第35話



「そう言えば、ヒュージフォレストファングが出たらしいな」



 ついでに思い出したと言わんばかりの秋雨の態度に、半ば呆れた表情を浮かべるベティーだったが、それでもギルド職員として情報を教えてくれる。



「そうなんですよー。ある冒険者から寄せられた情報なんですけど、ここ数日その話で持ち切りなのにまだ知らなかったんですか?」


「話は聞いてたんだが、詳しい詳細はな。ほら、ギルドから出ているヒュージフォレストファング討伐クエストってランクCだろ? 俺じゃあ受けたくても受けられないからさ」



 秋雨のどこか他人事のような態度に、ベティーはさらに呆れた表情を浮かべながらもギルド職員としてアドバイスをする。



「いいですか? 例え自分が受けられないクエストであっても、危険なモンスターがどこに出現したかくらいの情報は持っていて損はありません。そういった情報を持っているのといないのとでは、雲泥の差ですよ?」


「それもそうか……なあ、ヒュージフォレストファングってどの辺りに出現するんだ?」


「今はグリムファームの西側に出現するらしいですよ」


「ふーん、なら次の薬草採集は東側の森に行ってみるか……」



 ベティーの意見も尤もだと思った秋雨は、素直に彼女の言葉に頷く。

 だが、彼女はまだ知らなかったのだ。ヒュージフォレストファングが東側の森に移動し始めた事を……。

 ベティーがその事を知るのは、秋雨がギルドを後にしてから数時間後の事になる。



 彼女の忠告に礼を言うと、今度こそ踵を返してギルドの入り口へと歩き出す。

 入り口まであと数メートルに迫った時、横から人影が割って入ってきた。



「こんばんわ」


「俺に何か用か?」



 見たところ同じ冒険者だが、明らかに纏っている雰囲気が、新人のそれではなくかなりの場数を踏んでいるようだ。

 少なくとも自分よりも格上の冒険者であると判断した秋雨は、相手の出方を窺いながら様子を見る。



「そんなに構えないでおくれよ、別に取って食いやしないからさ」


「そういう事を言う人間ほど、信用の置けない奴はいないんだがな」



 この時改めて秋雨は冒険者を頭の天辺から足のつま先まで観察する。

 薔薇のように真っ赤な短髪に髪と同じ赤色の瞳を持つ女性で、年の頃は二十代前半くらいといった所だ。



 しなやかな身体つきと革の鎧の胸部分を押し上げる膨らみは、ピンクちゃんやケイトほどではないが、平均的な女性よりも大きい。

 第一印象は頼りになる姉御肌といった感じで、少し粗野な印象を受ける。



「それで? 俺に用があるんだろう?」


「ああ、坊や、良かったらうちのパーティーに入らないかい?」


「……なるほど、今回はそっちか」



 そう呟いた秋雨は、内心でため息を吐く。

 冒険者に絡まれる理由として最も多いのが、「お前のようなガキが、冒険者になれるわけがない」だ。

 実力的にド素人と何も変わらない新人であるからこそ、今のうちに潰しておくことで、自分たちの食い扶持を取られないようにするということなのだろうが、それはあくまでも建前上の理由で大概の場合ストレス発散のはけ口というのが本音だ。



 次に多いのが、相手の実力をある程度知った上で、その力を利用するためパーティーに勧誘するというものだ。

 実力のある者を囲い込むことで、命の危機に遭遇した時の生存確率を少しでも上げたいという下心がほとんどだが、場合によっては別の意味での下心を持って近づいてくることもある。



「坊やはまだ冒険者登録をして日が浅いんだろ? この先ソロで活動するには厳しくなってくることだってある。そんな時パーティーを組んでいたら、楽にクエストを達成できると思わないかい?」


「二つほど聞きたいんだが?」



 彼女の言葉を聞いて、秋雨の頭にふととある疑問が浮かび上がったので、問い詰めてみることにした。

 その内容とは、「登録したばかりのひよっ子である自分をどうして誘うのか?」という事と「自分を誘うメリットはなんだ?」の二つだ。



「まず一つ目は、坊やが新人だからさ。ほとんどの冒険者が新人に辛く当たるけど、中にはアタイみたいに新人にノウハウを教える物好きも少なからずいる。二つ目の答えは……坊や、ダブルソーサラーなんだろ?」


「何のことだ?」


「隠したって無駄さ、坊やが初めてギルドで登録した時、ちゃんとベティーの口から坊やがダブルソーサラーだってこの耳で聞いてるからね」



 この時秋雨は内心で舌打ちをする。

 どうやらギルドから出ていくときに感じていた妙な視線は、彼女の物だったとこの時秋雨は気付いた。

 そして、彼女の目的がダブルソーサラーという、稀有な存在である自分を手駒の一つとして加えることだと、この時になって初めて知ることになったのだ。



「それで、どうだい? アタイのパーティーに入らな――」


「「ちょーっと待ったぁー!!」」



 彼女の勧誘の言葉を遮るように、酒場から二つの人影が姿を現す。

 一人は彼女と同じく二十代前半の青髪黒目の男で、少し軽薄そうな印象を受けるが、どこか頼りになる雰囲気を纏った男だ。



 もう一人は、身長が155センチ前後と低く、ずんぐりむっくりな体型に顔には立派な髭を蓄えており、一目で彼がとある種族だということが分かる。

 そんな二人の男が、秋雨の勧誘を妨害する形で割り込んできたのだ。



「あ、あんたたち、何のつもりだい!?」


「【赤き薔薇レッドローズ】よぉ? 抜け駆けはいけねぇな。俺もその坊主には目を付けてたんだ。おめぇには悪いが邪魔させてもらうぜ」


「それはわしとて同じだぞ、【赤き薔薇】に【青き蠍ブルースコーピオン】、わしもその坊主は只者じゃないと睨んでおったからの。わしも横槍を入れさせてもらうわい」


「ちっ、【青き蠍】に【戦う鍛冶職人バトルブラックスミス】か、厄介な奴らに捕まっちまったね」



 そう言いながら【赤き薔薇】と呼ばれた女性冒険者が顔を顰める。

 彼女の態度に満足げな顔を浮かべた二人は、秋雨に詰め寄って来た。



「坊主、俺はDランク冒険者のリカルドってもんだが、俺のパーティー【青き蠍】に入らないか?」


「小僧、わしはCランク冒険者のガボットというもんじゃが、そんなちんけな男のパーティーよりもどうじゃ? わしがリーダーをやっとる【戦う鍛冶職人】に入らんかの?」


「え、ええと……」


「ちょ、ちょっと待ちなっ、坊やはアタイが先に声を掛けたんだよ! 【赤き薔薇】のリーダーを務めるこのアタイ、Dランク冒険者であるキャシー様がね」



 そうキャシーが反論するものの、ダブルソーサラーという逸材を手に入れたいというのは二人も同じらしく、三つ巴の舌戦が繰り広げられる展開に発展することになる。



 三人の様子に困り果てた秋雨が、受付カウンターの方に目を向けると、ベティーと目が合った。

 彼女は今の状況を何となく理解しているようで、肩を竦めながら苦笑いを浮かべてきたため、秋雨が首を横に振りながら手を振ってそれに応えた。



 その間にも三人は誰が秋雨をパーティーに誘うかで揉めており、本人である秋雨をほったらかしにしてヒートアップしていた。

 長期戦に突入しそうだったので、秋雨はベティーに手を振って別れの挨拶を済ませると、そのままその場を後にした。



 余談だが、彼らが秋雨がいなくなっていたことに気付くのは、彼がギルドを後にしてから15分後のことであった。

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