第41話



「なあ、坊主? 一つ聞きたいんだが、フォレストファングの皮を取りに行ったのに、なんでフォレストベアーの皮がこんなにあるんだ?」



 北の森で解体作業を終えた秋雨は、グリムファームの街に戻ってきていた。

 解体作業といっても、ナイフを使って捌いていくスタイルではなく【分離魔法】というものを使って、各部位ごとに“分離”していくというのが正しい表現だ。



 この分離魔法を使えば、肉・皮・骨・内臓・血などといった部位を傷一つ付けることなく、解体することができるのだ。

 しかもナイフを使った解体法とは異なり、ただ分離しているだけなため、フォレストベアーの形をしたそのままの皮を取ることができるので、使用用途に幅が広がるのだ。

 流石に血については利用法がなかったため、土魔法で穴を掘ってそこに埋めることで処理をした。



 そして、話は戻るが、そんな状態の皮を寄こしてきた秋雨に対して、ウルグスは冒頭の質問を投げかけたのだ。



「あー、まあ、いろいろあってさ、フォレストベアーの皮しか手に入らなかった」


「そのいろいろが気になるところではあるが、それは聞かないでおいてやるよ」


「別にフォレストベアーの皮でも代用は効くんだろ?」


「はぁー、効くというか寧ろフォレストファングよりも質のいいもんが作れんだろうな」


「マジで、やった!」



 秋雨の無邪気な言葉を聞いて、さらに呆れた態度を取るウルグス。

 彼がそんな態度を取ってしまうのも無理はない。なぜなら、フォレストベアーと言えば、駆け出し冒険者がパーティーを組んで戦う事で、ギリギリ討伐できるレベルのモンスターなのだ。



 戦いの状況如何によっては、死者が出てもおかしくないほどの強力なモンスター、それがフォレストベアーという存在であり、この世界の常識として周知されていた。



 にもかかわらず、秋雨の言動からウルグスはこのフォレストベアーを狩ったのが、彼の単独によるものだと予想していた。

 ウルグスはその職人としての鑑識眼から、秋雨が活動を始めたばかりの駆け出しであると見抜いており、雰囲気的にも他に仲間のいないソロの冒険者であると考えていた。



 だからこそ、秋雨がフォレストベアーを単独で狩猟してきたという事実を受け入れることに戸惑いを覚えたのだ。

 そして、彼をさらに驚愕させたのは、秋雨が持ち込んだフォレストベアーの皮が相当上質なものだったということも、その一端を担っていた。



 秋雨が出してきた皮は、ナイフによる切れ目が全くなく、それこそ中身を抜き取ったという表現がしっくりくるほど、フォレストベアーの輪郭そのままの形を保っていたのだ。

 その二つの結果から、秋雨がただの駆け出し冒険者でないことにいち早く気付いたウルグスだったが、彼は秋雨を詮索するつもりはなかった。



 職人たるもの、相手の聞かれたくない情報を知る必要は無いし、聞く必要もない。

 相手が欲しがっている装備を提供し、相手はそれに対して金を払う、ただそれだけの関係で十分だとウルグスは常日頃から思っていた。



 そして、秋雨もまたウルグスが自分の異常性を知ったとしても、それほど騒ぐことはないだろうと踏んでいたため、慎重派の彼には珍しくそのままの形で素材を彼に寄こしたのであった。



 実を言うと、薬草採集をしていた時に狩ったフォレストファングの死骸はアイテムボックスに保管していたのだが、北の森での活動中予想に反して、フォレストベアーしか出てこなかったため、それならばいっその事フォレストベアーを出してしまえという判断を秋雨は下した。

 そういう判断を下せたのも、ウルグスが人の秘密を簡単に他の人間に話したりはしない職人気質の人間だと見抜いていたからこそであった。



 もしウルグスが秋雨の眼鏡にかなわなければ、素直に今まで手に入れていたフォレストファングの皮を出していたことだろう。



「どれぐらいでできるんだ?」


「そうさなぁー、四日……いや、三日くれ、三日後にはできてると思うから、その時にまたこの店に寄ってくれ」


「三日か、わかった。じゃあよろしく頼むわ」



 そう言うと、秋雨は早々に店を後にした。

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