第46話



「こ、こここれ、これは、ほ、ほほ本当なのですか?」



 【魔法鞄】からの思考停止から何とか抜け出したマーチャントだったが、秋雨から渡されたリストを見てまた思考が停止しかけていた。

 というのも、あの後秋雨の口から所持している薬草は最初に魔法鞄から取り出した一本だけではないと告げられた上で、現在所持している森で採取してきた薬草や素材のリストを寄こしてきたのだ。



 ちなみに、秋雨の持つ魔法鞄は当然だが偽物だ。

 どこにでもある肩掛け鞄をアイテムボックスに繋げて、鞄の口から取り出しているという極々単純な絡繰りだ。



 閑話休題。

 マーチャントはリストに書かれていた内容を見て、現在進行形で思考を停止しているのだが、そのリストには以下の内容が記載されていた。



【ブルーム草 153本】


【ジュウヤク草 126本】


【ボルトマッシュルーム 96本】


【カンシャクドングリ 79個】


【クーラーアケビ 59個】


【レッドホットマイタケ 33本】



 いつもの薬草の他に、矢の先端部分に取り付ける鏃に使用する鉄に混ぜることで、小規模の爆発を引き起こす作用をもたらす【カンシャクドングリ】。

 経口摂取することで、一時的に体温を冷やす効果のある【クーラーアケビ】に、その逆の効果がある【レッドホットマイタケ】など、ブルーム草やジュウヤク草と比べ入手難度が高い素材も含まれていた。



「……」


「あのー、マーチャントさん?」


「……」


「もしもーし、生きてるかーい?」


「……ハッ! あ、ああ、し、失礼しました」



 茫然自失とはまさにこのことで、マーチャントは平静を保つことを諦めたかのように疲れ切った表情を浮かべた。

 秋雨の渡したリストに記載されている内容は、ごく平凡なものでよく取引される素材といえばそうなのだが、それは品質が通常のものに限っての話だ。



 秋雨が最初に見せたブルーム草の品質を鑑みるに、リストに書かれた素材全てが高品質であるということは流石にないとマーチャントは踏んでいた。

 しかしながら、淡い期待を抱きつつも秋雨にそのことについて言及すると……。



「全て同じ品質だと思うが?」


「ファッ!?」



 という回答を得られたため、マーチャントの思考は再び停止することとなった。

 このままでは埒が明かないと悟った秋雨は、論より証拠とばかりにリストに書かれた薬草を全て出すことにした。



 その後、マーチャントが狂喜乱舞してしまったり、それを宥めたり査定したりするのにそれなりに時間が掛かってしまったが、一先ず買い取り金額を提示するにまでこぎつけた。



「……とりあえず、査定が完了しました」


「……なんか、最初に会った時よりも老けたなあんた」


「あはは、あはははは……」



 査定の結果は、1本当りにつきブルーム草が銅貨5枚、ジュウヤク草とボルトマッシュルームが銅貨6枚、カンシャクドングリが銅貨7枚、クーラーアケビとレッドホットマイタケが銅貨8枚という結果に収まった。



 合計で銅貨3386枚という査定結果になり、秋雨は内心でほくそ笑んだ。

 銅貨での支払いだとかなり嵩張るという理由から、銀貨で支払ってもらう事になった。



「お待たせしました。こちらが薬草買い取り金の銀貨33枚と大銅貨8枚に端数の銅貨6枚になります」


「確かに受け取った」



 マーチャントから買い取り金が入った袋を受け取ると、そのままなんちゃって魔法鞄に突っ込む。

 それから、マーチャントが「いい取引でした」とお礼を言いかけたところで、秋雨から衝撃の事実が告げられる。



「何を言ってるんだ? まだ他にも買い取ってほしいものがあるんだが?」


「……」



 その後、フォレストファングやフォレストベアーの皮や骨なども買い取ることになったが、最後に出てきたヒュージフォレストファングにマーチャントが子供のように「もうやだー」と叫んだことに秋雨は大爆笑することになった。

 モンスターの素材の買い取りの結果は合計で銀貨87枚と大銅貨1枚と銅貨6枚になった。



「も、もう流石にありませんよねっ!? ないですよね!?」


「なんであんたがキレてんだよ……俺は別になんもしとらんぞ?」


「いいえ、アキサメ君は何もわかってないです。君が今回持ち込んできたものの価値を!」



 既に倉庫に運び込まれた素材たちに思いを馳せながら、マーチャントは机を両手で叩いた。

 彼とてただの商人ではなく、今まで下積みを経験し一人前の商人として成り上がった人物である。



 それ故に、今回秋雨が持ち込んだ品物の価値がわからないほど、彼の目は風穴……もとい、節穴ではなかった。

 寧ろ、今まで経験してきた商人としての勘が言っている。



 ――“この品めっちゃヤバイ”と……。



「まあこっちとしては、買い取ってもらえるなら特に文句はないからな。あぁ、そうそう、他の素材は今すぐ市場に流してもいいけど、【ヒュージフォレストファング】の素材だけは売り出す時期を多少ずらしてくれないか?」


「それは、ヒュージフォレストファングを討伐したのが君だという事を知られないためですよね?」


「そうだ。もし素材の出処を聞かれたら、行きずりの傭兵風の大男から引き取ったと言っておいてくれ」


「……畏まりました。では今後ともよろしくお願いします」


「ああ、よろしくな」



 そう言うと、どちらからともなく握手を交わした後、秋雨はその場を後にした。

 その数日後、市場では高品質の薬草やモンスターの素材が出回り、その出処元である【シャレーヌ商会】に入手先を問い詰める者もいたらしいが、マーチャントは頑なに口を割らなかったのであった。



 そののちに、シャレーヌ商会から流れてきた薬草で製造されたポーションは多くの人の命を助け、モンスターの素材は高性能の武具や道具に姿を変えることになるのだが、それはまた別のお話である。

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