第2章 王都エド

第10話 決意

ここまでのあらすじ


今は亡きアルストロ皇族の血を引くユリは、剣能が実は使えたことを知った。差し迫る魔族を前に初めての結界術で子供たちを護ることに成功した。颯爽と現れた第4師団”卯月”の協力のもと、子供たちは全員、シナノからカイの街へと非難することに成功した。唐突に始まった大厄災は、準備されていたかのような山全体を覆う結界内に魔族を集め、聖火薬に引火することで討伐された。犠牲者はユリの母親メリア・アルストロ、謎の修道女アセビ・アルストロの二名である。これは過去に聖皇国が滅ぼされたことを考慮すると、実に大きな戦果であった。

二人に生かされた四人の剣能使いである子供たちは、前を向こうと必死に自分と向かい合うと同時に、不可解な討伐に隠された謎に立ち向かうのであった

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「——リ、ユリ?もう朝よ」


う......

瞼が重い。泣きすぎて腫れた瞼をゆっくりと開ける。


「おはよう、フリージア。わざわざ起こしに来なくても良かったのに」

気怠げな僕は目を擦る。


「もう! 一番年長の私達がしっかりしないといけないんだよ。ここはシナノじゃなくてカイなんだから......」

切なげに話すフリージアは白く整った自分の髪をさわる。


「......それにこれはメリアさんに頼まれたなんだから」

聞き取れない声でフリージアが呟く。


「ん? なんか言った?」

布団の片付けをしていた僕はフリージアに尋ねる。


「ううんー、なんでもない。ユリは昨日も眠れなかったの?」


「この目を見て察してくれ......でも少しずつ気分は落ち着いてきたよ」


「そう......」

優しく微笑んだフリージアは僕の頭にそっと手を置いた。


「昔ね、私が落ち込んでいた時にメリアさんがかけてくれたおまじないだよ。ユリはいつも元気だったからやってもらったことないかもね」

ふふっと笑うフリージアに、不覚にも鼓動が早まるのを感じた。


「もう子供じゃないんだぞ」

恥じらいながら目を逸らす僕だったが、フリージアが覗き込む。


「まだまだ子供だよ私達は......ねぇ、ちゃんと目を見てよ......あの日からユリ、下を向いてばっか」

真っ直ぐと、僕だけを見据える彼女の眼差しは真剣だ。


僕は一呼吸おいてフリージアと向き合う。


「ごめんな......正直気持ちが追いつかないことばっかでさ......」

初めて漏らした情けない本音だった。


「......うん」

フリージアが涙を浮かべながら小さく頷く


「ユリ、本当はもう次にしたいことがあるんじゃない? 私にはそれに迷っているように見える。幼馴染の......いいえ、家族の目は誤魔化せないわよ?」

ぐ......フリージアには筒抜けみたいだ


「僕なりに考えたけど、王都に行こうと思ってる」

僕はフリージアの目を見て、言い放つ


「どう考えても今回の件は母さんがあらかじめ対策していたとしか思えないし、ここにいても何も始まらない。王都の騎士養成学校にいって、僕は自分の剣の腕を磨いて騎士団に入る。騎士団の情報網があれば、母さんについてより詳細に知ることできると思うんだ」

それに、聖騎士団にはあの日出会った謎の男女二人組もいるはずだ。あの日僕らを助けに来てくれたのは卯月の聖騎士だけだったはずだが、なぜ彼らが居たのかも聞く必要がある。


「そう......決めたんだね」

フリージアは嬉しそうににっこりと笑う

「なら、私も行くわ! 王都! そして私も聖騎士になる!」


「なっ!? フリージアまでなんで来るんだよ!」


「なんでってそりゃ家族なんだから当然でしょう? それに私ほどユリと連携できる剣能使いもいないはずだけどなぁ?」


「うっ.......」

確かに僕らの連携はフリージアがいてこそだし、ずっと鍛錬してきた仲間が近くにいてくれるのは助かるが......


