僕と博士と不思議な星のかけら

イツミキトテカ

第1話 僕と博士

「ただいまーからのいってきまーす」


「ちょっと待った」


 ランドセルを玄関に投げ入れ、くるりと身をひるがえした僕は、首根っこをグワシとつかまれ思わず前へつんのめった。恐る恐る振り向くと、やっぱりお母さんが立っている。それも、ただのお母さんじゃない。ニコニコ笑顔のその内側にグツグツ怒りを隠し持っている、噴火直前要注意のお母さんだ。どうして分かるのかって? だって僕は何度もこの笑顔にだまされてきたからね! 


「エイト! ランドセルを投げたらだめだって何度言ったら分かるの。物は大事に使いなさいね」


 うん、たしかにこれは僕が悪い。


「ごめんなさい…」


 僕はしおらしく謝って、さっき投げ捨てたランドセルを拾い直し、玄関の隅にそっと立て掛けた。ランドセルごめんよ、ちょっと急いでたんだ。


「それで、あんたどこ行くの?」


 お母さんは相変わらずニコニコと笑っている。僕も負けじとニコニコし返した。


「んーと…図書館に! 勉強しに行くの!」


「手ぶらで?」


「あっ…忘れてた! うっかりうっかり」


 僕はついさっきそっと立て掛けたランドセルを乱暴につかみ取り、中から筆箱と宿題を取り出した。あまりにバタバタうるさくしたので、お母さんが「丁寧に!」と眉間にシワを寄せた。危ない危ない。これ以上のミスは許されない。お母さんの怒りが爆発してしまう。


「それでは、行ってまいります!」


 筆箱と宿題を小脇にかかえ、ビシッと敬礼する僕をしばらく疑うような目で見ていたお母さんだったけど、小さくため息をついて、ようやくいつもの優しい笑顔になった。


「車には気をつけるのよ。門限は6時。まぁ、いつも守らないけど…。今日はエイトの好きなハンバーグだからね」


「ハンバーグ! 早く帰ってくるよ!」


「はいはい、いってらっしゃい。それと!」


 既にドアから体が半分外に出ていた僕は足踏みしながら振り向いた。


「いつも言ってるけど、裏の森には絶対に行っちゃだめよ。あそこには変な人がいるんだからね。何されるか分からない!」


「それ何度も聞いたよ。もう耳にタコ!」


 勢いよく家を飛び出した僕は図書館に向かって50メートルくらい全力ダッシュした。けっこう良いタイムが出たと思う。ひとっ走りして満足した僕はそのまま来た道を戻り、家を通り過ぎると、お母さんお墨付きの裏の森に向かった。行ったらだめなんじゃないかって? なんでたろう。だめって言われたことほどやりたくなるの不思議だよね。


 裏の森の林道が続く入り口には大人でも飛び越えられない高さのがっしりとしたゲートがある。裏の森に入るにはこのゲートを突破しなければならない。ゲートの横は何も無く、そのまま森に入れそうだけど急斜面で登ったり降りたりがとっても大変だからあんまりおすすめはしない。それに、僕も最近知ったことなのだけど、ゲートをすり抜けて森に侵入すると警報が鳴ってすぐに森から追い出される仕組みらしい。


 そういうわけで、僕は正規ルートで森に入ることにする。ゲートに埋め込まれている液晶パネルにパスワードを入力すると、ピピッという電子音に続いてガチャリとゲートが開いた。息を吸い込むと草や落ち葉や土の匂いが鼻を通って胸一杯に広がる。この瞬間にいつも僕はこの森が好きだなぁと思う。


 あまり整備されていない林道をしばらく進み、その後、あまりどころか全然整備されていない道なき道をもうしばらく進むと、アルコールランプで何かをあぶる時に使う三脚のとっても大きいやつとその三脚の輪の中にぴったりはさまる金属っぽい球体が見えてきた。高さは周りの木と同じくらいだからやっぱりとっても大きい。僕は球体の真下に立って球体の底を見上げながら大きな声で叫んだ。


「僕です!」


 僕の声に反応するように、球体はキュインと音をたて底にぽっかりと丸い穴を開けた。そこから2本のマジックハンドがニョキニョキとこちらに伸びてきて僕のわきの下をがっちりつかむと、そのままさっきの穴まで持ち上げてくれる。穴から顔をにゅっと出した僕は球体の中を見渡し、白いアフロ頭を見つけて嬉しくなった。


「博士! 今日は何をするの?」


 博士と呼ばれた白衣の白アフロは、既に全身を穴から現し、床に降り立った僕を振り返ると、ニコッと優しく微笑んだ。


「おぉエイトくん、今日も来たのかね。今日は流れ星キャッチ実験を行うんじゃ」


 紹介しよう。手に虫取り網を持ち、つぶらな目をキラキラ輝かせ、僕と同じくらいの背丈の小柄な老人。この人こそが、お母さんが入っちゃだめだと言っていた裏の森の持ち主で、この不思議な球体の家の住人で、そして、僕に最近できた大人のお友達、『博士』だ!

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