ヴァーチャル七夕

工事帽

ヴァーチャル七夕

 七月七日。

 その日、夕方になると、とあるワールドへのログインが相次いだ。

 そのワールドの名は「ミルキーウェイ」。

 天の川を中心とした星々の世界である。


 「七夕祭り」と呼ばれる祭りがある。

 元は中国の行事であった七夕が日本に伝わり、日本にあった伝説と組み合わされることで生まれた祭りだと言われている。

 食料を司る牽牛けんぎゅうと、衣を司る織女おりひめ

 伝説によれば、二人の年一回の逢瀬を祝うものだとも、異性に溺れて仕事を蔑ろにしたことを戒めるものだとも。


 しかし、そうではない。

 本来の『七夕』とは、そんなものではないのだ。

 本来の『七夕』とは……。


 『七夕』とは、戦いである。

 年に一度だけ掛かる橋を攻め上り、門を抜け、天の宮てんのみや『天の川』を奪いとる戦争である。

 この戦争の勝者こそが、のちに『天の川』での生活が許される。

 その生活においては、機を織ることも、農作業や畜産業をすることも、ない。悠々自適の生活が保障される。


 食料を司る牽牛けんぎゅう軍。

 衣を司る織女おりひめ軍。

 そして居を司る『天の川』。

 衣・食・住をかけた戦い。それは一組の勝者が出るまで行われる。

 橋が架かるのは一晩。だが、『天の川』に攻め込んだ後であれば、橋の有無は問題にならない。そして、かつては七日間を戦い、七日目の夕刻に決着が着いたと言われている。ゆえにこの戦争は「七夕祭り」と呼ばれる。


 ワールド中央に位置する『天の川』を挟んで、東に男たち牽牛けんぎゅう軍。西に女たち織女おりひめ軍。

 牽牛けんぎゅう軍は、それぞれに農具を持ち、中には牛にまたがった者も、犬を引き連れた者もいる。牛には普段ののんびりした雰囲気はなく、この日ばかりは闘牛として目を爛々と輝かせている、犬もまた飼い主にエサをねだる甘さはなく、獲物を狙う鋭い眼をしている。

 織女おりひめ軍は、煌びやかな天の羽衣を身に着け、手には金銀の旗を携える。色とりどりの天の羽衣は、その強靭な防御力もさることながら、短時間であれば空を駈けることも出来る。金銀の旗は全ての飛び道具を打ち払い、道を切り開く。


 両岸で皆が固唾を飲んで見守る中。日が暮れると共に橋が現れる。同時に『天の川』の門がゆっくりと開き始める。


「行くぞ!」

「参ります!」


 東からは犬たちが先陣を切り、牛に乗った男たちがそれに続く。

 西からは空を駈ける女たちが進んでいく。


 勝者は、牽牛けんぎゅう軍、織女おりひめ軍、どちらからもたった一人。


 攻撃に偏った牽牛けんぎゅう軍からは、すでに牛に弾きだされて橋から落下する者も、犬に噛みつかれて足を失う者も出ている。

 防御に偏った織女おりひめ軍では旗を振り回して妨害する者と、それをすり抜けて進もうとする者が、足の引っ張り合いをしている。


「ふふふ、今年も威勢の良いのが集まったの」


 だが、彼らは、彼女らはまだ知らない。

 『天の川』の本当の主は誰なのかを。

 天の宮の中の過酷な道のりを。


「簡単に死んでくれるなよ」


 そう、戦いはまだ、始まったばかりなのだ。

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