第42話



 秋雨がウルグスに防具の依頼を出したその日の真夜中に冒険者ギルドで動きがあった。

 時は草木も眠る午前三時を回ろうかという時間帯。いつものようにベティーが夜勤業務に邁進していると、彼女に声を掛けてくる人物がいた。



「ベティー、少しいいか?」


「あ、はい。大丈夫です。どうかしましたか、ギルドマスター?」



 そう、現在秋雨が最も警戒する人物である、冒険者ギルドのギルドマスター。レブロ・フローレンスだ。



「その、例の冒険者のことなのだが、もうすぐここにやってくるんだな?」


「アキサメさんのことですよね? でしたら、あと三十分くらいで来ると思いますよ? あの人いつもギルドに来る時間は同じですから」



 レブロの問いかけに少し緊張しながらも、なんとか受け答えをするベティー。

 彼女にとってレブロは、このギルドの最高責任者であり、雲の上の存在と言っても過言ではないほどの大物だ。

 そんな大人物が、自分のような一介の受付嬢に声を掛けてくるなど、通常であればあり得ないことであった。



 そんな状況で、取り乱さずに受け答えできたことに、彼女は自分で自分を褒めてやりたいと内心で思っていた。

 そう思っていると、レブロはさらに言葉を続けた。



「そうか、なら君に一つ予め断っておきたいことがある」


「はい、なんでしょう?」


「例の冒険者が、ここへやって来た時に俺はここに座っているが、もし俺の事を聞かれたら、一般のギルド職員で溜まっていた仕事を片付けているとだけ説明してもらえないだろうか?」


「え? それは、どういう事でしょうか?」



 ベティーからすれば、レブロがなぜそのような事をするのか理解できなかった。

 ギルドマスターという肩書は、会社で言えば社長や会長と同じ役職なのだ。にもかかわらず、こんな真夜中に、一般職員が日ごろ使っている簡易式の事務机に座って仕事をするなど信じられないことなのだ。



 社長室で仕事をしている社長が、社員が使っているデスクで仕事をするようなものだと言えばわかるだろうか。

 しかも他の平の社員と混ざって仕事をしているとなれば、彼らにとっては堪ったものではない。



「そのアキサメという冒険者をこの目で見てみたい。君からの報告によると、ギルドマスターである俺に会いたくないとほざいてるらしいからな、だったらこっそり会えばいいだけの話だ」


「はぁー、そ、そうですか」



 レブロがニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 それに対し、ベティーは内心でこの人とは敵対したくないと思いつつ曖昧な返事をした。



「さあ、いつでもくるがいい小僧。お前の器、このレブロ・フローレンスがしかと見届けてやろう」



 こうして、ギルドマスターと秋雨の最初の邂逅の時が迫っていのだった。








 レブロがベティーと話をした約40分後、いつものように彼がやって来た。

 その足取りは物音を立てないように意識しているようで、少しゆったりとしている。



「いらっしゃいませアキサメさん、本日も薬草の買い取りでしょうか?」


「ああ」



 そう短く返事をした秋雨は、いつものように薬草の入った袋をベティーに渡す。

 その時、秋雨は受付カウンターの奥にギルド職員らしき人物がいるのを目聡く見つけ、ベティーに問いかける。



「あそこにいるのは誰だ?」


「あ、その、わたしと同じギルド職員の方なのですが、今日は仕事が立て込み過ぎたようで、この時間まで残って仕事を片付けてるんですよ」


「そうか、それはご苦労な事だな」



 この時、秋雨はとある失態を犯した。

 それはベティーの説明を聞いて、彼女の言葉に納得してしまい【鑑定】を使わなかったことだ。

 もしもこの時点で【鑑定】を使っていれば、そのギルド職員がギルドマスターであると気付けたのだが、ここにきて初めて見たものを鑑定しないという悪癖が出てしまった。



(そうだ、もうそろそろ今まで狩ったモンスターの素材を売って大金を手に入れたいんだよなー。よし、ここは彼女に聞いてみるか?)



 秋雨は今の現状に満足はしていないのだ。

 毎日ギルドに薬草を買い取りに出しているとはいえ、その買い取り金額も決して高くはない。

 せいぜいが数回分の食費程度の稼ぎしかなく、今の生活水準で生活していればいずれ金が底をつく。



 それをなんとかできる手段があるとすれば、それは秋雨が今までの薬草採集の道すがらに狩ったモンスターの素材を買い取ってもらうことだ。

 しかしながら、秋雨はギルドにモンスターの素材を買い取ってもらうことは避けるべきだと考えていた。

 


 理由は単純明快、素材の出所を詮索されたくなかったからだ。

 素材を買い取ってもらおうとすれば、どうしたって「どこでこの素材を手に入れた?」という疑問が湧いてくる。

 最初の数回であれば、体のいい理由も見つかるだろうが、それが何度も続けば嘘であると否応にもバレてしまう。



 その事について深く突っ込まれれば、最早言い訳のしようがない。だからこそ、秋雨はギルドでの素材買い取りを依頼せず、精々が低ランクモンスターの討伐部位証明を提出するに留めている。



 だが、先ほども説明したようにそれだけではいずれ今の生活は破綻してしまう。

 そこで、秋雨はモンスターの素材を買い取ってくれる他の機関はないのか、ベティーに聞いてみることにしたのだ。



「なぁ、ベティー、聞きたいことがあるんだが?」


「はい、なんでしょう?」


「モンスターの素材というのは、ギルド以外でも買い取ってくれるのか?」



 もしもそんな機関があるのなら、そちらに買い取りを依頼することで、こちらの実力を知られるという失態を避けることができる。

 もちろん買い取りを依頼した機関でも詮索されるだろうが、そこは口止めすればいいだろうし、少なくともギルドで売るよりかは何倍もマシだろう。

 そう思い、秋雨が質問をしてみたところ返ってきた答えはといえば……。



「はい、街によっていろいろありますが、商会や解体屋、あとは素材屋などがございます。ギルドとしてはこちらで買い取らせていただきたい、というのが正直なところですね。それにギルド以外の買い取りですと、適正価格を偽って買い叩かれることもありますので、そういったリスクを回避するためにも、他の冒険者さんはギルドでの買い取りがほとんどですよ」


「なるほど、と言っても俺はモンスターを狩って来ないからな。今回は一応知識として聞きたかっただけだから、あまり気にする必要もないんだけどな」


「フォレストファングやフォレストベアーの討伐部位証明を持ってきてたじゃないですか?」


「あれはたまたまだ」



 ベティーの突っ込みに秋雨はそう誤魔化すと、薬草の代金を受け取り早々にその場を後にした。

 秋雨が去った後、事務机に座って作業をしていた男が、顔を顰め悔しそうな表情を浮かべる姿がそこにあった。

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