第30話



「Gランク冒険者日比野秋雨、これより【突風神風作戦】に着手する!」



 そう高らかに宣言する秋雨であったが、実際はただ相手に見つからないように敵を倒すだけの作戦とも言えない稚拙なものだ。

 やり方は至ってシンプル、相手に見つからないほどの速度で接近して、気絶させるだけだ。



 特別な事は何もないが、敵だけでなく助ける対象であるピンクちゃんにも見つかってはいけないということが前提条件になる。



「じゃあ一丁、やってやるか」



 そう言うと、秋雨は力加減を調整するために身体に力を込め始める。

 具体的には全力の半分の半分の半分の半分の半分、分かりにくいので数字に直すが、二分の一の5乗で三十二分の一となる。



 相手に攻撃する時はさらにその半分の六十四分の一にまで力を抑えなければ、前回の盗賊の二の舞になってしまうため注意が必要だ。



(首の骨が折れませんように、首の骨が折れませんように、首の骨が折れませんように)



 まるで呪文のような言葉を心の中で三回唱えると、秋雨は屋根から路地の壁を伝って地面に着地する。

 そして、そのまま三人組の悪漢の中でピンクちゃんから一番遠い男の背後に接近すると、できるだけやさしく且つ確実に気絶するであろう力加減を以って男の首に手刀を落とす。



(よし、まずは一つ……次だ)



 そのまま隣の男の背後まで素早く移動すると、同じように背後から手刀を落とし男の意識を刈り取る。



(二つ、さらに次)



 今度は前方にいる男の背後まで移動し、先の二人同様同じく首元に手刀を落としてやる。

 信じられないかもしれないが、今この時点で秋雨が屋根から飛び降りてから1秒とちょっとしか経過していない。



(おk、これで三人倒した。そして、ラストの四つ!)



 そう言いながら秋雨が手を伸ばした先にあったのはピンクちゃんの豊満なバストだ。

 あろうことかこの男、今の自分が誰にも認識されていないという事を利用して彼女のおっぱいを突こうとしているのだ。



(あとちょっと、あとちょっと)



 徐々に秋雨の指と彼女の乳房の距離が縮まっていく。

 ちなみにこの間も秋雨は物凄いスピードで動いているため、ピンクちゃんが秋雨の姿を認識することは不可能だ。



(よし、いいぞ、あと10センチ!!)



 浅ましい、実に浅ましいことこの上ない。

 だかそれが日比野秋雨という男であり、彼のアイデンティティーでもあった。



(あと、5センチ……まっまずいこれ以上ここにいると彼女に気付かれる)



 究極の二択であった。

 このまま彼女に気付かれるリスクを冒しておっぱいを突きに行くのか、それともこのまま撤退するのかという二択だ。

 


 何を馬鹿な事で悩んでいるんだと思うかも知れないが、秋雨にとっては重大な二択だ。

 それこそ、高校を卒業した後大学に進学するのか、それともそのまま就職するのか決めかねている高校生の悩みと同じくらいに重大な二択と言っても過言ではない。



(ここで失敗すれば絶対に彼女にバレる。かといってここで引けば男としての何かを失う)



 ……もはや何も言うまい。

 今の彼は、異世界で行動を自重し平穏無事に生きていく慎重プレイなどお構いなく、ただ目の前にある脂肪の塊に己の指を沈め込ませたいだけなのである。

 だが、現実は彼の願いを聞き届けることなくタイムリミットを迎えてしまう。



(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)



 間一髪のところで彼女が認識できないぎりぎりの時間で離脱した秋雨だったが、残念ながら彼が遂行しようとした世界で最も下らないであろうミッション【女の子に気付かれずにおっぱいを突いちゃう作戦】はコンプリートできずに終了した。



(くそぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)



 頭をかき乱しながら、心の中で大絶叫する秋雨。

 そこに人としての恥も外聞もなく、あるのはただ一つの欲望のみ。

 “おっぱいを突きたい”というどこぞの仙人を彷彿とさせる行動だったが、秋雨にとって幸いだったのは彼の行動を誰も見ていなかったことだろう。



(あ、あと……あと4センチ、4センチだったんだ!! 世界の壁はまだ遠いのか!? この俺ではその頂にたどり着くことはできないというのか!?)



 この男の言動が理解不能過ぎてその全てを把握するのにかなりの時間が掛かるとは思うが、一つ言えることがあるとすれば、彼は異世界を十二分に楽しんでいるようです。



 余談だが、秋雨が三人の男を気絶させピンクちゃんのおっぱいを突こうとするも時間が来てしまい、屋根の上にまで戻ってくるのに掛かった時間は合計で1.67秒であった。

 ちなみに秋雨が彼女のおっぱいを突こうとしてから撤退するまでの時間はその内の0.47秒も掛かっていた。



 そして、時間の針が通常のスピードで回り始めた時、男たちは地面に倒れ彼女の情けない悲鳴が響き渡った。



「うぇぇえええ、な、なんですかー? なんですかこれぇー?」



 彼女にとっては不可解な出来事であっただろう。

 先ほどまで元気だった人間が、いつの間にか地面に倒れ気絶しているのだから。



 それから彼女の無事を見届けた秋雨は、その場を後にした。

 姿を見られないように彼女の目の届かないところで屋根から下に降り、大通りへと出る。

 通りに目をやると警備兵が警邏のために巡回していたので、ピンクちゃんの事を秋雨はそれとなく伝えた。



 そうこうしているうちに気付けば昼前になっていたので、昼飯を食べるため一度【白銀の風車亭】に戻ることにした。

 ちなみにピンクちゃんは無事に警備兵に保護されたそうです。

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