第25話



 突然草むらから飛び出してきた男は、秋雨と同じく冒険者のようで、使い込まれた革製の鎧に身を包んでいた。

 男が咄嗟に声を上げた事が功を奏し、男の首5センチ手前で刃先が止まっている。

 彼が秋雨に声を掛けなければ、確実に首から上が胴体と永遠のお別れをするところであったのはまず間違いない。



 男はじぶんの首元に添えられた木剣を見て思わず尻もちをつく。

 下手をすれば自分が殺されていたことに気付き、その事を想像して腰を抜かしたのだ。



「な、なんてことするんだ! あ、危ないじゃないか!?」


「急に飛び出してくるお前が悪い」



 これは秋雨の言い分に軍配が上がる。

 モンスターが跋扈している森の中ではいつ襲われるか分からない。そんな状況で不用意に飛び出せば、モンスターと間違えられて攻撃されるなんてこともままあることだ。



 男は秋雨の言い分に少なからず納得はしていたが、それでも自分が殺されそうになったことに対する遺恨は完全に消し去ることはできないようで、半眼で秋雨を睨みつける。



(まさか森の中で同業者に出くわすとはな……ツイてないと言えばそれまでだが、どう対応すべきか)



 秋雨にとって出先の狩場で同業者である冒険者と鉢合わせる可能性はかなり低い事だと見積もっていた。

 クエスト自体はクエストボードから依頼書を剥がして受付で受理してもらう事で、クエストの受注が執り行われるのだが、基本的に一つのクエストを受注できるのは一つのパーティーだけなのだ。



 もちろん難易度の高いクエストになってくると複数のパーティーで遂行することもあるが、GやFランク程度のクエストであればソロで活動している冒険者でも攻略は可能であった。

 それに薬草採集やランクの低いモンスター討伐など恒久的に張り出されているクエストは、複数人の冒険者が同時に受注することも少なくないので、出先で鉢合わせる可能性は決して低くはなかった。



 だからこそ、今回の秋雨と同業者である男の鉢合わせは、彼にとっては誤算と言っても過言ではなかった。

 分かり易い例えで言うと、某狩猟ゲームで回復薬の調合成功確率が95%なのにもかかわらず、その調合を三回連続で失敗してしまうくらいの確率の低い事が起こってしまったという所だ。



「はぁー、それでお前はこんな所で何をしているんだ?」


「そ、そう言うお前の方こそ何してんだよっ!?」


「俺はこの森で薬草採集に来た。でお前は?」


「お、俺も似たようなもんだ」


「はぁ、はぁ、やっと追いついた……おい、ニコルソン! てめぇ俺らを置いて一人で突っ走っていくとはどういう了見だ!?」



 秋雨と男が森にいる目的を確認していると、突如草むらをかき分けて一人の男が現れる。

 その男も冒険者のようで、秋雨が首をちょんぱしかけた男と同じ革製の鎧を身に着けていた。



「お前が鈍足なのが悪い」


「ちげぇよ! お前の逃げ足が異常に早すぎんだよ!! 【ヒュージフォレストファング】を見つけた瞬間俺らを置いて逃げやがって!!」


「仕方ないだろ。あの【ヒュージフォレストファング】だぜ?」


「ニコルソン殿ー、クシャーク殿ー、ま、待って欲しいでござるー」


「次から次へとなんなんだ一体?」



 目まぐるしい展開に、思わず頭に右手を置いてため息を吐く秋雨。

 どうやら三人の話を聞くに【ヒュージフォレストファング】というモンスターを見かけたため、急いで逃げてきたが最初に出会ったニコルソンという男が抜け駆けで一人で逃げてしまったようだ。



 秋雨が頭の中で自身の推論を展開していると、クシャークと呼ばれた男と最後にやって来た男がこちらに視線を向けてきた。



「それでこいつは一体誰なんだ?」


「見たところ駆け出しの冒険者のようでござるが」


「その見立てて間違いない。俺は昨日冒険者登録をしてきたばかりの駆け出し冒険者だからな」



 そう、今の秋雨の肩書はあくまでもGランク冒険者であり、その他一切の肩書は存在していない。

 であるからして、秋雨が警戒している“お優しい先輩冒険者達”からすれば、これ以上のストレスのはけ口にする相手はいないだろう。



 だが今回の冒険者たちはどうやら、本当にお優しい冒険者だったらしく、「新人が一人で行動するのは危ないぞ」と秋雨を心配してくれていた。



「あまり一人で森をうろつかない方がいいぞ、モンスターや盗賊の餌食になりたくなけりゃな」


「命あってのねだものってよく言うでござるからな、気を付けるでござるよ」


「おい、ハタリー? それって“ねだもの”じゃなくて“ものだね”なんじゃねえのか?」


「ハッ!? ……ニコルソンに突っ込まれてしまったでござる。あのニコルソンに」


「そうだな、あのニコルソンに突っ込まれるのはショックだよな」


「お前ら俺をなんだと思ってるんだ!?」



 秋雨を心配する話から転じて、三人トリオの漫才が始まってしまったが、それもすぐに終わり本来の目的を思い出したようでニコルソンが再び移動をしようとしていた。



「とにかく、今からギルドに【ヒュージフォレストファング】が出た事を伝えに行かなくちゃいけないんでな、これでお別れだ」


「あ、ああ、なんか慌ただしかったが、道中気を付けて」


「お前もな。じゃあクシャーク、ハタリー、このままグリムファームまでノンストップで直行だ!」


「ま、待てニコルソン! もう少し休ませろ」


「そ、そうでござる。まだ息が整ってないでござるよ」


「ちっ、ちっ、ちっ、こういう時よく言うだろ? “冒険者は急に止まれない”ってな」


「「それはお前だけだ(でござる)!!」」



 ニコルソンは訳の分からない迷言(?)を残し一人で突っ走って行ってしまった。

 あの男と同じパーティーを組んでいる二人に「苦労してるな」と慰めの言葉を掛ける秋雨だったが、「もう慣れた」という一言か返ってきたので本当に慣れているのだと彼は思った。



「じゃあ、俺らも行くけど、あまり無茶すんじゃねえぞ」


「ではさらばでござる」


「ああ、忠告感謝する」



 秋雨にそう言い終わると、二人は駆け足でニコルソンの後を追いかけていった。

 急に静寂が戻った森を見て、秋雨は騒がしい連中だったなとため息を吐くのであった。

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