デスゲームに参加させられたが俺は蘇生魔法が使えるので安心して殺されてくれ
すしすめし
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俺の対面に座っていた赤髪の女がその台詞を吐いたとき、全員が硬直した。
空気が凍る、とはまさにこの状況のことだと思った。
「言っている意味がわからない」
沈黙を破ったのは、俺から見て左隣の席の大学生風の男だった。
「君、こんな状況で頭がおかしくなってしまったのか?」
「私は冷静よ」
ずれ落ちたメガネを直しながら困惑を隠せない大学生風の男に、赤髪の女は平然と言う。
「私は死んだ人間を蘇生する魔術が使える。だから、私さえ生き残れば、外に出た後であなた達を生き返らせることができるわ」
再び沈黙が訪れる。
赤髪の女は小柄で声が通らないが、無視できない強い存在感を放っていた。
「あの、とりあえず今の状況を整理してみませんか…?」
赤髪と大学生風に挟まれて座る長身の女が、おずおずと手を挙げて恐縮気味に発言する。
「まず、ここってどこなんでしょう」
「見たらわかるだろう。学校の教室だ。ロッカーや椅子のサイズ的に小学校だろうな」
今、俺を含めて5人の男女が、教室の真ん中に向き合って座らされている。
いつからか? わからない。気がついたらこうなっていた。
「この座り方、フルーツバスケットを思い出しますね」
長身の女が言う。
フルーツバスケットは、小学生の時によくやっていた、椅子取りゲームに似た遊びだ。
人数よりひとつ少ない椅子を輪に並べ、内側に向いて座る。椅子に座れない者は鬼となって、何かお題を言う。お題に当てはまる者は立ち上がって椅子を変えなければならない。
俺はこのゲームが嫌いだった。
「よくもそんな
大学生風の男は、教室の黒板を指差す。
そこには、
『ここから生きて出られるのは一人だけ。これはゲーム』
と、殴り書きのような文字が黒板に並んでいる。
「殺し合えってことじゃねえの?」
俺の右隣で後ろにだらんと手を回して
上等だよ、とも言った。
「ちょっと待ってください! 殺し合うなんて…そんなの無理です」
「私が魔術を使って生き返らせるわ」
赤髪の女が再び口を開く。
「私が生き残れば、ここを脱出したあとであなた達全員生き返らせることができる」
赤髪の女は目一杯に背筋を伸ばして、自分の意思の強さを表現している。
粗野な男が舌打ちをした。
「てめえの意見なんか誰も聞いてねえんだよ。魔術ってなんだ? 嘘つくならもうちょっとマシな嘘つけや」
「私は嘘は言わない」
「しかも、お前が生きて出るってことはオレ達が全員死ぬってことだろうが。舐めたこと言ってんじゃねえぞ! イカレ女!」
「ま、まあまあ、落ち着いてください」
「その女の言うことは無視するとして、建物の中を探索しないか? 質の悪い悪戯なら案外簡単に出られるかもしれないし。ゲーム番組か何かの企画だったらどこかに脱出するためのヒントがあるかもしれないしな」
大学生風の男の提案に、「いいですね、そうしましょう」と長身の女が真っ先に同意した。
赤髪の女は「まあ、いいけど」とぼそり呟き、粗野な男は返事をせずに鼻をフンと鳴らしたが異論はないようだった。
「あなたはどうですか?」
顔を上げると、長身の女がこちらに微笑みかけていた。
ここまで当然のように自分抜きで話が進んでいたため、突然矛先を向けられたことに、不意を突かれなかったと言えば嘘になる。
俺はポケットの中で親指の腹を人差し指で掻いた。
4人の顔がバラバラの表情で俺の目をまっすぐ見ている。
俺に提案できるようなことなど何もないが、好奇心から聞いてみたいことはある。
先ほどから赤髪の女が口にしている魔術というのは、今ここで試しに見せてもらうことはできるのだろうか。
「はあ? お前まで何言ってんだ? まさかこの女のこと信じてるわけじゃねえよな」
最も苛立ちのこもった目で俺を見ていた粗野な男が、すかさず食ってかかってきた。
俺は無視して赤髪の女を見る。
赤髪の女は、少しためらう素振りを見せたあと口を開いた。
「…ここでは見せることはできないわ。外の世界じゃないと条件が揃わないから」
条件とは?
