第9話 あの日の悪夢

あの夜から3日が経った。

僕はというと、かつて僕らが暮らした山の『跡地』に、不格好な墓を作り、花を供えていた。

母さんとアセビさんのお墓だ。


正直自分でも全てを受け入れられてる訳ではない。

まだ現実に頭がついて来ていない、そんな感覚だ。

思い返せばいくつも普段と違う点があった。

それなのに僕は何も気付けなかった....


『負の感情を抱いてはダメ』


あの夜から何度この言葉を思い返しただろう。


そう、憎しみのような負の感情は、僕らにとって仇である魔族の養分になったり、新しく作り出したりしてしまう。


故に僕らは、常に感情を制御しないといけない。


しかし、こんな馬鹿げた話があるだろうか?

この世に1人の肉親である母さんを、僕らをここまで育ててくれたアセビさんを失って、冷静で居続けるなど不可能だ。


皮肉なことに彼女達の教えに従うのであれば、前を向いて今すぐ動き始めればならない。


あぁ、僕はこの先どうしたらいいんだろう。どこからが負の感情なんだろう。


一夜にして目標である剣士を失った僕は、悲壮感と喪失感に苛まれていた。


「ねぇ、母さん、アセビさん、僕はどうしたらいいのかな?」

僕は5年間方時も離さずそばに居た、腰の愛刀にふれた。いや正しくは『愛刀があった場所』なのだが。




あれだけずっと剣現していた僕の剣能は、あの日を境に使えなくなった。


————大厄災当日、山の麓————


「いかん、空が歪んでいる。何が起こるってんだ全く......」

団長たち卯月の面々と山を駆け降りる僕達は、団長の声で空を仰ぐ。

星の数ほどいた死剣の空が渦のように歪み始める。

山頂が渦の中心になっているようだ。


「なっ......」

団長が言葉を失う。


「おいおい、結界持ちの少年ですら一大事なのに、まさかこれは......」

団長が薄ら笑いを浮かべる


「重力系......それもとてつもない広範囲に及ぶ範囲指定ですね。あれだけの剣能行使は、我々が命と引き換えても起こせるか分からないレベルです」

落ち着いたトーンで、だが冷や汗を額に滲ませた女性聖騎士が説明してくれる


「メリア様の剣能に重力操作などなかったはずだ......まさか......」

団長は血色を変える


「少年達よ! 山頂の修道院にはメリア様しかおられないんだよな!?」


「いえ......その、同じく修道女のアセビさんが一緒にいるはずです」

フリージアが声を震わせながら答える


「何!? 記録上あの修道院にはメリア様しか居られないはず......まだ人が居たのか!? いかん、俺は引き返す!!」

団長が急ブレーキをかけて反転し、引き返そうとする


引き返してももう遅い......そんな気がする

この時の僕は、ただ淡々と現実と向き合えていたのだろう


「多分母さんとアセビさんは......こうなることを分かってたんじゃないかな」

僕は団長に聞こえるように投げかける

恐らく彼が向かったところで結界は破壊できないし、むしろアセビさんがいないと母さんの計画は失敗してしまう気がする


「もし母さんがこの事態を予期してたなら、僕らにアセビさんを付けたはずだ。なのにそうしなかった。それはつまり......」


「アセビさんは......剣能使いです。これは僕の推測に過ぎないかもしれませんが、そもそもあそこには母さんとメリアさんしかいないですから」


「じゃ、じゃあ今時空を捻じ曲げるような出鱈目な重力場を創ったのはアセビさんだっていうの......?」

フリージアが恐る空を見上げる


「本当に......だとしたら何故言ってくれなかったのかわからないけど......」

僕はそっとスイセンに目をやる。虚な目をした彼に、僕はかける言葉を思い付かない


「......君は不思議な少年だな」

少し考え込んだ後、団長が優しい目で僕を覗き込む


「彼を信じよう。メリア様が何をするか検討もつかんが、どうにも我々は邪魔になるかもしれん。それにあれ程の重力操作。ただの一般市民ではなく恐らく我々かそれ以上の実力者やもしれない。時間がない、総員、子ども達を抱えて全力で森を抜けろ!」

団長は唇を噛み締めながら踵を返す。


僕らは卯月の団員達に抱き抱えられ、とてつもない速さで森を抜けた。

その間山頂を食い入るように見ていた僕は、その瞬間を見てしまった。

魔族が積み重なるように結界内に押しつぶされた後に、一瞬の爆炎とともに山ごと吹き飛ぶ瞬間を。ある意味一番近くで目にすることになった。


「いかん! 子ども達を第一に衝撃波に備えろ!!」

団長が焦った声で指示するとともに、僕らに聖騎士が覆い被さる。


「母さん......アセビさん......」

頬を伝う涙も虚しく、轟音と共に飛来した爆風に掻き消される。



あぁ、神様。母さんが、アセビさんが何をしたと言うのだろう......

こんな時、憎しみや負の感情すら抱けないというのですか?悲しむことすら許されないのですか?


嗚咽と溢れ出る涙が止まらない。


ねぇ、神様。

もし......もしもあなたがいるのなら、この不条理な世界を変えることができますか......?




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