へと出ていった。その足取りが軽かったことから、秋雨に選ばれたことが相当嬉しかったらしい。



「じゃあ、ケイトこれから領主の屋敷に行くから夕食はなしで頼むわ。それと部屋の鍵を掛け忘れて来てしまったからこいつで掛けておいてくれるか?」


「わかりました。気を付けて行ってきてくださいね」



 こうして、ケイトに見送られながらグリムファームの街を治める領主の屋敷へ行くことになってしまったのであった。

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