「それを説明することが条件に反するから言えない」
当てにならないな、と思ったが口にはしなかった。
ほら見ろ嘘じゃねえか、と言う粗野な男と、困惑の色を浮かべる他の2人。
「早く行こう。余計な話に付き合っている暇はない」
大学生風の男が促し、全員が席を立つ。
俺の疑問は”余計な話”だっただろうか。
それから教室を出て最初にわかったことは、最初に大学生風の男が言った通り、ここがやはり小学校の校舎であるということだった。俺たちが今までいた教室の入り口には「6年3組」と書いた掛け札が掛けられている。
もしかしたら俺たち以外の誰かがいるのではと思っていたが、廊下に出ただけでその可能性はないと直感でわかった。人の気配が全くしない。
電気は点いているし、廊下の蛇口を捻ると水が出ることは確認できた。
「小学校なのに、掲示物とかは全然ないですね」
「ああ、とにかく気味が悪い。とりあえず出口を探そう」
廊下の先に階段を見つけたため、とりあえず一番下までくだる。
階段の表示から、俺たちが最初にいた教室は3階建の3階であることがわかった。
階段の途中、俺は赤髪の女の足並みが他の4人より少し遅れていることに気づいた。
体の動きもぎこちなく、普段外に出ない生活を送っているのだろうと想像していると、前方から怒号が飛んできた。
「前歩けよ、てめえ!」
粗野な男が怒鳴りつけると、赤髪の女の肩がびくっと痙攣した。
見かねた長身の女が控えめに抗議する。
「あの、そんなにきつい言い方しなくても……」
「あの女は、オレ達のことを殺すつもりなんだぜ。後ろを歩かせてたら突き落とすに決まってんだろうが」
長身の女は首をすくめてもごもごと何か言おうとしたが、赤髪の方をちらっと見て黙った。
「…わかった。私が先頭を歩く」
粗野な男の発言で、俺たちは赤髪の女を先頭に、一列で行進することになった。
粗野な男は俺の前を歩いていたが、終始前後に首を振って殺気を四方に飛ばしていた。
ここまで長身の女と大学生風の男は脱出を前提とした言動を取っているのに対して、粗野な男だけはまるで将来の修羅場を覚悟しているかのように、他の4人を牽制あるいは威嚇する態度をとっている。
やがて一階に着き下駄箱のある玄関の前まで来たが、予想通りというか、玄関のドアは開かなかった。ガラスのドアから見える外は真っ暗、というか真っ黒で、この場所が異様であることを俺たちに一層強く認識させた。
「このドア、割れないでしょうか?」
長身の女が提案する。
だが、俺はこのガラスのドアがおそらく割れないだろうとわかった。先ほど教室を出たときに、この建物に俺たち以外の人間がいないことが直感でわかったが、そのときと同様、このドアを破ることは不可能だと感覚的に理解している気がした。
長身の女も同じ考えのようで、後から「ダメ元ですけど…」と付け加えた。
「私、何か割れそうな道具を探してみます」
「それなら僕はもう少し探索を続けたい。他の出口やヒントがあるかもしれないし、食料なんかも念の為探した方が良いだろう。何日もここにいると思いたくはないが、食べ物があるに越したことはない」
「食料ですか…。宿直室や家庭科室があれば、もしかすると食料もあるかもしれないですね」
「そうだな。提案なんだが、一旦バラバラに行動しないか? 各自で情報や物資を収集して、後で共有しよう」
「そう…ですね。一人は少し不安ですが、学校は広いですしバラけた方が探索の効率は良いかもしれません。私は賛成です。他の皆さんはどうですか?」
俺は同意した。
異論など、最初からある筈もない。
赤髪の女が「私は…」と言いかけた途端、粗野な男が無駄に大きな声でこれを遮った。
「オレもそこのメガネくんに賛成だね。てめえらといたら息が詰まるんだよ。ただし」
粗野な男が赤髪の女の顔をびしっと指差す。
「こいつはどっかに縛りつけといた方が良いぜ。オレたちを殺そうとしてるんだからよ」
「そんなことできないわ。見てわかるでしょう」
赤髪の女はそう言って粗野な男を睨みつけた。
赤髪の女は5人のなかでも一番小柄だ。長身の女、粗野な男、大学生風の男の背丈は大体同じくらいだが、彼女は3人より頭二つほど小さいように見える。
もし彼女が襲いかかってきても、よほど不利な状況でない限りは返り討ちにできる可能性が高いだろう。単独で4人を殺害するなどほとんど不可能だ。
彼女の主張がもっともだと思ったのか、粗野な男は妙な形の笑みを口元に浮かべたままそれ以上は言わなかった。
「…まあ、念の為お互いなるべく接触しないように気をつけよう」
こうして、大学生風の男の提案通り俺たちは分かれて探索することとなった。
この小学校は2棟に分かれた3階建ての校舎が中央廊下で繋がっている形で、全てを見回るのは確かに骨が折れる。一旦解散して各々の持ち場を探索し、大体一時間後に玄関に集合する流れになっている。
時計が無いため正確な時間は計れないが、一時間程度なら各自の体内時計でもさほど誤差は出ないだろう。
長身の女は1階の職員室や保険室のあたりを調べつつ、玄関のガラスドアを壊せそうな道具を探すらしい。赤髪の女は1階から2階にかけてのいくつかの特別教室を。粗野な男と俺は3階の教室を手分けして見ることになっている。
大学生風の男は2階の教室にいたが、机の中やカーテンの裏までめくって、まさしくスミからスミまで調べていた。見た目通り几帳面なやつだと思ったが、教室のドアは開け放しだった。
それから3階に着いた俺は、適当な教室の適当な椅子に腰掛けて窓の方を見た。
窓の外は真っ暗で、外界の様子を伺うことはできない。
代わりに、俺のシルエットが笑いながら俺を見ている。
なぜこんな場所に連れて来られたのか、などという疑問は、俺の中ではとうにどうでもよくなっていた。
ただ「生きている」という実感だけが、俺の内側を熱く滾らせている。
生きたい。
生きてここから出たい。
ガラスの反射越しに、粗野な男が俺の背後から近づいてくるのが見えた。
手に何か、棒状のものを持っている。
間抜けなやつだ。
自分の姿がガラスに映って俺から見えていることに気づいていないらしい。
暗くて表情が見えないが、粗野な男の必死な顔を想像すると少し可笑しくなる。
俺は目を閉じた。
頭部に大きな衝撃が走る。
生きている。
と、俺は思った。
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