第9話



「いらっしゃいませー、白銀の風車亭へようこそ」



 肉串を売っていた店主に教えられた通りに進むと、目的の宿に到着した。

 秋雨を出迎えてくれたのは、十代中頃の少女だった。

 栗色の髪を三角頭巾で覆っており、いかにも「看板娘です」という雰囲気を醸し出している。



 宿の仕事に従事し易い給仕服のような地味目な服に身を包んではいるものの、十代とは思えないほどの胸部を押し上げる膨らみは、現代日本で生きてきた秋雨にとってもなかなかお目に掛かれるものではなかった。



(でけぇな……ピンクちゃんよりもデカいんじゃないか……)



 あまりのデカさに思わず見入ってしまっていたのが良くなかったようで、彼女の顔がみるみる怪訝な表情へと変わっていく。

 そして、秋雨の不躾な視線から逃れるように胸の当たりを両手で押さえ自身の膨らみを隠す。



「どこ見てるんですか……」


「ああ、悪い。あまりにデカかったからついな……ところで念のために聞きたいんだが、それって本物だよな?」



 彼女見た目が少し幼いということもあり、その胸部の膨らみは異様なものとして秋雨の目には映っていた。

 だからこその疑問だったのだが、どうやら胸を偽物扱いされたのが気に障ったのか、頬を膨らませながら彼女が抗議の声を上げる。



「本物ですよぅ! ほらっ!!」


「って、おいおい!?」



 そう反論しながら、秋雨の手を取った彼女はあろうことかその手を自分の胸へと押し付けたのだ。

 一般的な庶民の場合下着などというものは、柔らかめの布地を使い胸部を隠す物が一般的に流通はしているものの、その分余計なお金が掛かってしまう。

 そのためほとんどの平民女性は下着を着用しておらず、肌の上から服を着るだけに留める人が普通だ。



 おそらく目の前の彼女もその例に漏れず胸を押さえるための下着を着用していないため、給仕服の上からでも分かるほどの柔らかな感触が伝わってきた。

 それは何かを詰めただけの偽物の胸とは違い、こう言っては何だがちゃんと中身のある胸であった。

 秋雨は目の前で起こったラッキースケベに対し、これ幸いと確認の意味も込めて彼女の胸の感触を一通り楽しむことにした。



 まだ十代というぴちぴちの肌は瑞々しく白く透き通っており、若いというよりも幼いというのが正確だろう。

 だがしかし、そんな彼女が胸に隠し持っているものと言えば、凶悪極まりないほどのモンスターだった。

 指に少しでも力を入れると、彼女の乳房に指が吸い込まれていくように沈んでいく。



 今この瞬間、自分が世界で一番柔らかい物に触れているのではないだろうかという錯覚を覚えるほど、彼女の胸は大きく柔らかかった。



「確かに、本物のようだな」


「ふふーん、でしょー?」


「それよりもそろそろ手を離してくれないか? それとも、もっと揉んで欲しいのか?」


「え、あっ、きゃあ!」



 自分がしていたことに今更気が付いた彼女は、慌てて秋雨の手を離すと頬を赤く染めながら、胸を両手で隠した。

 彼女自身が自分の意思で取った行動なので、秋雨としてはまったく無実なのだが、そんな彼をまるで痴漢の犯人を見るかのように非難する目を向けてくる。



「はぁー、早く自分の仕事をして欲しいのだが……」


「むぅー」


「……」



 秋雨にとって幸いだったのが、その場に二人以外の誰もいなかったことである。

 時間帯的にも宿に併設されている食堂兼酒場に客は一人もおらず、他の従業員も空き部屋になった部屋の掃除や昼食の仕込みをしていたため、今この場にいるのは彼女と秋雨だけであった。



「はぁー、他の宿にするか……」


「え……」



 秋雨はそう呟くと踵を返し宿を後にしようとしたが、服の裾の辺りを両手で握られてしまい他の宿に行こうにもその場から動けなくなってしまった。



「離してほしいのだが……」


「……」


「ほらー、俺もここで油を売るつもりはないし、君だっていつまでもこんなことをしている暇はないのだろう? 君が取るべき選択肢は二つに一つ、このまま俺を黙って行かせるか、先ほどのやり取りを無かったことにして受付業務を続けるかのどちらかだ。好きな方を選べ、10秒だけ待つ」


「……」

 


 そう彼女に宣言すると、心の中で十秒カウントを開始する秋雨。カウントが進みタイムアップが迫る中、残り秒数が2になったところで彼女が口を開く。



「わかりました、今回の事はわたしが全面的に悪いですから全てなかったことにします」


「そうか、なら部屋を借りたい、空きはあるか?」



 その後ようやく彼女が仕事をしてくれるようになり宿の受付はつつがなく完了する。

 料金は一泊大銅貨1枚と銅貨5枚だったので、十日分の銀貨1枚と大銅貨5枚を支払った。

 宿の相場が銅貨5枚であることから確かに相場よりも高い。



(あの肉串のオヤジめ、何が多少高いだ。相場の三倍じゃねえか!)



 その代わりと言っては何だが、食事は朝昼晩と三食用意されるし、希望すれば体を拭くためのお湯の張ったタライも用意してくれる。

 秋雨はできるだけ他の客との接触を避けたかったため、彼女に食事は部屋に持ってきてくれるように頼んだ。

 どうやら食堂に来るのを面倒臭がる客もいるようで、これについてはとやかく言われることもなかった。



「それでは、こちらがお部屋の鍵となります。それと申し遅れましたが、わたしはこの白銀の風車亭で働いているケイトと申します」


「秋雨だ。この街には冒険者になるためにやってきたばかりだ。よろしくな」



 お互いに簡単な自己紹介をすると、彼女から鍵を受け取り二階への宿部屋に登る前に彼女に向き直ると秋雨は口を開いた。



「ケイト、一応忠告しておくが、さっきのような真似は他の客には絶対するんじゃねぇぞ? 相手が俺だからよかったものの、下手すりゃ襲われるからな」



 老婆心が働いたのだろうか、秋雨は彼女にそう忠告する。

 ケイトも秋雨が本気で心配してくれているのが伝わったのか、微笑みながら感謝の言葉を伝えてきた。



「アキサメさん、ありがとうございます。今度からは気を付けます」



 そのまま部屋に向かおうと思った秋雨だったが、急にいたずら心が芽生えた彼は、再びケイトに向き直りいたずら小僧のような笑みを浮かべケイトに言い放った。



「まあ、さっきの事は無かったことにはなっているが、それとは別に俺がケイトのおっぱいの感触を忘れるかは別問題だとだけ言っておくとしよう」


「ちょ、ちょっとアキサメさん、どういうことですかそれ!? さっきのことは無かったことになったはずじゃ?」


「無かったことになってるよ、綺麗さっぱりとな。だがそれはケイトが俺にやったことについての話だ。つまり俺がケイトのおっぱいの感触を無かったことにするというのは別の話だという事さ、じゃあそういうことで、食事は部屋に持ってきてくれなー」


「ちょ、ちょっとアキサメさん、それは詐欺じゃ無いですかね!? もう一度話し合いましょう? ねえアキサメさん戻ってきてくださぁぁぁああああい!!」



 その後他の従業員から仕事を指示されてしまい、ケイトは泣く泣く次の仕事へと向かうのだった。

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