「とはいっても簡単じゃないんだぞ?命の危険もあるかもしれ......」

「あの日、大厄災を見ておいて逃げるなんてことできないよ。私だって一人の剣士だもの」

そういったフリージアの目は本気だった


「そっか....なら一緒に来てくれるかい?われらがお転婆お嬢様」


「お転婆は余計よ!全くもう」

フリージアは頬を膨らませたが、ふふっと笑う。


「じゃあ、あとはツバキとスイレンも説得しないとね」


「え、あの二人も連れていくのか?」


「当たり前じゃない! 私たちは4人でようやく実力を発揮できるんだもん!」


心のどこかに二人旅だと勘違いしていた自分がいたようで、僕は少し落ち込んだ。

いやなぜ落ち込むんだ? 四人の方が生存率は確かに高い。

モヤっとした気持ちを抱えながら、ツバキとスイセンに会いに部屋まで出向く。


部屋の扉を開けると、そこには今にも死にそうな顔つきをしたスイセンと、必死に声をかけるツバキの姿があった。


「まだ......ダメそう?」

フリージアが声をかける


「フリージア......うん、ようやくご飯は食べてくれるようになったんだけど」

ツバキが心配そうな目でスイセンを見つめる。


実のところ、今回一番心の傷を負ったのは僕ではなく、スイセンだった。

剣の師である母さんと、秘かに想いを寄せていたアセビさんをあんな形で失ったのだ。むしろ立ち直る方が難しいはずだ。


「ユリ......少し話せるか?」

スイセンが消え入りそうな声で語りかける


「わかった、二人とも部屋の外で待っててもらえる?」

僕はスイセンの意図を察して、女性陣を部屋から追いやる


「うー、私も話したいのにぃ」

「あとは任せますよ、ユリ」

空気を読めないフリージアと正反対に、ツバキはフリージアを引っ張って部屋から出ていく。


男二人になった部屋で、スイセンがぽつぽつと話し始める。


「あの時、なんでお前は動けたんだ? 初めて見る魔物、死ぬかもしれない恐怖、それに耐えながらなぜ抜刀できた」

スイセンが怯えた目でこちらを見る。

彼のここ数日の不調は、二人の死もあるだろうが、案外あの日感じた自分の無力さが原因なようだ。


「僕はツバキを......助けられる距離にいたんだ。なのに手が震えて僕は何も......」


「無我夢中だったからな。正直僕にもわからないよ。でもあの時僕が護らないと全員成す術なく殺されてしまうことは分かった。それに言われたんだ、護るために戦えって」


「誰に?」


「母さんと、あの日会ったローブの男に言われたのさ。あの時は意味がよくわからなかったけどね」


「ローブの男ってアセビさんと一緒にいた奴か? でも言われたって簡単にできることじゃない。あの時の状況はさすがに絶望的過ぎた」


「そうだね、でも最後に母さんに言われたろ?『私たちのをしっかり目に刻みなさい』って。あれは母さんとアセビさんが僕たちを護るからそれを見届けろって意味だったと思うんだ」


「確かに別れ際そんなことを言っていたな......待てよ、やっぱり今回の大厄災は不可解なことが多すぎる」

少し冷静になったのか、いつものスイセンに戻ってきたようだ。


「僕もそう思うよ。母さん達は確実に何かを知っていた」

僕は考え込むスイセンの顔をぐっとこちらに向ける


「スイセン、落ち着いて聞いてくれ。僕とフリージアはこの後王都に向かう。そこで養成学校を卒業して聖騎士になる。聖騎士になれば母さんたちの死の真相に近づけると思うんだ。スイセンがいう通り、母さんたちの行動には不可解なことが多すぎる。僕らは知らなすぎるんだよ。だから僕らは騎士になっ」


「なら僕も行かないとだね」


「え? いやフリージアもそうだったけど、命を懸けるってことだぞ?簡単に決めなくても」


「なんでってユリとフリージアが行くなら僕も行かない理由はないだろ? それに、二人の死の真相は僕が突き止める。何としてでも」

スイセンの目には今まで見たことのない気迫があった。


「よし、じゃあ...」

バタン!


僕が言いかけたとたん、急にドアが開いてフリージアとツバキが入ってくる。


「よーしじゃあ4人で王都へレッツゴー!!」

「ふ、フリージア!? さては立ち聞きしてたな」

「3人が行くなら、私も同行しますからね、お目付け役として」

ひい、ツバキの視線は相変わらず恐ろしい...


「じゃあ4人の方向性も確認出来たし、街にいる卯月のおじさんに、王都に行くにはどうしたらいい聞いてみようよ」


「待てフリージア......師団長のことおじさん呼ばわりするのはさすがにやめような......」

僕らの制止を振り切り、フリージアは外で見回り中の卯月のもとへ。


僕ら3人はため息をつきながら後を追うのであった

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